24-2
店から出ると、メリナは詰めていた息を吐き出した。
ペンを選んだだけなのに、すごい疲労感だ。場違い感ったらなかった、とメリナは苦笑する。
もしフローレンスに服を借りていなかったら、追い出されたんじゃないだろうかと思ったくらいには、あの店は上流階級が行くような店だと感じた。
「メリナさんは他にも見たいものはある?」
ゆっくりと店の並ぶ通りを並んで歩いていると不意にクラウスが尋ねてきた。
「えっと……」
その問いにメリナは困って言葉に詰まってしまう。
このまま解散になってしまっては困るのに、告白やプレゼントなどで頭がいっぱいで、どこに行きたいかなど全く考えていなかったのだ。
せっかく他に行きたい所がないか聞いてくれているのに、いい案が全く思い浮かばない。
(男の人はどこでもいいが一番困るって前世で聞いたことがあるわ!早く何か考えなきゃ!)
しかし考えれば考えるほど何も出てこない。
メリナが「あー」だとか「うー」だとかいって唸っていると、不意にぷっと噴き出す音が聞こえた。
音の方を見れば、クラウスが口を押えて笑いを堪えている。
「な、何で笑うんですか!」
メリナが声を上げると、クラウスは耐え切れないというようにくすくすと笑い出した。
「メリナさんって表情がコロコロ変わるから、本当に面白いよね」
未だにくすくすと笑うクラウスに、メリナは恥ずかしさから顔を赤くして頬を膨らます。
そんなメリナを見て、クラウスは更に笑いが込み上げてきたようだ。
(何だかいつものクラウス様とちょっと違う気がする)
いつも穏やかに微笑んでいるクラウスの無邪気な笑顔は少し意外だったが、ここが学園ではないから気が緩んでいるのかもしれないとメリナは思い至った。
侯爵家の嫡男という身分はメリナが考えている以上の重責を伴うものなのかもしれない。
それなら、今は少しでもその重責から解き放たれて、年相応に笑えているなら嬉しい。それを自分だけに見せてくれているのはもっと嬉しい、とメリナは思った。
「いつまで笑ってるんですか!」
いつまで経っても笑いが収まらないクラウスに、メリナは「もう!」と言う。何がそんなに面白いんだという気持ちを込めてじとりと視線をやると、クラウスはこぼれる笑いを堪えながら「ごめんごめん」とメリナの頭に手を置く。
その優しい手で撫でられると、メリナはもう何も言えない。
(好きだなあ)
その優しい手が好きだと再認識していると、やっと笑いの収まったクラウスが声を掛けてきた。
「あんまり面白かったから、ごめんね。お詫びに連れて行きたい所があるんだけどいいかな?」
どこだろうとメリナは首を傾げたが、未だに行きたい所が思い浮かばなかったので一も二もなく頷いたのであった。
――――――
キラキラしたシャンデリア。可愛らしいミントグリーンのテーブルに白い清潔なテーブルクロス。床には深いブルーのラグが敷かれている。つるりとしたシュガーボットの容器さえ可愛らしい。
メリナは今、貴族街寄りにあるカフェテリアにいた。先程の店とも近いので、こちらも上流階級御用達の店なのだろうかと、そわそわと辺りを見回す。
こんなお洒落なカフェテリアに行ったことがなくて緊張してクラウスを見るが、クラウスは案内されると慣れたようにスマートに席に着いた。
(同い年とは思えない落ち着き……)
その余裕な態度が羨ましいが、前世も今世も平民のメリナは、やはりどうしても落ち着かなくてお尻をもぞもぞとさせてしまった。
メニューを開くと、ケーキや紅茶の名前がずらりと並んでいた。
何が何だか分からず、必死に文字を目で追うメリナ。
「何か美味しそうなケーキは見つかった?」
自分は注文する物が決まったのか、クラウスがにこにこと笑いながらメリナに聞いた。
「えーと、チョコケーキとか食べてみたいなって思います」
「分かった」
何が何だか分からないので、ひとまず無難にチョコケーキを頼むことにする。
それに、メリナの人生ではチョコはほとんどお目にかかれないので、単純に食べたかった。
メリナ言葉を聞くと、クラウスは手を上げて店員を呼び止めた。
「このケーキとこのケーキを一つずつ。あと、それに合う紅茶を」
