25 ヒロインなのに上手くいきません
新鮮なクラウスを見られたことで肩に入った力が抜けたメリナは、その後もとても楽しむことが出来た。
かわいい雑貨屋に入ったり出店の美味しそうな物を食べたりと、幸せな一時だった。
楽しい時間は一瞬とはよく言ったもので、あっという間に夕方になってしまう。
(しまった!告白出来てない!)
デートを楽しみすぎて、本日の一番の目的が達成できていなかったことに気付いたメリナは焦った。
歩き回っては言えるものも言えない。どこか落ち着ける場所がないか辺りを見回すと、待ち合わせをし噴水がある広場にベンチがあることに気が付いた。
「そろそろ帰らないといけない時間かな」
しかし、空を見上げたクラウスは、デートの終了を仄めかす。
このまま帰る訳にはいかないと、メリナはクラウスの手をがしりと掴んだ。
「帰る前にす、少しだけ座りませんか!」
「?もちろんいいよ」
焦るあまり舌を噛んでしまったが、何とか引き留めることが出来てメリナはほっとした。
2人はベンチに並んで腰掛け、夕日に反射する噴水を眺める。
「今日は楽しかったね」
「は、はい!とっても!」
クラウスは笑顔で話しかけてくるが、緊張したメリナは声が上ずってしまう。
そんなメリナを、クラウスは不思議そうに見ていた。
(大丈夫よメリナ!落ち着いて!まずはハンカチ!)
自分でも分かるぐらいの緊張を何とか解そうと、メリナは深呼吸を繰り返した。
メリナははたから見ても挙動不審だが、そんなことには意識も行かず、気持ちを落ち着かせると「クラウス様」と意を決して声をかける。
「あの、とっても遅くなってしまったんですけどこれ……」
そう言って持ってきた鞄からごそごそと紙袋を取り出した。その中に入っているなは、もちろん借りていたハンカチだ。
「これは……」
紙袋を開けてハンカチを取り出したクラウスは、驚いたように目を開いた。
クラウスがハンカチを手にしたことで、メリナはやっと返すことが出来たと安心する。
「何だか懐かしいね」
「そうですね。あの時は本当にありがとうございました。あれがきっかけで、私は変わることが出来たんです」
「改めて言われると何だか照れるな」
どういたしまして、と微笑みながら頰をかくクラウス。どうやら照れると頰をかくのはクラウスの癖のようだ。
また一つクラウスのこと知ることができた、と思いながら、メリナは鞄からもう一つの紙袋を取り出してクラウスに差し出した。
「あの、これはお礼の気持ちです」
「なんだい?」
「クッキーです。私が作りました」
不思議そうにしているクラウスに、変な物は入ってないですよ!とメリナは慌てて付け足す。
「こう見えてお菓子とか作るのは得意なんです。普段クラウス様が召し上がる物には劣るかもしれませんが……」
だんだん自信がなくなり、言葉が尻すぼみになってしまった。
本当は、手作りのお菓子を渡していいのかとメリナはかなり悩んだ。クラウスは普段から高級なお菓子を食しているだろうし、ただの平民の手作りなんて図々しいかも等と、いろいろ考えてしまったのだ。
でも、自分の気持ちを1番込められるのはお菓子だと思ったし、クラウスは嫌な顔をするような人じゃないはず、と信じて作った。
だが実際に渡すことになると、やっぱり嫌がられたらどうしようと恐ろしい気持ちが優ってしまう。
「ありがとう、嬉しいよ。大事に食べるね」
しかし、クラウスはやはり、予想通り嫌な顔一つしなかった。
本当に嬉しそうに笑いながら、紙袋を受け取ってくれたのだ。
メリナは喜びに顔がにやけてしまうのを、必死に抑えなければならなかった。
そして、残すは告白することのみとなった。
(大丈夫よ。もしクラウス様が私のこと何とも思ってなくても、これを機に意識して貰えばいいんだわ!)
もしフラれたらーーという考えが一瞬頭を過るが、友人たちの言葉を思い出して気持ちを立て直す。
そもそも、ダメで元々なのだ。
(それに、デートなのにクラウス様も楽しそうにしてくれてたわ。プレゼントも喜んでくれたしーー)
デートをしてみたことで、もしかしたら両想いという可能性も有るのかもしれないと、メリナは期待する気持ちが生まれていた。
「それと……」
「?」
メリナが口を開くと、まだ何かあるのかとクラウスは首を傾げる。
(大丈夫よメリナ。頑張るのよ)
それを見ながら、メリナは覚悟を決めた。
「私、私!クラウス様のことが好きです!!」
「!!」
叫ぶように想いを伝えたメリナに、クラウスは驚きに目と口を開けた。
メリナは口を挟む隙を与えずに言葉を重ねていく。
「あの時ハンカチを貸してもらって、話も聞いてもらって、友達になってくれて……。笑顔が素敵なクラウス様とか、とっても優しいしかっこいいところとか、今日の照れて可愛かったクラウス様とか、全部全部好きです!」
力が入りすぎて目をぎゅっと瞑って言い切るメリナ。支離滅裂になってしまったが、これがメリナ本心で全部だ。
メリナはクラウスを見ることが出来ず、目を瞑ったまま沙汰を待つ。
何を言われるのか予想も付かなくて、心臓が早鐘を打っていた。
「僕は……僕も、もちろんメリナさんのことが好きだよ」
聞こえた言葉に、メリナはばっと目を開く。
しかし、視界に入ってきたクラウスの顔は歪んでいて。それが良い意味ではないのだと気付いた。
「――でも、それは友人としてだ」
「……ごめんね」
苦しそうな声がメリナの鼓膜に響く。力を入れ過ぎたせいでチカチカとする視界は、クラウスの歪んだ表情を網膜に焼き付けた。
言葉を理解した瞬間、メリナは奈落の底に落ちていくかのような絶望を感じた。
その後メリナは何と答えたのか、どうやって自分の家まで辿り着いたのかを覚えていない。
一体何がいけなかったのだろう?やはり身分が違いすぎた?それともマナーがなってないから?
それとも――。
終わりのない『それとも』が頭を埋め尽くす。
「両想いかも……なんて」
メリナは1人ベッドに寝転がり、天井を見つめながらぽつりと呟いた。
身分を弁えると豪語しながら、両想いかもと考えるなんて、なんておこがましい。
ダメで元々だと思っていたはずなのに、期待するなんて酷い矛盾だ。
「振られてもまた頑張ればいいなんて……」
ふとユリアが言った言葉を思い出した。
しかし、腕を目の上に置いたメリナは掠れた声で呟く。
「そんなの無理だよ――」
目蓋の裏にクラウスの辛そうな表情が焼き付いて離れない。
自分はまた勘違いをしてしまったのだ。
そして友人だと言ってくれたクラウスのことを傷つけてしまった。
(恥ずかしい。もう頑張れない……)
メリナは唇をぎゅっと噛み締める。
「ヒロインなのに、全然上手くいかないーー」
そして、メリナの閉じた目蓋から、涙がポロポロとこぼれ落ちたのであった。
もうちょっとだけ続きます




