19 ヒロインなのに泣いてばかりです
ちょっと長くなってしまいました
その日から、メリナはクラウスを避けた。フローレンスたちに忠告されて攻略対象に関わらなくなった時のように。
その時とは違うのは、クラウスからメリナに話し掛けてくるということだ。
「メリナさんおはよう」
「あ、おはようございます……」
クラウスから挨拶をされても、無視はしないがそれ以上は話さない。
休憩時間もなるべく教室から出るようにして、話す機会を与えなかった。
昼食は裏庭で食べるというのは知られているので、逆に人の多いテラスのある中庭で食べたり、最上階に続く滅多に人の来ない階段で食べたりもしていた。
「はぁ……」
相変わらず嫌がらせはされているが、荷物を持ち歩いたり、裏庭に行かないようにしてからは少なくなった気がする。通りざまにひそひそされるのは変わらずだが。
ため息が止めどなく出てくる。
「……」
辛い……と口から出てきそうになったのを寸でのところで止める。
言葉にしたら、負けたみたいで嫌だった。
「どうしたらいいんだろう……?」
その問いに答える者はいない。
――――――
「メリナさん」
授業が全て終わり、帰ろうと立ち上がったメリナは、突然声を掛けられびくりと肩を揺らす。
声の主はクラウスで、メリナは後退る。
「く、クラウス様……」
「話があるんだけどーー」
「――ごめんなさい!!」
ちょっといいかな?とクラウスが言う間もなく、メリナはくるりと背を向けると走って廊下へ出た。
とにかく離れなければと、メリナは廊下を闇雲に走る。
「――メリナさん!」
後ろから名前を呼ぶクラウスの声が聞こえたが、メリナは振り返らずに走り続けた。
「あれ……裏庭だ」
闇雲に走り続ける内に裏庭に来てしまったらしい。
しばらく来るのを避けていたそこは、メリナにとって落ち着く場所だった。
クラウスを撒けたと思い、気が抜けたメリナはぼんやりと宙を見つめる。
「――やっと捕まえた」
不意に後ろから手を掴まれて、びくりと肩が揺れる。
振り返ればはあはあと肩で息をするクラウスがいて、メリナは驚きに息を飲んだ。
(撒いたと思ったのに!)
何でここにという疑問と、早く逃げなくてはという焦りで頭が混乱する。
「メリナさんって、本当に運動神経がいいんだね。追いつけないかと思ったよ」
息を落ち着けたクラウスは、優しくメリナに笑い掛けた。
その笑顔が今のメリナには辛い。
「何で逃げるの?」
「ごめんなさい……でも私……」
言葉が続かず、メリナは俯いてしまった。
しかしその様子を見て、クラウスは察したらしく、メリナの手をきゅっと握る。
「僕とレオンハート殿下の話を聞いていたんだね」
図星を突かれてしまい、メリナは「何で」とと言うが、その声は掠れていた。
「話をした次の日から急に避けられたから、そうなんじゃないかなと思ったんだ」
「ごめんなさい」
自分からバレる行動をしていたのだと情けなくなりながらもメリナは頭を下げた。
そうしていると涙腺が緩んできて涙が出そうになったが、ここで泣くのは卑怯だと思い、何とか堪える。
「気にしていないよ。君は前にもあそこで殿下方の話を聞いたんだったね。昼食をここでとっているんだから、聞かれる可能性を考えていなかった僕も悪い」
罪悪感に駆られるメリナの頭を上げさせて、クラウスは何でもないように答えた。
しかし、気にするなというのは無理な話で、メリナは「でも……っ」と声を上げる。
クラウスには何をそんなに気にしているのかが分からず心底不思議そうだ。
「ごめんね」
「え?」
「嫌な話聞かせちゃったね」
王子がメリナのことを色々言っていたことを気にしているのかと思い、クラウスは眉を下げる。
「そんな、謝るのは私の方です!だって、私……クラウス様に迷惑を……」
言い募るメリナを見て、「ああ、なるほど」とやっと合点がいったという顔をした。
「もしかして、僕が軽くみられるって話を気にしてる?」
メリナは無言のままこくりと頷く。
「なんだ、良かった」
良かったとは、一体どういうことだろうと首を傾げると、クラウスは苦笑しながら頭に手を当てた。
「僕がいろいろ言ったから、嫌がられちゃったのかなって思ったんだ」
「そんなこと思うはずがないです!」
メリナは思わず声を張り上げて否定した。
クラウスがそんな風に思っていたなんてと申し訳なくなり、きちんと自分の思いを口にする。
「私のせいで軽く見られるって聞いて……私、今まで考えてもなくて……。だから、迷惑掛けちゃいけないって思ったんです」
「そんなことか。君は貴族の世界を知らないんだから当然だよ」
メリナの思いを聞いても、クラウスはあくまで気にした様子はない。
それどころか、いつもの穏やかな笑みが深まったように感じてメリナは驚き目を見開く。
「それに、こんなことぐらいでどうにかなるトリスティ侯爵家じゃない」
きっと、それほどトリスティ家に力があるというのは事実なのだろう。
だが、それはメリナが罪悪感を感じるのとは別の話だ。
尚も言い募ろうと口を開こうとしたメリナだが、その前にクラウスがメリナの唇に指を当て、止めてしまった。
「僕は侯爵家の人間だよ。侮られたところでそれを利用するだけさ」
そして不敵に笑う。
その自信に満ちた表情は、いつものクラウスとはまるで違っていて、不謹慎だがメリナは胸がときめいてしまった。
「きっとダレントラン公爵令嬢も同じことを思ってると思うな。なんたって未来の王妃だからね。もちろん後の三人も一筋縄じゃいかない人たちだと思うよ」
クラウスの言葉で、メリナは胸が軽くなっていくのを感じていた。
(私、このままみんなと仲良くしてても大丈夫なのかな?)
