21.エーデンタール国とその王子③
ふ、と私はわざと笑みを向けた。ヴィオラから向けられた皮肉など意にも介しておらぬ、そう虚勢を張った。
「ああ、無事に見つかっている。ロザリアが婚約者として戻ってくるまで、そう時間はかからんだろう」
「……そうですか」
間があった。安心しているはずはないと思うが、残念だと感じているとまでは分からない。落ち着いた声からは何も分からなかった。
私は、ヴィオラの本心を知りたいのだ。その一心で、会話を続ける。
「……考えてみれば、私との婚約発表は、ヴィ――貴様の体調不良ゆえに延期となったな。あれは、王家を乗っ取る公爵家の令嬢が私と婚約する必要はなかったから――むしろそのような肩書は邪魔であったからだったのだな」
「……そうですね」
「ロザリアが戻れば、いよいよクラウヴァルト家の処断も決定されよう。本物の神獣を取り戻した暁には、現状も改善される」
「……そうですね」
何を言っても、ヴィオラの反応は変わらぬ。それが腹立たしく、同時に悲しくもあった。わざとらしくてもよいから、縋りつくように、ここから出してくれとでも言わないか。そうして自尊心を満たしたいわけではなかった。いや、満たしたい気持ちもあった。しかしそれ以上に、ヴィオラが本当は何に心を動かされ、動かされないのかを知りたかった。
「……そういえば、貴様の神獣は、森へ逃げたそうだ。忠誠心の欠片もない神獣がいたものだな」
その一言は、皮肉として投げたものだった。それも嘘だったのだろう、真っ赤な嘘だ、と咎めて、決まりの悪い顔の一つでも見たかった。
ヴィオラが軽く顔を上げた。凛とした目に、光が宿ったように見え、はっと息を呑む。
その唇が、微かに笑った。
「……そうですか。よかったです」
――自分はこんな状況であるのに、謀反のために利用した動物の身を案じるのか。
その反応に、ヴィオラの性根の優しさを見た気がした。しかしすぐにかぶりを振る。ヴィオラは、長い間、私を騙していたのだ。そのヴィオラが今になって私を騙していないなど、言い切れるものか。
……しかし、全ては叔父上か、従兄上の企みだったのではないか? そう思う自分もいる。ヴィオラは、関係なかったのではないかと。
「……ロザリア様が無事にお戻りになるといいですね」
動揺し、気付けば俯いていた顔を上げた。ヴィオラは私を見ていなかった。座り込んだまま、ただ虚空を見つめている。
戻るといい、だと。本当はそのようなこと、毛頭思っていないに違いない。は、と笑ってしまった。
「ああ――そうだ。何が起ころうと、貴様が私の婚約者になることはない」
「分かっております。それに、お兄様の婚約者となるべきがロザリア様であることは、私も承知しております」
「私を害そうと企んだ、その口で何を言う!」
「だからこそです。私はクラウヴァルト家を何よりも――……いえ、私は、お兄様を害することを厭わなかった。そんな私は、お兄様に相応しくない」
何よりも、なんだ? クラウヴァルト家を何よりも重んじるがゆえに、その決定に逆らうことはできなかった、そうとでも言おうとしたのか? それを問いただすことは、私の期待を見せるものだと分かっていた。だからあえて聞かなかった。
「一方で、ロザリア様は、お兄様と現王家を守るべく奮闘なさっていた。本当に、責務に忠実な方……」
ああ、そうだ。ロザリアは、私と王家のために働いた。ロザリア自身は煩わしくとも、その仕事ぶりは役に立った。それは認めてやろう。
しかし、それとこれとは別だ。仕事ができようが、誰であろう私自身が気に食わぬと言っているのだ。そんなロザリアが、私に相応しいものか。
しかし、国のためだ。国のために、ロザリアを取り戻さねばならぬ。この葛藤を、理解してくれる者はいない――。
「……もちろん、責務に忠実であることと、お兄様がロザリア様を妃に望むかは、別のお話ですけれど」
――いない、はずであるのに。そのように言われて虚を突かれ、さらには、その表情に、言葉に詰まった。
微かな笑みを浮かべながらも、眉尻を下げ、まっすぐにこちらを見ている。……私を慈しんで、憐れんでいるのだ。王子という立場で、何も選ぶことができぬ宿命を背負った私を。
「……仕方のないことですけれど、仕方がないと割り切るのは、そう簡単ではございません。王子ですもの、その一挙手一投足どれをとっても、自由になるものなどないと言っても過言ではないでしょう? 例えば、私の人生は最初から決まっていたように……」
そして、もしかすると、ヴィオラも同じかもしれないのだ。ヴィオラもまた、クラウヴァルト家に生まれたがゆえに、自らの好きな人生を歩むことなど許されず、こうして、牢獄に……。
「……ヴィオラ」
「お忙しいのでしょう。お戻りになってくださいな、お兄様」
空咳をひとつすると、ヴィオラはそのままこちらに背を向けた。ジャラリジャラリと重たい鎖が音を立て、ヴィオラは、その重みを煩わしそうに引いて、押し、やがて諦めてそのまま寝転んだ。それでも鎖が邪魔になったらしく、何度か身じろぎしていた。
ヴィオラの本心は分からぬ。しかし、ヴィオラは、私の苦しい立場を理解してくれる唯一の存在であったのだ。




