22 ヒロインなのにうじうじしちゃいます
休日のとある日、メリナは荷物の整理をしていた。
というのも、嫌がらせで汚された本が一冊だけか確認するようにフローレンスに助言されたからだった。そして、兄がいるクリスティーナが、汚された物をお下がりでくれるというのだ。
これは正直有難い申し出だった。
歴史の教科書は何とか文字は判別出来るとはいえ、読むだけでストレスの溜まる代物になってしまった。
メリナは特待生のため無料で支給された本なので、買い替える余裕は家にはない。
もう使わないからと、他にも同じようなものがあればお下がりでくれると言われて、鞄は持ち歩いていたから大丈夫だとは思ったが、念のためチェックをしていた。
「これも大丈夫。これも……大丈夫かな」
家で鞄の中身を入れ替えたりもするので、鞄の中身と、本棚とも言えないような小さな棚に仕舞っている教科書を一つ一つ確認していた。
「ん?これは……」
ふと、ここにも何かあったかと机の引き出しを開けると、ペンやインクの瓶が並ぶ中に、一枚の白いハンカチを見つけた。
不思議に思い手に取ると、とても滑らかな肌触りで肌に吸い付くようであった。見るからに高そうなそのハンカチに、メリナの頭の片隅から、記憶が湧いてきた。
「忘れてたー!」
そのハンカチは、メリナがクラウスから借りたまま返すのを忘れていた物だった。
――――――
「それで、そのハンカチはどうしたんですか?」
「まだ返せてないんです……」
飲んでいた紅茶をソーサーに戻し、パルテナは首を傾げた。すると、メリナは項垂れながら力なく答えた。
急いでハンカチを返そうと思っていたメリナだったが、長い間借りていたものを今更どんな顔をして返せばいいのかと悩んでしまい、未だ手元にあるままだった。
そして、それを恒例のお茶会で4人に相談しているところだ。
「でもそれってさぁ」
「借りパクってやつですわよね~」
クリスティーナは呆れ顔をしており、ユリアは指を顎に当てて可愛らしく首を傾げている。
前世での言葉を使われてしまい、自分でも同じことを思っていたメリナはさらに落ち込んだ。
「そんなこと言わないで下さいよ~!私だって借りた当初は直ぐに返そうとしてたんですから~!」
メリナがあまりにも情けない声を出すので、4人は顔を見合わすと、やれやれというように首を横に振った。
「そうやって返すのが遅くなって、最終的に借りパクになってしまうのですわ~」
ユリアの言葉がメリナに突き刺さる。その様子を見て、さすがにメリナを哀れに思ったのか「こらユリアっ」とクリスティーナが諫めてくれた。
しかし、このままだとユリアの言っていることがこのままだと事実になってしまうとメリナは焦る。
「そう思うのなら返せばいいのでは?」
何故そんな単純なことをしないのかと、フローレンスは不思議そうにメリナを見つめる。
うっ、と一瞬言葉に詰まるメリナだが、正直に思っていることを話した。
「今更かよって思われたくなくて……」
「いや、返さなくて借りパクって思われるよりいいでしょ」
「そうなんですけど~!」
クリスティーナの冷静な突っ込みに、他の3人もうんうんと頷いた。
それでもうじうじと悩んでいる様子のメリナに、何がそんなに引っ掛かっているのかと不思議に思うが、それならばとパルテナが提案をする。
「そんなに気になるのなら、何か一緒にお返しのプレゼントを渡すのは如何ですか?」
「あ!それいいですね!」
(何故それを思いつかないのか……)
良いことを聞いたと言わんばかりに、顔を上げると目を輝かせるメリナ。クリスティーナが内心呆れるが、また落ち込むのも面倒だと思い口には出さないでいた。
気分も戻り、何がいいかと楽し気に聞くメリナ。それを見て、ユリアが爆弾を落とした。
「その時に告白もしてしまえばいいのですわ~」
「な、何を――」
「それは良い考えですわね」
「チャンスじゃないの!」
「良いタイミングですね」
