26 クラウスは何を思うのか
メリナさんが僕と目を合わさなくなった。
避けられている訳ではない……と思う。普通に挨拶や話はするのだ。でも目が合わない。笑顔もどこかぎこちなくて気まずくなってしまう。
でもそれも仕方がない事なのかもしれない。
僕はメリナさんの告白を断ってしまったのだから。
(本当は嬉しかったんだ)
メリナさんが僕のことを好きだと聞いて、とても嬉しかった。でも、自分はどうなんだろうと考えて、分からなくなってしまった。
僕だってメリナさんのことは好きだ。あの素直さやひたむきさ、一生懸命なところは見ていると僕の足りない何かを思い出さしてくれるようで、傍にいたいと思ってしまう。
でも、これが恋や愛というものなのかと聞かれると……正直分からない。きっとメリナさんへのこの好意は、友人としてのものなのだと思う。でも、本当にそうなのか?自分のことなのに自分が分からない。
そのせいで結局メリナさんを傷付けてしまった。
もうあの眩しいほどの輝く笑顔は見られないのだろうか。そう考えると胸が痛んだ。
――――――
そもそも僕には恋や愛という感情が分からない。それは自分が持ったことも持たれたこともなかったからだ。
ありきたりな話だが、僕の両親は政略結婚でお互いに愛はない。後継の僕が生まれたことでお互いに愛人を持ち、家には近寄らなかった。
それなのに僕は次期侯爵ということで家で1人、家庭教師たちに囲まれて厳しい教育を受けていた。
幼い頃からほとんど両親の姿を見なかった僕は、それが当然なのだと勘違いしていた。そして愚かにも、勉強を頑張れば帰ってきてくれるという家庭教師の言葉を信じ切っていたのだ。
10歳になる頃には、さすがにおかしいと気付いた。
それと同時に、両親への興味も失ってしまった。
元々愛着も形成されていないのだ。僕にとって両親は他人に等しい。ただ、僕の将来のレールを敷くだけの他人。
でも、どうでもよかった。寂しいと思ったこともあるが、恋しいとか愛しいなんて感情は知らなかったから。
こんな両親でも唯一感謝したことは、婚約者を決められなかったことだ。
侯爵家はちょっとやそっとで揺らぐような家ではない。下手な貴族令嬢と婚姻を結ぶメリットが無かったことや、そもそも僕に興味がないことなどが重なって、貴族家の嫡男としては珍しく婚約者がいない。
僕としても政略結婚は避けたかった。あんな両親を見ていると結婚をする意味も分からない。
もちろんいつかは婚姻する必要があるかもしれないが、まだしばらく必要ないだろうと思っていた。
だが婚約者がいないことや次期侯爵という肩書きは、僕にいろいろなものを引き寄せた。
高位貴族との婚約を狙う令嬢、取り入ろうとする貴族やその子息。
彼らをまともに相手していると非常に疲れる。
赤の他人にそんな労力を使うのは馬鹿馬鹿しいと、僕はただでさえ地味な髪や瞳に、さらに地味な服を合わせて印象を植え付けないようにした。
そして、他人と深く関わらないようになるべく穏やかに笑って、感情を見せないようにした。
そうやって、僕という人間は出来上がっていった。
学園に入学しても同じだった。
むしろ、将来を考え始めるからか、すり寄ってくる人間が増えて煩わしい。
なるべく目立たないようにしていても、やはり次期侯爵の肩書きは大きく、何かと注目が集まってしまって辟易とした。仕方ないので笑顔の仮面をさらに強固にする。
大して面白くもない学園に通い出して3年目のある日、メリナさんは僕のクラスに転入してきた。
同じ制服を着ていても、肌や髪の艶のなさに平民なのだということはすぐに察せられた。強い魔力を発現したために特待生として転入してきたらしい。
(平民か。苦労するだろうな)
貴族か裕福な商人しかいない学園に、ただの平民が混ざることがどれだけ大変なことなのか、考えなくても直ぐに分かった。
(でも、僕には関係ないか)
その時は、彼女の可愛らしい顔立ちや話し方にも全く興味は湧かなかった。
しかし、メリナさんは何とも規格外な少女だった。ある日、レオンハート殿下に突進をしていったのだ。その場に居た僕も驚くくらいの勢いで。離れて殿下を見守っている護衛によく切り捨てられなかったものだと感心してしまったほどだ。
しかし、殿下は華麗に避けてしまい、彼女はその場で激しく転倒した。
(うわぁ、痛そうだ)
膝を強打したようで立ち上がろうとして呻いていたのが、少しかわいそうだと思ったのを覚えている。
殿下も明らかに引いていた。僕もだけど、あんな風に全速力で走って盛大にこけた女性見たことがないから仕方がない。
すごいこけ方だったな……と思うと無意識に口から笑みがこぼれて、それに気付いて自分に驚いた。
「――そこの君」
すると突然殿下から声が掛かる。君、ということは、もしかして殿下は僕のことを認識していないのだろうか。一応挨拶くらいはしたことあるんだけどな。
そう思いつつ、殿下の傍へ行く。
「私のことでしょうか?」
「ああ、そうだ。彼女を医務室まで運んでくれないだろうか?」
「彼女ですか……」
面倒なことを頼まれてしまった、とメリナさんを見ると、彼女はとても傷ついた顔をしていた。しかも、殿下はそんな様子には気付かずに、そそくさと去ってしまう。
結局僕は歩くのも痛そうな彼女を抱きかかえて医務室へと運ぶことになった。存在を認識されると面倒くさそうだったので、手当をしている隙に姿は消しておいた。
次に彼女を見かけたのは、必死に木登りをしている所だった。
見た瞬間自分の目を疑ったよ。
(何をしているんだろう……?)
