14.余所者と偽物
ナハト辺境伯領も過ぎた後、自治都市と呼ばれているベルシュラムに到着した。自治都市というとその性質は色々だけれど、ベルシュラムは、他の貴族の支配に属さず、商人が領主代わりとなり、そして皇家に直接納税をするという形で帝国に属しているのだとか。
そのベルシュラムの城壁内に馬車が入ってしばらく、都市の中心で外を見て目を瞠った。
まず噴水がある。巨大な噴水なんて作るのも作った後も大変で、存在が権威の象徴のようなものだ。だからモンドブルク宮殿の庭園にも複数の噴水がある。それが商人の統治する領地にもあるということは、財政的に相当余裕があるのだろう。
それだけではない。目抜き通りに視線をやれば所せましと露店が並び、空を見上げれば尖塔が目に入る。行き交う人々は、誰もがのんびりとお買い物を楽しんでいて、元気があるのに忙しなさはない。
馬車が停まり、扉が開くと、人々が楽しそうに喋る声が聞こえてくる。ラウレンツ様に手を引かれながら降りると、渇いた石畳の音が響く。露天商で売っているらしい、香ばしい食べ物の匂いがした。行き交う人々の装いは、女性は帝都と大差なかったけれど、男性はどことなくシンプルで動きやすそうだ。きっと商人が多いのだろう。
それにしても……、ちらっちらっと女性の後ろ姿、特に髪を注視する。女性が身なりに気を遣うとき、髪は大抵一番最後だ。飾りつければ誤魔化せるから。でもその髪に艶があるということは、それだけ豊かということである。
「一都市ですよね? それがなぜここまで栄えているんですか?」
「都市は大体こんな感じだと思うよ。他の貴族の領地に比べて、と言われると自治都市という性質の問題だと、答えになっていない答えになってしまうけどね」
「性質ですか?」
「彼らには自分がこの都市を作ったのだという自負がある。自分の街だという感覚があるというのかな、そういう違いはあると思うよ」
「ああ、さすがベルシュラムですね」
なるほどお、と納得していると、後ろの馬車からニコラウスも降りてきた。なぜ会話に入ってくるの……と文句の一つでも言いたいところだけれど、残念ながら同行している以上は仕方がない。
ニコラウスは顎を撫でながら、まるで自身の領のような顔つきで頷く。
「春の都、でしたか。帝国で最初に春を迎えた都市と、そういう意味でしたかね」
「ああ。その名のとおり、帝国随一の経済力を誇っているよ」
「治安も随分良さそうですね。路地を一本挟んでも明るさが変わらない」
ニコラウスの視線は、建物の間を縫うように遠くを見る。都市であっても、中心を走る道を一つ、二つ外れると途端にぐっと治安が悪くなるものだ。それがベルシュラムにはない。
「これはなるほど、護衛も少なく済むわけですね」
「とはいえ用心をするに越したことはない。言うまでもないと思うが、あまり油断しないように」
「ええ、もちろん」
その声は楽しげに弾んでいる。意外だ、ニコラウスでもはしゃぐことがあるらしい。
「ところで、本日はここで宿を取るのですよね。よろしければこの辺りで、私は一度失礼させていただいても?」
「ああ、構わないよ。私もやることがあるから」
「ありがとうございます。ではロザリア様、参りましょう」
「は?」
「え?」
かと思えば、謎の提案に素っ頓狂な声が出た。ニコラウスにはニコラウスで仕事がある。それは聞いていたけれど、私が関係あるとは聞いていない。
ニコラウスは、まるで従僕のように軽く腰を屈めた。
「ご安心ください。ここ、ベルシュラムの治安の良さは帝国皇子のお墨付きですし、私も剣の腕はそれなりと自負してますし」
「いえそういう問題ではなく……なぜ私が貴方と行動を共にしなければならないのですかと」
ただでさえニコラウスがついてきて邪魔だというのに……。わざと顔に出したのに、ニコラウスは笑みを崩さない。
「此度の視察にて、私は殿下のために仕事をおおせつかっているのですが。ロザリア様にもぜひご協力をいただきたいと」
「いやロザリアはいなくていいだろう」
ラウレンツ様もそう言ってるし。
「私は初対面の相手に警戒されがちでして。ロザリア様が隣にいてくだされば、お相手も油断して話が進みやすいのです」
「貴方の口ほど信用ならず、ゆえに信用できるものはないと思っておりますけれど」
「ロザリア様にそう言っていただけるとは幸甚の至りです。しかし至らぬ点はぜひ帝国の長いロザリア様にご指導を」
「数ヶ月なんて誤差ではありませんか!」
「というのはただの口実で。折角ですし少々二人でお話でもいかがですか?」
憤慨して向き合うと、ニコラウスは少し腰を屈め、耳打ちしてきた。
「今のロザリア様は、殿下の妃ではないのが丸分かりです」
……何ですって。愕然としてその顔を見上げると、品の良い顔が企みたっぷりなものに変わった。
傍目に見て妃ではない、と言っているのではない。何らかの理由で妃の立場にいるのが、自分にバレているぞと、言いたいのだ。