フローレンスやクリスティーナ、パルテナまでもが身を乗り出して同意するものだから、何で突然そんな話になったんだとメリナは焦ってしまう。
しかし、この4人からすれば突然という訳でもない。
嫌がらせの件ではメリナを酷く心配する様子を見せていたし、カリーナを追い詰める気迫は、メリナに好意を寄せているからだとしか思えなかった。しかし、このままではいつまで経っても進展しなさそうで、ここで一石を投じるのも有りなのではないかと考えていた。
もちろんそんなことを知る由もないメリナは慌てる。
「待って下さい!何でそうなるんですか?」
メリナからすれば、クラウスと両想いになれている感じは全くなく、告白してもただ玉砕しに行くだけだ。仮に両想いだとしても、そもそもこの身分差の前では恋人になれるかも怪しい。
「でも、早くしないとクラウス様にも婚約者が出来てしまうかもしれませんわよ?」
完全に尻込みしているメリナをフローレンスは焚きつけようとする。
『婚約者』の言葉に、メリナははっとした。
(そうだった。今はまだいないけど、いつ出来るか分からないんだ……)
政略結婚はある種貴族の定めとも言える。特に、この歳になっても恋人も婚約者もいないクラウスは、高位貴族の妻になりたいと願う令嬢たちにとって大穴とも言える存在だ。
「メリナさんは平民なので、本気でクラウス様とどうにかなりたいと思うなら、どこかの貴族の養子にならないといけません」
「そうそう。だから早く行動するに越したことはないよね」
恋愛結婚も増えているとはいえ、次期侯爵という高い身分を持つクラウスの結婚相手が、メリナというただの平民で良い訳がない。
もしクラウスと恋人になるというならば、結婚するまでの遊び、もしくは愛人が関の山。
結婚を前提に考えるのならば貴族の養子になり、マナーや貴族の世界について学ばなければならない。
それも、両想いであればという前提の上ではあるが。
「でも……結婚とかまだ考えられないです。それにクラウス様の気持ちも分からないですし……」
しかし、まだ前世の記憶が色濃いメリナには、両想い=結婚は一足飛びな気がするのだ。
そもそも恋人ですらない人との結婚をどうやって考えられようか。
だからと言って手をこまねいていれば、クラウスは誰かと婚約してしまう。
頭を抱えて悩むメリナに、4人は口々に説得にかかる。
「だから告白なのですわ~!これで向こうがその気がなければまた頑張ることも出来ますし、その気があるのならメリナちゃんも考えることが出来ますもの」
「両想いでなければその先を考えられないのも当然ですわ。ですから、猶予を持たせるためにも早めに行動しなければ」
「告白したらきっとクラウス様も意識してくれるよ」
「もし婚約者になって、後で嫌になったら私たちも解消するのに手を貸しますよ」
4人は10年近くこの世界で生きているため、婚約者や結婚というのに抵抗が少なく、メリナに告白することでのメリットを説いた。
抵抗が少ないのには、全員が自分の婚約者と好き合っていることも関係しているだろう。
周りでも婚約が解消になったという話を聞くこともあるため、4人にとって婚約することが必ずしも結婚とは限らないのだ。
「そう……ですよね。まずは告白しないと何も始まらないですもんね」
説得に心を動かされたメリナは覚悟を決めた。
「このまま何もしないでクラウス様に婚約者が出来たら、きっと私、すごく後悔することになると思います。だから告白します!」
決意を込めて、拳を天に突き上げるメリナ。それを見て4人は嬉しそうに微笑んだ。
4人は、ヒロインとして転生してきたのに、悪役令嬢である自分たちが先に行動していたせいで誰のことも攻略できないメリナを不憫に思っていた。しかし、彼女たちもそこは譲れない。
でも、もしメリナとクラウスと幸せになれるのならば、そんなに素敵なことは他にはないと思えた。
だから、彼女たちは二人を全力で応援しようと決めたのであった。