「畏まりました」
これまた慣れたように注文をするものだから、すごいなとメリナはクラウスに尊敬の視線を送っていた。
しばらくするとチョコでコーティングされたケーキと香りの良い紅茶が運ばれてきた。クラウスはフルーツがたくさん乗っているタルトを頼んでいて、これまた美味しそうだ。
どきどきしながらフォークを持ち、ケーキに入れていく。一口すくって口に入れると、メリナは頬を押さえてへにゃりと笑った。
「お、美味しい~!」
その美味しさにメリナは幸せな気持ちになる。紅茶はメリナにはよく分からなかったが、店員はアッサムと言っていた。それもまた、ケーキに合って食が進む。
美味しい美味しいと連呼しながら味わっていると、ふと視線を感じてフォークを止める。
顔を上げれば、自分のタルトには一口も手を付けず、微笑みながらメリナを見ているクラウスと目が合った。
「食べないんですか?」
不思議に思って聞くが、「食べるよ」と言いつつもクラウスは目を離してくれない。
あまりに見られるものだから、メリナはだんだん緊張してきてしまった。何か粗相をしてしまいそうで、何もしないようにしようと思うと息も詰まってくる。
(何でそんなに見てるの?食べ方おかしい?)
「どうしたの?」
手が止まってしまったメリナに、今度はクラウスが不思議そうに聞いてくる。
「あの、そんなに見られると緊張します……」
「ああ!」
メリナが言って初めて自分が凝視していることに気付いたクラウスは、そこでやっと視線を外してくれた。
視線が外れたことで、メリナはやっと体の緊張がほぐれ、息を吐くことが出来た。
そんなメリナを見て、クラウスは少し申し訳なさそうな表情をしている。
「ごめんね。君があんまり美味しそうに食べるから」
「い、いえ……」
それはどういう意味なのだろうか。美味しそうに食べるから面白かったのか何なのか……。
そう思いつつも、藪蛇の予感がして口には出さない。話を逸らすために、クラウスのタルトへと目を向けた。
「クラウス様のタルトも美味しそうですね!」
「そうかな。食べる?」
「え!そんなつもりじゃなくて!」
皿をこちらに寄せてくるクラウスにメリナは慌ててしまった。しかし、クラウスは笑顔のまま、少し強引と言えるくらいメリナにタルトを渡してきた。
「実は昼食を食べすぎてしまってね。せっかく一緒に来たんだから食べたいと思ったんだけど入らなさそうだ」
だから食べてくれると嬉しいな、と言うクラウス。
そこまで言われて断るのも悪いとメリナは有難くタルトを貰うことにした。
「ありがとうございます。わあ、これも美味しそう!」
そして、食べ始めたメリナを今度は控えめに眺めていたのであった。
「ところで、さっき行ったお店とかこのカフェはよくいらっしゃるんですか?」
「いや、どちらも初めてだよ」
(え?初めてなのにあんなに慣れた感じで行けるの?)
ケーキを堪能したメリナは、紅茶を飲みつつ疑問に思っていたことをクラウスに聞いた。
その答えを聞いて、やっぱり貴族は違うと感じる。
「すごく慣れてる感じがしたので意外です」
「僕も城下町はあまり来ないんだ。商人が用聞きに来るし、そこで必要な物は買えるから」
「すごいですね!」
家に商人が出入りするなんてさすがだとメリナが目を丸くすると、クラウスは何でもないように言った。
「でもやっぱり直接赴くのは楽しい物だね。いろんな店を探すのも楽しかったよ」
「わざわざ探してくれたんですか?じゃあ、このお店も……?」
クラウスの言葉で、メリナはこの店がクラウスが行きたかった所ではなく、本当はメリナのためにわざわざ探してくれたのだと気付いた。
それを気にさせないために、自分が行きたいと言ってくれたのだ。
「女の子は甘いものが好きだと思って……」
気付いてしまったメリナに、クラウスは照れたように頬をかいた。その様子が可愛くて、メリナは胸を撃ち抜かれる。
(優しくてかっこよくて可愛いとか無敵……)
メリナは美味しい物を食べられた上に、クラウスの新たな一面を見られたことで、とても満足した気持ちで店を出ることが出来たのであった。




