21-4
本日2話更新していますので、先に21-3話をお読み下さい。
「あの女……!許せない……!」
医務室で診察を受けたカリーナは、怪我もなかったことから身なりを整えると医務室から出た。魔力を使い切ってしまっていたので安静に過ごすようにと、そのまま帰ることになった。
前もって迎えの馬車を寄こすように教授が伝言を出したようで、馬車乗り場へと向かう。
廊下を歩いているとやっと現実感が戻ってきて、敗北を思い出と身を焦がすほどの屈辱を感じた。
(あんな……あんな平民に私が負けたですって!?何てこと!このカリーナ・モンペルトが……!)
嫌でもあの時の光景が思い出されてしまう。迫るメリナ。無表情で魔法を発動しようとするメリナ。死を覚悟してしまうほどの魔力――。
『まぐれですかね?』
そう微笑んだメリナの顔が頭から離れず、カリーナはぎしりと音がするほど葉を噛み締めた。
何よりカリーナが許せなかったのは、メリナが最後に発動した魔法だ。
上級魔法の様に呪文を唱えていたが、実際は誰でも使える周囲を照らすだけのただのあれは初歩的な魔法だった。
カリーナを恐怖に陥れるために、わざとあのような呪文を唱えたのだろう。
こけにされたと感じてカリーナの腸が煮えくり返る思いだった。
「このままじゃいられないわ。あの女に目にもの見せて――」
「やっぱりこうなった」
唐突に独り言に張り込んだ声に、驚きのあまりカリーナは腰が抜けそうになった。
声の主を探すと、クラウスが廊下に寄りかかってこちらを見ていた。
「く、クラウス様……?」
「だから僕に任せてって言ったのに」
穏やかに微笑むクラウス、だが何の話をしているのかカリーナには全く分からなった。
戸惑うカリーナなど気にも留めず、クラウスは体を起こしてカリーナに向かって歩き出す。
微笑を浮かべているのに不穏な空気を纏っていて、その不気味さにカリーナは息を呑んだ。
「メリナさんは本当に素直でいい子だよね。あれでおしまいだなんて……甘いと思わないかい?」
詰めが甘いよね、とカリーナを見据えて言い放つクラウス。
カリーナは何も発すること出来なず固まっていたが、カリーナの反応など見てもいない様子から、元々言葉は求めていないのだと分かった。
「メリナさんは善良だから、あそこまですればもう何も出来ないと思ったんだろうね」
クラウスはそう言いながらカリーナに近付いてくる。
「僕に手を出されるのを気にしていたから静観していたけど……君、メリナさんを殺そうとしたね?」
「ひっ……!」
今まで笑みを浮かべていたクラウスは、一瞬で無表情へと変わった。
いつもは穏やかな光の灯る漆黒の瞳が温度を無くしたのを見て、カリーナは短い悲鳴を上げると、焦ったように弁解を始める。
「ち、違いますわ!私は――」
「言い訳なんか聞きたくないな。君はまだ分かっていないらしい」
しかし、それは言葉にする間もなくクラウスに止められてしまった。
「メリナさんには僕や公爵令嬢も付いている。メリナさんは善良だから僕たちが君に何かすることを望んでいない。だからこそああいう形で決着をつけようとしたんだよ」
これはメリナの慈悲なのだと、クラウスは暗にそう伝える。
クラウスはメリナに飽きて距離を置いていたのではなかった。メリナがそう望んだから離れて見せたのだと、そこでカリーナはやっと気が付いた。
「なのに、君はまだ彼女に手を出そうというんだね」
ゆっくりと近付いてくるクラウス。
その無表情が怒りを表しているようでカリーナは身を震わせた。
「――ねえ、僕は今とても腹が立っているんだ。君はどう思う?」
首を傾げて問うてくるクラウスに、カリーナは思わず「何で?」と口にしていた。
平民であるメリナがそこまでクラウスに大事にされている意味が分からなかった。
「何でですの?ただの平民の女に何故そこまで肩入れするんですの?」
「何で……か」
カリーナの問いに考える素振りを見せるクラウス。いつの間にか目の前まで迫っており、その近さにカリーナはごくりと唾を飲み込んだ。
「君に言う必要があるのかな?」
しかし、氷のように冷たいその微笑みを浮かべて答えるクラウスは、今までただ穏やかに見えた彼とはまるで違うものであった。
このままでは消されるかもしれないと危機を感じたが、カリーナは金縛りに遭ったかのように言葉を発することが出来ず、足も縫い付けられたかのように床から離れない。
どうやってこの場を切り抜ければいいのかと、思考だけがぐるぐると回っていた。
「私も腹が立ってますわ」
その静寂を破るように、女性の声が割って入ってきた。
一瞬助けが来たのかと期待したが、声の方を見るとフローレンス、クリスティーナ、パルテナ、ユリアの4人が揃って現れて、直ぐに勘違いだったと絶望の表情になる。
(まさかみんなあの平民のために集まったというの……?)
