18-2
「騙されてはいけないぞ。彼女は私やグラット、シリウスにアランにも近付いてきていた。明らかに高位の者を狙っていたんだ」
レオンハートの厳しい声が廊下に響く。
この廊下はあまり人通りがなく、角に隠れているだけのメリナにも会話が容易に聞こえてきてしまう。
前に攻略対象全員で陰口を言われていたことが思い出されて、メリナは苦虫を噛み潰したような顔になった。
(高位だから狙ってたんじゃなくて攻略対象だから狙ってたんですけど……)
そう言いたいが、前世のことを知らない人間からしたらそう見えていたのは事実で、仕方ないことだ。
クラウスは、四人に付きまとっていたことをメリナに聞いていたので平然としている。
「ええ、存じています」
その返答にレオンハートは苛立ったように口調を荒げた。
「では何故親しくしている?」
レオンハートからすれば、不愉快な思いをさせてきたメリナに良い感情はない。
しかも平民で何の後ろ盾もない上に良い噂の無いメリナと友人になるメリットがなく、クラウスのことを理解できなかった。
しかし、クラウス自身もよく分かっておらず首を傾げた。
「何故……ですか。分かりません」
「……何だと?」
レオンハートは呆気に取られた顔をする。
クラウスは、うーんと考えた後「しいて言えば……」と思い付いたように手を打ちあわせた。
「必死だから……ですかね」
「は?」
「あの必死さを見ると、何だか憎めないんですよ」
穏やかな笑顔で言いのけるクラウスに、レオンハートは意味が分からないという顔をする。
それに対して、クラウスは言葉を続けた。
「ここが貴族令息や令嬢が通う学園だからこそ彼女の振る舞いは問題になりますが、市井ではむしろ好まれる娘でしょう。僕も、メリナさんの素直さを好ましいと思っていますよ」
確かに、メリナの明るさや素直さは平民間では好まれる類の物だろう。見目もいい彼女は誰からも好かれる人生を送ってきたに違いない。
(クラウス様が好ましいって!嬉しいわ……!)
メリナはクラウスからの評価を廊下の角に隠れてこっそり喜んでいた。
クラウスの言葉に、それでも納得できないと、説得するかのようにレオンハートは言い募る。
「だが、ここは学園であり秩序がある。君が平民で問題行動を起こす彼女と親しくすることで、君自身が軽く見られるんだぞ」
「軽く……ですか」
「そうだ。将来の侯爵が軽く見られるなどあってはならないことだ」
「……」
必死なレオンハートの言葉に、今まで穏やかに笑っていたクラウスの表情が消えた。
「……ではまずご自分の婚約者であるダレントラン公爵令嬢に言っては如何ですか?未来の王妃である彼女がそのように見られることの方が問題でしょう」
フローレンスもメリナと友人になっている以上、クラウスに言っている言葉は全て彼女にも言えていたことだった。
そもそも、ほとんど面識もなく顔見知り程度のクラウスとレオンハート。
本当にクラウスの今後を危惧して言っているのだとしても、レオンハートにそこまで言われる筋合いはないと考えていた。
「……それは」
レオンハートは言葉に詰まってしまう。
フローレンスが謝罪を受けたことも、メリナと友人になったことも当然知っていた。そして、彼女にも同じように忠告していたのだ。
しかし『メリナは大丈夫だ。話してみれば分かる』と言われてしまい、何故自分の話を聞き入れないのかと釈然としない気持ちになっていた。
同性なら分かるかもしれないと噂になっているクラウスにも、この話をしたのだ。
「平民だからと親しくしてはいけないのなら、この学園に彼女が転入してきた意味は何でしょう?」
自分に言うくらいだ、婚約者にはもちろん言っているだろうと予想していたクラウスはレオンハートに問い掛ける。
「彼女は確かに奔放なところがあります。しかし、それは貴族の世界を何も知らず、教えられることもないからです。一部の裕福な平民は貴族と関わっていいのに、彼女はいけないのですか?では、彼女は誰とも話さず、関わらず、18で卒業するその時までずっと一人で居ろと、殿下はそう仰るのですね」
無表情で淡々と話すクラウス。先程までの人好きのする態度の彼からは、考えられないその様子に、レオンハートは背中に汗が垂れるのを感じた。
「そうではない……何も君が関わる必要はないと言いたかっただけだ」
その言い分に自分自身苦しい物を感じるが、後には引けなかった。レオンハートは「それに」と続ける。
「それに、君が関わることであの少女が辛い思いをすることもある」
これは本心だった。クラウスは婚約者はいないが、その身分から少しでも関わり合いになりたいと思っている人間は多い。
メリナを良く思っていない人間も同様に多いだろうと思っていた。
その言葉に対して、クラウスは目を細めて頷いた。
「ええ、肝に銘じておきます」
クラウスの返事を聞くと、話は終わりだとレオンハートはその場から背を向ける。しかし、クラウスはそれを「殿下」と呼び止めた。
「メリナさんは自分の行動をとても反省していますよ。立場を弁えようとしています。僕もダレントラン公爵令嬢たちも、そんな素直なメリナさんを好ましいと感じたんです」
その言葉にレオンハートは何も答えず、そのまま去っていった。
どちらかの足音が近付いてきているのを感じてメリナは、音を立てないようにそっとその場を去った。
――――――
足音を立てないように、急いで裏庭に来たメリナ。
ベンチに腰掛けるとさっきの会話を思い出す。
(クラウス様が軽く見られる……)
その言葉が頭にこびりついていた離れなかった。
「何で考えもしなかったんだろう……」
メリナがただの平民だったならまだ良かった。成績は良いし、珍しい聖魔法を使えることで利用しようと考えたり、将来的に雇いたいという者もいたかもしれない。
しかし、今メリナには良い噂が無い。
にも関わらず親しくするというのはどういうことか。
(私に誑かされたって言ってたな)
ふとカリーナに言われた言葉を思い出す。
つまり、クラウスは大多数の人間に、メリナに誑かされて篭絡されたと思われてしまっているかもしれないのだ。
その事実に胸が締め付けられる。
だからこそ、軽く見られるという発言なのだろう。
(盗み聞きなんてしなかったら良かった)
メリナは前も同じように盗み聞きしてしまって、酷く傷ついた。
そこでクラウスにあって諭されたり慰められたりしたんだと、その時のことを思い出す。
(私はクラウス様にとって迷惑な存在なのね……)
その優しいクラウスの評価を自分が貶めているなんて、とメリナは項垂れる。
「それに、フローレンス様たちも……」
彼女たちは婚約者をメリナに狙われていたのだ。
それなのに友人になるということは、クラウス以上に侮られているかもしれない。
盗み聞きさえしなければ、そんなことは知らずに今まで通り話したり、食事を共にしたり出来たのだろう。
しかし、それではいけないことは分かっていた。
「でも、だったら……どうしたらいいの?」
手で顔を覆って、メリナはか弱い声で呟く。
度重なる嫌がらせや、先程の二人の会話に、メリナの神経は知らず知らずの内に擦り減っていた。
――あの時救ってくれたクラウスは今はいない。




