24 ヒロインなのにデートに行きます!
「遂にこの日がきた……!」
メリナはどきどきしながら歩いていた。
今日は待ちに待ったクラウスとのデートの日。朝から馬車でフローレンス邸に連れられて、メイドさんたちに体を磨かれたりマッサージされたりしたメリナは、すっかりぴかぴかになっていた。
メリナはふわりと揺れる空色のワンピースを視界に入れると、鏡に映った自分の姿を思い出した。
フローレンスが選んでくれた空色のシンプルなワンピースは、しかし、半袖部分がひらひらとしておりとても涼し気だ。胸元の下に切り返しがあり、スカート部分はギャザーでふんわりとしており、可愛らしく揺れている。
少し痛んでいた髪や肌はクリスティーナがくれたオイルのお陰でつやつやしていて、その髪はハーフアップにされていた。
パルテナが手を掛けた髪の毛はサイドで編み込まれ、下した毛はふわふわと揺れている。白い花の小さな髪飾りがとても可愛らしい。ユリアに施してもらった化粧のお陰で日焼けが隠されて、ほんのり赤い頬と唇がまるで別人のようだった。
(本当にゲームのヒロインみたい)
可愛らしい恰好になったことで気持ちが上がり、歩調も弾む。
また、メリナが待ち合わせの場所から少し離れた所で降ろされたのは、待ち合わせの醍醐味を味わえるようにと気を利かせたフローレンスの計らいだ。
そのお陰でデートの実感がわいてきて、鞄にちらりと目を向ける。
その中には、クラウスに返すハンカチと、メリナ手作りのクッキーが入っていた。
(今日は絶対に告白するんだから!)
ハンカチはもう一度綺麗に洗ってアイロンをかけた。お礼のクッキーは、何を渡すか迷った挙句、一番気持ちがこもるのではないかと考えて手作りにした。
精一杯心を込めたので、クラウスが受け取ってくれればいいなと思っていた。
「もう来てるかな」
覚悟を新たにしたメリナは、逸る気持ちを抑えながら早足で待ち合わせ場所へと急ぐ。
(――いた!)
少し歩くと、待ち合わせ場所の噴水が目に入った。そこにはメリナを待っているクラウスが既にいた。
今日のクラウスはシャツの上に黒いベストで、深いグレーのスラックスを履いている。少し地味ではあるが、そのシックな服装がさらさらとした黒髪によく似合っていた。
メリナは制服ではないクラウスを見るのが初めてで、その凛とした佇まいに胸が高鳴るのを感じた。
「クラウス様!」
胸を手で押さえて落ち着くように深く深呼吸をしてから、メリナはクラウスの名を呼んで近付いていった。
「すみません、お待たせしました!」
「僕も今来たところだよ」
小走りで寄ってくるメリナを見てクラウスが言う。
そのやりとりがまるで少女漫画のようにべたで、メリナは背中がこそばゆくなった。
しかし、そのこそばゆさすらも今のメリナには嬉しいことだった。
「……」
「クラウス様?」
喜びにメリナがににこにことしていると、クラウスに見つめられているのを感じた。どうしたのかとメリナが首を傾げていると、クラウスはふっと微笑みを漏らす。
「とってもかわいいね。似合っているよ」
「か、かわ……!」
突然の褒め言葉にメリナの脳が停止してしまう。しかも、いつもとは少し違うはにかんだ笑顔で言うものだから、メリナは胸が貫かれるかと本気で思った。
もしかして、クラウスもデートという認識なのだろうかと、メリナは今更ながら緊張してきてしまった。
メリナの緊張を知ってか知らずか、クラウスは手を差し出した。
「それでは行こうか」
エスコートしてくれるということなのだろうか、とクラウスを伺うと、手を出したままじっと待っている。
メリナはおずおずと手に手を重ね合わせると、クラウスが進む先を軽く引いてリードしてくれた。
これは夢なんじゃないだろうかと思うほど、メリナはふわふわとした気持ちになった。
「まずはペンを見に行こうか。いい店を見つけたんだ」
「はい!」
クラウスに手を引かれながら、メリナは歩みを進める。
ここは城下町だ。貴族街よりは下だが、平民街よりは上の場所に位置している。
ここにはいろいろな商品が集まり、店や出店も多く構えているため王都の中で一番賑やかな場所だった。