胸のつっかえが取れていくのを感じて、メリナは笑顔が戻ってきた。
「それとも君は僕を捨てるのかい?」
しかし、衝撃の言葉に「まさか!」と真顔で反射的に否定してしまった。
「ならよかった。これからもよろしくね」
そう言って笑うクラウスに、裏の顔を垣間見えたような気がしたメリナであった。
ーーーーー
「それより、僕も聞きたいことがあるんだけど」
話も一段落し、ベンチに座ったところでクラウスが切り出した。
メリナが続きを待っているとクラウスはにこりと笑った。
「最近、何か変わったことは?」
「え?」
予想外の質問に間抜けな声が出る。
しかし、直ぐに嫌がらせのことに思い至って、慌てて否定をする。
「いいえ、何もないですよ!」
ここまで話しても尚、メリナは迷惑を掛けてはいけないと思ってしまっていた。
自分の問題なのだから、自分で何とかしなければという気持ちが強く、クラウスに話すつもりはなかった。
しかしそれに対してクラウスは、諭すような口調でメリナに言う。
「メリナさんは何か勘違いしている気がするな」
「どういうことですか?」
「君に起きていることで、僕に迷惑がかかるとか、心配させたくないとか思ってるならそれは間違いだよ。僕たちは友人なんだから、心配したいし、迷惑だなんて思わない」
「辛いことを我慢しないで」
その声音と表情で、嫌がらせのことは既に知られているのだと分かってしまった。
クラウスはその上で、メリナが自分から吐き出せるようにしてくれているのだ。
「わた……私……」
声を詰まらせるメリナに、急かさずに「うん」と相槌を入れるクラウス。
「私……嫌がらせされてて……」
「母さんが作ってくれた大切なお弁当……ぐちゃぐちゃにされて……悔しくて……」
「机にごみとか……植木鉢が落ちてきたとき、すごく怖かった……」
「足引っ掛けられたりもして……すごく馬鹿にされたように話されるのも嫌で……」
「悲しくて、辛くて……っ」
本当はすごく辛かった。
何で自分がこんな目に遭ってるのかと腹が立ったし、何も言い返すことが出来ないのも悔しかった。
植木鉢が落ちてきた時は殺そうとしてるんじゃないかと背筋が凍った。
でも、嫌がらせというには行き過ぎたそれを自分が受けていることを認めるのも嫌で、気にしてないフリをして、気丈に振る舞って。
「よく頑張ったね」
一度出せば止まらなくなって、全てを吐き出したメリナは気付けば泣いてしまっていた。
震える肩にクラウスがそっと手を置く。
「それにごめん。僕のせいだ。僕が君と親しくしたから」
「それは違います!」
申し訳なさそうなクラウスに、メリナは強く否定した。
「私は嬉しかったんです。一人で孤独だったけど、クラウス様が友達になってくれたからこそ、フローレンス様やクリスティーナ様、ユリア様にパルテナ様とも友達になれて!」
転入してからずっと、メリナは一人だった。しかし、クラウスに諭されて友人になれたことで、フローレンスたちに謝罪することができて、さらに友人にもなれた。
たとえ今、嫌がらせされているとしても、クラウスのせいだなんてメリナは一度たりとも思ったことがない。
「ありがとう。君は本当に真っ直ぐだね」
さっきまで泣いていたのに、涙を溜めながらも力強い瞳で見つめてくるメリナに、クラウスは眩しそうに目を細めた。
「嫌がらせのことは僕に任せて」
クラウスの『任せろ』と言う言葉に、一瞬頷きそうになってしまう。
このままクラウスに守ってもらえば、また平和な日々に戻るのだろう。
(ーーでも、それじゃダメだ)
また同じことがあったらまたクラウスに守ってもらうのか?
そんなのは嫌だとメリナは思った。
(私、分かったわ)
メリナがクラウスたちと友人になれたことに、貴族や平民という身分は関係ない。
そもそも、メリナが誰と友人になろうとカリーナに邪魔される筋合いはないのだ。
大体、平民で気に入らないからと嫌がらせされて、平民だからと何も言えないのもおかしい。
メリナは他でもないメリナとして、クラウスたちと対等な友人になりたかった。
しかし、周りを黙らせられないことには対等にはなりえない。
ならーー。
「ーー私、負けたくありません!」
その宣言に、クラウスは目を丸くした。
(受けて立ってやろうじゃないの!)
「絶対勝ちます!」
さっきまで泣いていたメリナはもういなかった。




