30 上手くいかないヒロインは上手くいったのか
「君が目を合わせてくれなくなって、笑顔も見せてくれなくなって2ヶ月が経った」
「え?」
やっと口を開いたかと思えばその唐突な内容に、メリナは思わずクラウスを見た。
話が噛み合っていないように感じたが、クラウスの表情はあくまで真剣で、メリナはごくりと唾を飲み込んだ。
「これが当たり前の距離感なんだと自分を納得させていたよ」
でも、とクラウスは続ける。
「メリナさんが僕に笑い掛けてくれなくなったこの2ヶ月、胸に隙間風が吹いているような違和感があった。それに、あの日の君の泣きそうな表情が頭から離れなかった。最初は楽しそうに笑ってくれていたはずなのに、思い出すのは泣きそうな顔ばかり」
それはそうだ。メリナはフラれてしまったのだから、笑顔でいることなんて出来るはずがない。
そう言いたかったが、何故だか口を挟むことが躊躇われて、メリナは続きを待つ。
「それが何故だかすごく寂しくて、訳が分からないでいたら、ダレントラン公爵令嬢に言われたんだ。よく考えろって。でも最初は考えても分からなかった。胸の違和感も何も」
でも、1つだけ分かったことがある。
クラウスはそう言うと、そっとメリナの手を取った。
「それは、メリナさんが僕から離れていくのが怖かったってことだ」
その言葉にメリナは息を飲んだ。
今クラウスは何と言った?離れるのが怖い?私と?
メリナは訳が分からなくて、混乱していた。
「何を……そんな、勝手な……」
「自分勝手だよね。僕もそう思う」
メリナを突き放しておきながら、離れたくないと言うクラウス。意味が分からず、言葉が上手く出てこない。
でも、とクラウスは話を続けた。
「もう一度君の笑顔が見たかった。あの眩しいくらいに輝いた笑顔が。楽しそうに笑っている君を見て、美味しそうにご飯を頬張っている君が、また見たかったんだ」
そう言ってメリナを見つめる瞳は、笑っているメリナを思い出しているかのように細められていた。
その眩しそうな顔は、メリナが笑うとクラウスがよくする表情だ。
「だから、あの日と似たドレスを送って、一緒にパーティへ行って、あの時のことを無かったことにしたかったのかもしれない。今日を楽しい時間に出来さえすれば、メリナさんはまた、僕の隣で笑ってくれるんじゃないかと……」
クラウスはそこまで言うと「吐きそうになるくらい自分勝手だな」と自嘲の笑みを浮かべた。
そんなクラウスを見たのは初めてで、メリナは驚いたが、それよりも気になることがあった。
クラウスは終始、メリナに隣にいて笑って欲しいと言っている。そのために今日もドレスを送ってパートナーを申し込んだと。
(待って、それってつまり……)
メリナは胸がドキドキと鳴ってくるのを感じた。
「クラウス様は、私のことが好きなんですか……?」
これではまるで、クラウスから愛の告白をされているようではないか。
恐る恐る聞くと、クラウスは目を丸くした。
「僕が……メリナさんを、好き?」
思いも寄らない言葉を聞いたと言わんばかりに、目をぱちぱちとさせている。
その様子をみて、メリナはまた勘違いしてしまったのかと一瞬挫けそうになる。
しかし、このままにしてはきっとずっと気になってしまうに違いないと思い、メリナは意を決して言った。
「だってそうでしょう?好きだから傍にいたいとか、笑った顔を見たいとか思うんじゃないですか?少なくとも、私はクラウス様にそう思っています」
真っ直ぐクラウスを見つめるメリナ。
勘違いするな、期待するなと心が囁いている。でも、近い気持ちはあるかもしれないと囁き声を振り払う。
「メリナさんのことは好きだけど、どういう好きなのかが分からないんだ。僕には恋や愛というのがよく分からない……」
そう言って俯く姿は、いつもの穏やかでどこか余裕のあるクラウスではなく、どこか迷子のように感じられた。
それでも必死に自分の気持ちを探しているように言葉を紡いでいく。
「友人として好きだ。でもそれだけの好きではないと心が叫んでいる。離れたくないと感じているんだ」
「クラウス様……」
クラウスの漆黒の瞳は、どこか縋るようにメリナを見ている。
きっと彼自身も自分が突き放したメリナに対して理不尽な気持ちを伝えていると分かっているようだ。
クラウスは恋や愛が分からないと言った。きっとメリナには分からない色々な事情があるのだろう。
(好きと言われて嬉しい。でも、それは私が求めてる好きではないのかもしれない)
事情があるとしても、メリナは胸がぎゅっと握られたような感覚に陥る。
――でも。
それでも、メリナはクラウスが好きだった。
「僕と君とは同じ気持ちじゃないかもしれない。でも、君の傍を離れたくない。自分勝手なのは分かってる」
両手で顔を覆うクラウスは今にも消えてしまいそうで、メリナは思わずその手を掴んでいた。
「同じである必要がありますか?」
気付けばそう言っていた。クラウスは驚いてメリナを見ている。
言ってしまってから、そんな必要はないはずだ、ともう一度思いクラウスを強い瞳で見つめた。
「私はクラウス様の優しい所とか、頼りになる所とか、その笑顔とか、みんな好きです。でも、クラウス様は私に全く同じ所が好きとは思わないでしょう?」
「……そうだね」
「一人ひとり違う人間なんだから、きっと好きも一人一人違うんですよ。それじゃいけませんか?」
「一人ひとり違う?」
初めて聞いた言葉のように、クラウスは「一人ひとり違う……」と何度か繰り返し呟く。
「じゃあ……僕の君に対する気持ちは愛なのか?」
「それは分かりませんよ。クラウス様の気持ちなんだから。でも、私の気持ちは間違いなく愛ですよ!」
そう言い切ると、何だかすっきりとした気持ちになった。
(そうだ。別に私が好きなんだからそれでいいじゃない)
フラれてショックを受けていたけど、フラれたから何だというのか。
何の好きか分からなくても、クラウスは自分を好いてくれているんだからいいじゃないか。
大事なのは、自分がどう思っているのかだ。
ようやく気持ちの整理が出来たメリナは、笑顔でクラウスを見上げた。
そして、その顔を見た瞬間ぎょっとしてしまった。
「ーー何で泣いてるんですか!?」
クラウスの漆黒の瞳からはらはらと涙が零れていたのだ。
メリナは焦ってハンカチを出すと、クラウスの頰にそっと当てる。
これではあの時と逆だ、と初めてクラウスにあった日のことを思い出していると、クラウスは涙を流しながらも口を開いた。
「分からない。悲しいのか、嬉しいのか……」
クラウスは本当は両親から愛が欲しかったのだ。何故自分にだけ愛が与えられないのかと憎く思っていた。
(でもメリナさんは僕を愛してくれている。愛は両親だけから貰うものではなかった?なら、両親以外に与えることも可能なのではないか?)