クラウスは貴族なので、貴族街で買い物すべきなのだろうが、メリナが気後れしてしまったので間を取って城下町でということになったのだった。
「ここだよ」
フローレンス邸が途轍もなく大きくて驚いたことや、今着ている服を貸してもらったことなどを話しながらしばらく歩いていると、クラウスはとある店の前で足を止めた。
クラシカルな雰囲気が漂うその店構えは、如何にも高級そう見える。
「何だか高そうなお店ですね……?」
思わず呟いてしまってから、お金のことを口にするなんてはしたなかったかとはっとする。
恐る恐るクラウスを見るが、メリナの発言を気にした様子はなくほっと息を吐いた。
「そうでもないよ」
クラウスは慣れた様子で店へと入っていった。きちんと片手でドアを押さえ、メリナを引き入れるさまはさすが貴族というべきか、堂に入っていた。
先程はあまり意識していなかったが、紳士的にエスコートされるのが初めてであるメリナはどきどきしながらその手に従って店内へと足を踏み入れた。
「わあ、すごい!」
そこはメリナが知っているような文具店とは全く違うものだった。
店内にはガラスケースが配置され、その中に多数のペンやインクの壺、文鎮などが展示されている。
近くのケースに顔を寄せると、明らかに宝石がはめ込まれた万年筆が置いてあり、その前に置かれた金額の表示にメリナはぎょっとした。
「く、クラウス様……?今何かおかしい物が――」
「いらっしゃいませ。ようこそおいで下さいました」
見えました、と言い終わる前に、店員らしき男性が現れた。
スーツをぱりっと決めた壮年の男性を見て、この店が明らかに平民が来るような店ではないことを察する。
(そういえば貴族街の方に向かって歩いてたわよね!?)
ということは、貴族やそれに違い財力を持った人間が買うような店なのだ。
前世でも家電が買えそうな値段の万年筆があったが、きっとそういうのが好きな人向けだ。
自分の明らかな場違い感に、メリナは焦ったようにクラウスに目を向けた。
「何をお探しでしょうか」
「彼女のペンを探している。何かいい物はないか?」
しかし、クラウスは慣れた様子で店員と話を始めてしまった。
本気で買おうとしているらしい様子に、いつもと違う口調のクラウス様かっこいい!と思う暇もないくらいメリナは慌てた。
「それでしたらこちらは如何でしょうか?黒曜石がついた万年筆でございます。お客様の瞳とよく似ておいでですよ」
「僕たちはそういう関係ではないのだが……。メリナさん、どう思う?」
(クラウス様の瞳とお揃いの万年筆欲しーい!……じゃなくって!)
店員の勧めに、欲しいと喉まで出かかったが、メリナは何とかそれを抑え込んだ。
こんなに良い物を買ってもらう訳にはいかないと、クラウスに熱く語りかける。
「クラウス様!明らかに、明らかにこの店は私の身の丈に合っていません!」
「しかしーー」
「しかしもカカシもないです!そんな高そうな万年筆、恐れ多くて絶対に使えないです!」
メリナの全力の拒否に、クラウスは目を丸くした後その瞳を伏せた。
「この店の万年筆やペンは品質が良くて手によく馴染むから、メリナさんの勉強と捗ると思ったんだけど……」
「うぅ……」
瞳を伏せ、残念そうに肩を落とすクラウスを見たメリナは、何も言えなくなってしまう。
そして、一転して笑顔になったクラウスと共に、気に入ったペンを選ぶこととなった。
「またのお越しをお待ちしております」
男性に見送られながら2人は店を後にする。
結局メリナは当初の予定通りペンを買ってもらった。
ペンならば万年筆ほど高額ではなく、その中でも宝石などが付いていないものは値段も少し落ちる。
メリナが選んだペンは宝石は付いていないが、黒い本体に書かれたグレーの繊細な模様が美しい物だった。
派手ではないがシンプルな美しさが気に入ったし、それに、クラウスの色だということもポイントが高い。
手に持ったペンの袋を拝むように持ち上げるメリナ。
「こんなに良い物を本当にありがとうございます。家宝にします!」
その様子に、クラウスはくすりと笑うのであった。