少しだけ興味を持って、他の木に隠れて見ていると、木の上によじ登ろうとしているようだった。しかし、登り方をそもそも知らないのか、全く歯が立っていない。
(意味が分からない)
木に登ろうとしているのもそうだが、何をあそこまで頑張っているのか僕には理解出来なかった。
なのに、何故か目が離せない。気付けば僕は彼女をじっと見つめていた。
(――やった!)
彼女が無事登り切るのを見ると、思わず一緒に喜んでしまって、自分に戸惑った。
しかし、そこにグラッド・グラン伯爵令息が現れ、メリナさんをほとんど無視して去っていったことで戸惑いは何処かへ行ってしまい、怒りを覚えていた。
あんなに頑張っていたメリナさんを無視するなんて、と理不尽なことを思う。
ボロボロになって何とか木に登ったメリナさんの服は乱れ傷もちらほら見受けられた。また医務室に運んであげたいと思ったが、ずっと見ていたことを知られるのは良くないと考え直し、ただ彼女が去るのを見ているしかなかった。
結局医務室から出てくるまで見てしまって、自分でも何故そこまで気になるのかとまた戸惑する。
――メリナさんは不思議な人だった。
転入して初めてのテストで一位を取ったり、聖魔法の適性を見せたりと話題に事欠かない。
しかも、最近では殿下やグラン伯爵令息だけではなく、シリウス・ディ・ローレン侯爵令息やアラン・パウロ伯爵令息にも粉をかけているという噂を聞いた。
(粉をかける……ね。そんなこと出来る性格には見えないけど)
メリナさんはどちらかというと正面から当たっていく感じがする。そして毎回砕けてそうだ。そんな風に思っていた矢先、メリナさんを裏庭で見かけた。
しかも泣いているようだ。僕はよく裏庭に来るのだが、その際にフローレンス・フォン・ダレントラン公爵令嬢とすれ違った。もしや殿下に近付くなと警告されたのかな?そういえば、他の3人の婚約者もいた。
「どうしたの?」
関わってはいけないと分かっていたのに、気付けば声を掛けてしまっていた。自分の行動に驚くが、こうなってしまっては放っておくわけにもいかない。
僕はハンカチを手渡し、そそくさとその場を去った。同じクラスだが、恐らく彼女は僕に気付いていないだろう。このハンカチで僕が認識されるようになるかと少しだけ期待した。
次に会った時には、メリナさんは怒り狂っていた。そして、また泣いていたのだ。聞いていると、殿下たちに陰口を言われたらしい。
姿を見せることにもう抵抗はなく、むしろ自分から彼女の前に出た。どこから聞いていたのかと恐怖を瞳に映す彼女を見て、告げ口する気はないことを伝えると安心したように息をついていた。
「さっき叫んでいた君が素の君なんでしょう?僕はそっちのほうがいいと思うよ」
思わず本心から言うと、メリナは目を丸くする。話を聞くと言えばさらに目を丸くするものだから、その大きい目がこぼれそうだ。
「クラウス様……」
彼女から僕の名前が出た時は驚いたと同時に、何故か少し嬉しかった。話を聞いてみれば彼女にも非があって、それを指摘すれば素直に自分の非を認めるものだから意外だった。
しかも行動を改めると言う。それを聞いて、彼女は気位が高いばかりの令嬢たちとはとことん違う、とその時強烈に感じた。
だからかな。今後も話しかけていいかと言われた時に咄嗟に良いと言ってしまったんだ。
それくらい、僕はすっかりメリナさんを気に入ってしまっていた。