今は違うものだとしても、いつか自分はメリナのことを必ず愛するはずだと、クラウスはその時確信した。
クラウスの事情を知らないメリナは、クラウスの常にない様子に驚いていた。
こんな風に泣くことがあるのか、自分の気持ちが分からないことがあるのかと思うと、何だか愛しい気持ちが湧いてきて、思わずくすりと笑ってしまった。
「クラウス様って意外に駄目なんですね」
「!」
「私、いつもクラウス様に助けてもらってばっかりだったからかな?何か、クラウス様のこと完璧な人だって思ってたんです」
唖然とした表情のクラウスのことは気にせず、メリナは言葉を続けた。
「でも、差出人不明のプレゼントを急に送るし、待ち合わせしないで迎えに来るし、好きか分からないのに側にいたいなんて言うし……」
メリナは苦笑すると首を横に振って「クラウス様も完璧じゃないんですね」と呟いた。
勝手に幻想を抱いていた自分が情けない。クラウスにも弱いところがあって当たり前なのに。
「こんな僕は嫌い……?」
不安そうに問い掛けてくるクラウスに、メリナはそっぽを向いた。
「正直思うところはあります。一回フラれちゃってますし」
言ってからちらりと様子を伺うと、クラウスは絶望の表情になっていた。
少しかわいそうになって「冗談ですよ!」と笑って言うと、クラウスはほっと息を吐く。
「頼りないクラウス様も、泣いてるクラウス様も好きですよ」
にっこりと笑うメリナ。
少しくらいの意地悪は許されるはずだ。だって、メリナも随分と辛い思いをした。
これでお互い様なはずだ。
微笑んでいるメリナを見て、クラウスは突然立ち上がった。
驚く間もなく、メリナの正面に来て片膝を付く。
「僕の傍にいてくれますか?もう2度と、君を悲しませたりしない」
恋や愛が分からないと泣いていたクラウスはそこにはいない。
強い意志の籠った瞳を見たメリナは、今日一番の輝く笑顔をその顔に浮かべた。
「当たり前じゃないですか!次フったら許しませんよ!」
差し出された手に、自らの手を重ねたメリナの瞳から、一粒の涙が零れた。
「踊って頂けますか?」
「でも私、踊り方知りません」
「誰も見てないから大丈夫。自由に踊ろう」
「……はい」
気持ちが落ち着いた2人は、恐る恐るお互いの手を取った。
クラウスに優しく手を引かれ、2人の体が密着する。
その近さに緊張していると、クラウスが足を動かした。それに遅れないようにメリナも足を動かす。
会場から漏れる音楽に合わせて体を揺らし、たまにメリナをくるくると回すクラウスに、2人の口からは笑い声が零れていた。
そのダンスは、さっき羨ましいと思って見ていたフローレンス達のダンスとは全く違う。
でも、メリナは幸せな気持ちで胸がいっぱいだった。
「メリナさん、傍に居てくれてありがとう」
そう微笑むクラウスの口からは『愛してる』という言葉はまだ出てこない。
でも、きっとそう遠くない未来に、メリナはその言葉を聞けるようになるはずだ。
それでも、これから先のことはまだ誰にも分からない。
乙女ゲームは始まりもせずに終わってしまったし、メリナはヒロインでありながら全く関係ない人を好きになった。
次期侯爵であるクラウスと一緒にいるということは並大抵のことではない。
予想だにしていないことがこれからも起こるだろう。
メリナにはもっと大変なことが沢山起きるのだろう。
「クラウス様、大好きです!」
――何があるのかは分からない。
それでも、メリナはクラウスとずっと一緒にいられますようにと、そっと星に願った。
これにて完結です。
2人は一応両想いになりましたが、まだ完全な形ではありません。
これから、2人で育んでいくことになると思います。
初めての長編で未熟な部分も多かったと思いますが、読んで下さっている方がいると思うだけで書く力が湧いてきました。
最後まで見守って下さった皆様に、心からお礼を申し上げます。
本当にありがとうございました!
(活動報告に後書き的なのを書きますので、よかったらお立ち寄り下さい)
近日中に短編(これとは全く別の話)をあげますので、そちらもよろしくお願いします!
最後だから書かせてください。↓にある評価をお願いします!




