29 ヒロインなのに待たされています
メリナはあの後、馬車が迎えに来たことで、贈られたプレゼントごとダレントラン邸に運ばれていった。
出迎えたフローレンスに事情を話すと、優しい表情で「よかったですわね」と言われたが、メリナは何も言葉を返すことが出来なかった。
自分ではただ戸惑うばかりで、良かったのか分からなかったからだ。
だからといって悩んでいる時間もなく、メリナは慌ただしく準備へと移った。
「まるで花の妖精のようで、本当にお似合いですわ!」
準備が終わるとダレントラン家のメイドが褒めるものだから、メリナは顔が熱くなった。
鏡に映る自分を見て、メリナはこれが本当に自分なのかと驚く。
メリナが着ているドレスは、薄い水色で胸の下で切り返しが付いていた。スカート部分はチュールが重なってふんわりとしており、宝石が散りばめられてキラキラと光っている。切り返し部分の同色のリボンが可愛らしい。
髪はハーフアップにされていてサイドは編み込まれている。小さな白い花の飾りが所々に留められていて、花の妖精のようだった。
何より驚いたのが、ドレスも靴もぴったりとメリナに合っていたことだ。
何故こうもぴったりの物を贈れたのだろうと不思議に思ってしまうほどであった。
「まあメリナ!とても可愛らしいですわ!」
「フローレンス様もとても美しいです!」
「うふふ、ありがとう」
同じく準備が終わったフローレンスはメリナを見るなり褒めてくれた。
フローレンスが着るドレスは、青から紺にグラデーションがかかり、裾が金の糸で刺繍されているとても美しいものだった。フローレンスにとてもよく似合い、眩しいほど美しかった。
さらに、婚約者であるレオンハートの迎えを待つというフローレンスは、愛されている自信からかとても輝いていて、メリナは少しだけ羨ましくなってしまった。
しかし、表情には微塵も出さずに、一足先に一人で学園まで馬車で送ってもらったのであった。
「ここからどうしたらいいのかな……」
学園に着いたメリナは、会場に入る前のホールできょろきょろと辺りを見回した。誰もがパートナーと一緒に居て、一人のメリナは目立ってしまう。それが嫌で端の方に寄ることにした。
ドレスの送り主が現れるはずだと踏んでしばらく周りを観察しつつ待っていたのだが、メリナに話し掛けてくるような人物は一向に現れない。
途中でユリアとアランのペアとパルテナとグラットのペアを見かけたが、4人はメリナには気付かずに会場に入ってしまった。
(ここにいてもいいのかな)
どんどん人がまばらになってくる。クリスティーナとシリウスのペアや、フローレンスとレオンハートのペアも会場の扉へ消えていく。フローレンスには大丈夫かと心配されて一緒にいようかと提案されたが、レオンハートが怖くて丁重にお断りした。
元々パートナーもおらず、1人で会場に入るつもりだったのメリナはこのまま入室してもよかった。
だが、送り主が気になってしまい、メリナはその場から動くことを躊躇していた。
「1人で入っちゃってもいいのかな?」
さすがに周りに人がいなくなってくると、メリナは焦ってきた。
始まってから入るのはよろしくないだろうと思って、メリナは会場へと足を向けた。
その時だった。
「――メリナさん」
「クラウス様……」
自分を呼ぶ声が聞こえ、振り返ったメリナの目に入ったのは、髪と同じ色の黒い礼服を着たクラウスだった。
その姿がスマートで恰好良く見えて、メリナはしばし固まる。
人の減ったホールに、コツコツとクラウスの足音が響いた。
「待たせてしまってごめん」
「いえ……」
あれ以来目を合わせることが出来なかったのに、今は何故か不思議と真っ直ぐ見られる。
「ドレス、着てくれたんだね。よく似合っているよ」
「ありがとう……ございます」
やはり、送り主はクラウスだった。
――何故このドレスを?何のために?今更何故私に構うの?
聞きたいことはたくさんあったのに、どこか泣きそうな顔で笑うクラウスを見てしまったメリナは、言葉が出てこなくなってしまった。
「……」
戸惑い言葉を発さないメリナ。クラウスはどこか緊張した面持ちで、そんなメリナに近付く。
そして、スッと片膝を付いたかと思うと、右手を差し出してきた。
「メリナさん、僕のパートナーになって下さいませんか?」
その言葉を聞いた瞬間、メリナの心臓がバクバクと音を立て始めた。
(駄目よメリナ、勘違いしちゃ)
クラウスの行動の真意は分からなかったが、心が勝手に期待してしまう。でも、期待してまた勘違いだったらどうするのだと冷静な自分が囁く。
2つの気持ちに引っ張られて、メリナは何も答えることが出来ない。
しかし、クラウス急かすでもなく、ただじっとメリナを見つめて待っていた。
(このまま断ったら、私は何のためにこのドレスを着てここにいるの?)
期待するなと言う心にそう問いかける。
メリナは、クラウスの真意が何なのかを知りたかった。この手を取ればきっと分かるはずだ。
(大丈夫。勘違いはしない)
未だ高鳴る気持ちを抑えて自分を諫めつつ、メリナはクラウスの手を取った。
「よろしくお願いします」
「ありがとう」
メリナが手を重ねると、クラウスは嬉しそうに微笑んでその手を握った。
そして立ち上がると、そのまま扉へとメリナをエスコートする。
正式な夜会ではなく、学生のための夜会なので名を読み上げられることはない。
礼をしたドアマンに扉を開けてもらい、二人は会場へと足を踏み入れたのであった。
「わあ……!」
会場に入ったメリナは、感嘆の声を上げた。
一瞬クラウスにエスコートされていることを忘れてしまうくらい、会場は煌めいていた。
輝くシャンデリア、豪華な食事の数々、それらに負けないくらいさまざまな色の華やかなドレスが会場を埋めている。
前世でも今世でも経験のない輝きに、メリナは別の世界に迷い込んだかのような気持ちになった。
しばらくして我に返ると、人々の視線が自分たちに刺さっているのを感じる。
何故クラウスとメリナが……とその視線は物語っていて、メリナは怖気づいてしまう。
「大丈夫だよ。顔を上げて」
優しい声が耳元で聞こえて、無意識の内に俯いていた顔を上げるとクラウスと目が合った。
その優しい瞳見るとメリナは気持ちが落ち着くのを感じたのであった。