何故こんな状況になってしまったのかと、カリーナは混乱する頭で考えるが、平民如きに貴族が動くなどあるはずはない、と心は否定する。
「これはお揃いで」
クラウスはどこか面白そうに表れた四人を見回すと「何故こんな所に?」と声を掛けた。
フローレンスはそれに対して真剣な表情で返す。
「あなたと同じ目的ですわ」
そして、クラウスの返事は待たずにカリーナへ目を向けた。
「カリーナさん、あなたがそんなにも迂闊な人間だとは思っていませんでしたわ」
「メリナが私たちと仲良くしてるって分かっててよくあんなことが出来たね」
「フローレンス様……クリスティーナ様……」
呆れたような二人の口調に、金縛りが解けたように口が開く。
二人の言葉で、彼女たちもメリナのために集まったのだと認めざるを得なくなった。
嫌がらせは自分が直接手を下した訳ではないが、きっと彼女たちはそれも含めて全て分かっている。このままではいけないと本能が叫んでいた。
「違うのです!私は平民の彼女に貴族の常識を教えて差し上げようとしただけなのです!」
「常識、ですか……」
「そうですわ!彼女がこの学園で平穏に過ごすためですのよ!」
パルテナの呟きを一瞬で拾い、カリーナは言葉を続ける。
誰もが冷めた目で見ていることにも気付かず、ただ自分の正当性を訴えるカリーナ。
「殺そうとしたくせによくそんなことが言えますね」
しかしパルテナはあくまでも冷静だ。
そして、汚い物を見るような目をしてカリーナを見ている。周りを見れば、5人全員が同じような目をしていることにやっと気付いた。
屈辱で頭に血が上り、カリーナはヒステリックに叫んだ。
「何ですの……何なんですのよ!あなたたち皆おかしいですわ!あんなただの平民に!平民など対等に接する価値もないのに、対等な友人のように扱って馬鹿じゃありませんの!」
「何だかかわいそうですわね~」
ヒステリックに叫ぶカリーナを見て、ユリアはその愛らしい顔に呆れを乗せて呟いた。
それを聞き逃さなかったカリーナは耳を疑った。
かわいそう?誰が?と頭に疑問符が浮かぶ。
「何ですって……?」
「平民だとか貴族だとかに囚われて、汚い手を使ってメリナちゃんに嫌がらせをして、試験に紛れて殺そうとまでして。なのにやり返されちゃって、だ~れも味方もいない。無様ですわ~」
「なっ……」
あまりの言われように、カリーナは顔を真っ赤にして言葉を失った。
「言っとくけれど、あなたにもう味方はいませんわよ」
何も言い返せないでいると、フローレンスが追い打ちをかける。
その言葉にカリーナは今日一番の衝撃を受けた。
(味方がいない……?)
そして、やっと気付いた。
今ここに集まっているのは、令嬢の中でもトップクラスに身分の高い者たちで、クラウスも侯爵家と自分よりも高い身分だ。
対して自分は伯爵令嬢。確かに、他に比べれば高い方ではある。しかし、この5人に比べると劣ってしまう。
カリーナはメリナに嫌がらせをすることで何かしらの処断をされてしまうことだけを恐れていた。しかし、本当に恐れることはまだあったのだ。
もし5人が自分に関わるなと周りに話したら?カリーナが何か処罰されることはない。だが、カリーナは空気と同然になってしまうだろう。
周りから空気のように扱われる令嬢など、貴族の世界で生きていくことは不可能だ。貴族の矜持をもったカリーナにとって、それは死ぬことより辛いことだった。
「そんな……そんなはず有りませんわ」
「第一、あんな姿を見せたんだから、誰ももうあんたにはついていかないと思うよ」
認められないカリーナに、クリスティーナはやれやれと首を振った。
「嘘ですわ……あんなことだけでこの私が……私はカリーナ・モンペルトですのよ?」
「私たちの庇護下にある少女に危害を加えた、ね」
メリナがフローレンスたちに気に入られた時点で、彼女たちの庇護下にあったのだ。
それに手を出したカリーナがただで居られるはずがない。
カリーナはがくりと膝を折った。
彼女が考えていたことは間違いではなかった。
普通の貴族なら、平民などどうなろうと構いはしない。万が一を考えて直接手を下さなかったことも間違いではなかったのだろう。しかし、まともな貴族はメリナに関わろうとはしなかった。
それは何故なのか。
それは、この5人がメリナのことを殊の外気に入っていたからだ。それに気付いた者は自分から危険なことに関わるという愚かなことはしなかった。
特に転生者の4人は、メリナのことを本当の友人だと思っていた。それを傷つけたのだから、ただで済むはずがない。
メリナの計画に乗ったのは、あくまでメリナが自分を納得させられるようにと考えたからであって、プライドの高いカリーナがこれで終わらせる訳がないと確信していた。
だから、これ以上手が出せないように後始末するのは自分たちの役目だと決めていた。
そして、それは恐らくクラウスも同じだろう。冷たい微笑を浮かべて、カリーナにとどめを刺した。
「良かったね。これでもう大嫌いな平民を見なくて済むよ」
「嫌ですわ……そんなはず有りませんわ……!どうして……」
自分の失敗に気付いたカリーナは『有り得ない』と呟くばかりであった。
この日を境に、カリーナ・モンペルトは姿を消した。数人の令嬢も一緒に。
また、多くの召使いの入れ替えもあったそうだ。
メリナはクラスからカリーナがいなくなったことには気付いたが、他の者については全く気付いていなかった。
カリーナのことは、自分が試合に勝ったから居づらくなったのだろうかと少し申し訳ない気持ちになっていたが、これも仕方ないことかと納得もしていた。
本当のことは、この学園では数人しか知らないーー。
長くてすみません……!




