29-2
会場に入ると、クラウスは2人分の飲み物を給仕から受け取る。
すると丁度学園長が現れ、パーティの開催を宣言して乾杯が行われた。
乾杯の飲み物は、未成年がいるためかさっぱりとしたジュースで、緊張で喉が渇いていたメリナは直ぐに飲み干してしまった。
「――あっ、行儀が悪くてすみません!」
「いいんだよ。――君、もう一杯もらえるかな」
飲み干してから行儀の悪さに思い至り、メリナは申し訳なさそうにクラウスを見る。
しかし、クラウスは気にした様子はなく、いつものような穏やかな笑顔で給仕に飲み物を頼んでくれる。
「ありがとうございます」
メリナはそれを受け取りながら、恥ずかしさに頬を赤くした。もう少しお淑やかにしないと、と自分に言い聞かせる。
飲み物を片手にクラウスを盗み見ると、いつも通りでメリナはホッとした。
このドレスのことを聞きたいと口を開いた時だった。
「メリナ!」
「――フローレンス様!」
しばらくクラウスと見つめ合っていると、フローレンスが現れた。隣には憮然とした表情のレオンハートを連れていて、渋々ついてきたのだということが察せられた。
「良かったですわ。間に合いましたのね」
「ありがとうございます」
手を取って喜びを露わにするフローレンスに、メリナは頬が緩む。フローレンスにいつも心配ばかりかけてしまって申し訳ないが、気に掛けてくれるのがとても嬉しい。
2人でにこにことしていると、フローレンスがメリナの耳元に顔を寄せて囁いた。
「乾杯の前に、クラウス様が私の家にメリナを迎えに来たという知らせが来ましたの」
その言葉にメリナは目を丸くする。
「私が丁度出た後だったらしいわ。入れ違いになってしまったのね」
迎えに来るつもりだったのかとメリナは驚いた。
フローレンスは入れ違いになったと言うが、メリナとしては名前を書くなり迎えに行くと書くなりしてくれればよかったのに、と思ってしまう。
何だか今日のクラウスはいつものクラウスらしからない。
送り主不明のプレゼントを急に送ってきたり、待ち合わせていないのに迎えに来たり、一体何がしたいのだろうかと不安になる。
「それでは楽しんで下さいませね」
不安になるメリナには気付かず、フローレンスは小声でそう言うとクラウスに「メリナをよろしくお願いします」と一礼して、レオンハートと人込みに消えていった。
その直後、楽団の音楽の雰囲気が代わり辺りも静かになった。
首を傾げるメリナに「ダンスが始まるんだよ」とクラウスが教えてくれる。
「今年はレオンハート殿下とダレントラン公爵令嬢かな」
クラウスが言うと同時に人が割れ、ダンスフロアの中央にレオンハートとフローレンスが進み出た。
お互いに一礼すると、2人が優雅に踊り出した。
美しい2人がくるくると踊るさまは幻想的で、メリナは感嘆のため息を吐いていた。
「綺麗……!」
うっとりと眺めていると途中からクリスティーナとシリウス、ユリアとアラン、パルテナとグラットの3組がダンスフロアに現れ、踊り始める。
予定外のことだったのだろうか、周囲がざわつくのを感じるが、メリナは4組が踊っている所から目が離せなかった。
きっとこれはゲームから解放される祝いのようなものなのかもしれない。
皆が幸せそうにお互いを見つめて踊っている。
「羨ましいな……」
思わずそう呟いてしまった。
「メリナさん……」
「えっと、踊ってるのが楽しそうだな~と思っただけですよ!私、踊り方知らないので!」
その呟きはしっかりクラウスに拾われていたようだ。
哀れに思われてそうで悲しくて、メリナは必死に弁解する。クラウスと目が合わせられない。
「ちょっと外行こうか」
「えっと……はい」
何かを感じ取ったのか、クラウスはメリナを外へ誘った。今はフローレンスたちを見ているのが辛くて、メリナは素直について行くことにした。
エスコートされて連れられた先は、いつもの裏庭とは違ったちゃんとした中庭だった。
豪華な噴水の周りに薔薇の生垣が出来ていて、側にはベンチもあった。
(会場出たら中庭があったんだぁ。行ったことないから分からなかった)
初めて知った事実に驚きつつ、メリナは外の空気を胸いっぱいに吸う。
そうすると力が抜けて、人が多くて思った以上に疲れていたのだろうかと気が付いた。
目を閉じると風をそよそよと感じて気持ち良い。楽団が奏でる音楽も聞こえてくる。
噴水の側にあるベンチへ誘われて、メリナはそこに腰掛けた。
「……」
クラウスが隣に座ると、沈黙が2人を包んだ。
またこんな風にクラウスと隣に座れるなんて、メリナは思ってもみなかった。
でも、この状況が嬉しいのか何なのか、自分の気持ちなのに分からない。
もしかしたら、今日のクラウスの行動が不可解すぎて、素直喜べないのかもしれないと思った。
2人の気まずい沈黙を破ったのは、クラウスだった。
「メリナさん、今日は僕とパートナーになってくれてありがとう。それに、ドレスも着てくれて嬉しかった」
クラウスの方に目をやると、彼は照れたように笑っている。
メリナとしては、何故クラウスが照れるのか分からない。
フっておいて、今度はパートナーになってくれて嬉しいだなんて、どういうつもりなのだろうか。
でも、向こうからこの話題を出してくれたことで、やっと疑問を聞くことが出来そうだとメリナは思った。
「あの、このドレスってクラウス様が送ってくれたってことでいいんですよね?」
そう言ってクラウスを見つめる。
「書き方でクラウス様だって何となく分かりましたけど、差出人が書いてなかったので、どうしたらいいのかすごく悩みました」
メリナの視線を正面から受け止めたクラウスは、気まずそうに目を逸らしてしまい何かをぽつりと呟いた。
「何ですか?」
「――自信がなかったんだ」
メリナが聞き返すと、今度は聞こえる声でそう言う。ますます訳が分からなくてメリナは首を傾げた。
「名前を書いたら、もしメリナさんが来てくれなかった時に立ち直れない気がしたんだ」
「立ち直れないって……」
メリナが予想外の返答に驚いていると、クラウスは「ごめん」と謝って俯いた。
立ち直れていないのは私の方なのに?とモヤモヤしつつ、まだ質問を続ける。
「じゃあ迎えに来るって書いてなかったのは?私、そんなこと知らなかったから1人でずっと待ってました」
少し拗ねたように話すメリナに、クラウスはバツの悪そうな表情になる。
そして、メリナから目を逸らして言いにくそうに頭をかく。
「それは……ダレントラン公爵令嬢に、彼女の邸宅で君が準備をすると聞いていたから」
「フローレンス様に?」
フローレンスの名前が出たことで、メリナは彼女に話した時にあまり驚かれなかったことに納得した。だから『良かったですわね』とメリナに微笑んだのだ。
まさかフローレンスが一枚噛んでいたとは思ってもみなかった。
「フローレンス様に聞いていたからサイズもぴったりだったんですね」
そう問い掛けると、クラウスは無言で頷く。
これで、ドレスについて気になっていたことはほとんど聞くことが出来た。後は、何故そこまでしてメリナを誘ったかだ。
これを聞いてしまうのは怖い気もしたが、ここまで来てしまった以上、聞かないという選択肢はない。
「何故、こんな回りくどいことを?……クラウス様は一体何がしたいんですか?」
私、分かりません。最後には消えそうな声でメリナは言った。
モヤモヤして苦しい。
クラウスのことが好きなのに、何を考えているのか分からなくて怖い。
メリナは一体どんな言葉が返ってくるのかと思うと怖くて、目を合わせることも出来なかった。
「何がしたいのか……か」
クラウスは一旦言葉を切ると、ぐっと押し黙った。




