17 ヒロインなのにこっそり叫びます!
「メリナさん、授業に来ないから驚いたよ」
メリナが教室に戻ると、それに気付いたクラウスが直ぐに駆け寄ってきた。
あの後、足を怪我して頬を叩かれたと分かる状態で教室に戻るのは得策ではないと考えたメリナは、医務室に行っていた。
手当自体は直ぐに終わったのだが、事情を察したのか医者に休んでいくといいと勧められ、有り難く休ませてもらった。
結局教科書も借りられなかったし、丁度良かったと医者に心から感謝していた。
「――どうしたんだいその怪我!?」
メリナの顔を見るなり、クラウスが驚き声を上げる。
その顔にはガーゼが当てられていて、怪我をしているのが一目瞭然だった。
「えへへ……すみません、医務室に行ってて……」
不謹慎だが心配されているのが嬉しくて、笑ってしまう。
しかし、笑い返してくれると思っていたクラウスは、予想外にも真顔で、メリナは内心首を傾げる。
「一体どうしたの?」
「いやぁ、フローレンス様を探して走ってたらこけちゃって」
真顔のまま聞いてくるクラウスに気まずくなりながら理由を話す。しかし、クラウスはその理由に納得できないように顔を顰めた。
「こけて顔を怪我したの?」
そう言ってガーゼの上にそっと指を這わせる。
その動作は妙に色気があり、メリナは頬を染めた。
「こ、これは壁に強かにぶつけちゃったんです!冷やすだけでよかったのに先生がガーゼ貼っちゃって!」
メリナが言ってもクラウスは手を退けない。これは何やら疑われているぞと気付いたメリナは「ほら!」とスカートの裾を持ち上げた。
「こけたから膝も擦り剝けちゃって!」
スカートの下から現れた膝は、頬を同じようなガーゼに覆われている。
学園の制服はワンピースタイプで、裾はふくらはぎの上まであるのでそれまで膝の傷は見えていなかった。
これで分かっただろうと、満面の笑みでクラウスに目線を向ける。すると、驚いたことにクラウスは顔を赤くしてメリナの膝から視線を逸らしているではないか。
「わ、分かったから足を隠そう?」
その動揺している様子から、照れているのだと察せられた。
自分で膝を見せといて、照れられるとメリナまで照れてしまう。
「ごめんなさい……」
メリナは顔を赤くしてスカートを下した。
この国では女性が膝を見せることはほとんどなく、貴族ともなれば配偶者や侍女以外に見せることはないと言ってもいい。しかし、前世の記憶が色濃く残っているメリナは、そのことにあまり意識していなかった。
(クラウス様って純情なのね)
などと考えていたが、女性の足を目にする機会もなく、しかも思春期の彼が照れてしまうのも当然のことだった。
「医務室で冷やしたりしてたので授業に出られなかったんです」
照れているのを誤魔化すために、教科書も忘れちゃってたし丁度良かったかなー、と軽い口調で言うメリナ。
「……」
「クラウス様?」
しかし、クラウスは何も返事をせず、俯いている。
もしかして呆れられたかもしれないと顔を覗き込むと、クラウスは眉間に皺を寄せ、険しい表情をしていた。
そんな顔は初めて見たものだから、メリナは気に障ってしまったのかもしれないと思い慌てて謝罪を口にする。
「ご、ごめんなさい!」
「?」
しかし謝罪をされた当の本人は、メリナが何故謝罪しているのかと不思議そうな顔をした。
そして、直ぐに自分の眉間に皺が寄っているのに気付き、クラウスは表情を和らげる。
「怒ってる訳じゃないんだ。ただ心配になって」
そう言っていつもの穏やかな笑顔に戻ったクラウス。怒っていなかったことに安堵したメリナはほっと息を吐いた。
これ以上話しても新しい情報はないと思ったのか、クラウスはひとまずこけたというメリナの言葉を信じることにした。
「君はよく走るから気を付けてね」
(そんなに走ってたかな?)
確かに走ることもあるけど、そんなにクラウスの前で走ったかなとメリナ疑問に思うが、次の言葉でそんな疑問は吹き飛んでしまった。
「一緒に昼食を食べに行くかい?」
(お誘い!嬉しい!でも――)
昼食を誘われたことでメリナは内心大喜びであったが、頷くことは出来なかった。
「ごめんなさい。今日はお弁当だし、直ぐに食べて図書館で調べ物もしたいので……」
「そっか、じゃあまた後で」
「はい!」
断りを入れ、弁当を手にするとクラウスとは教室で別れた。
本当は一緒に食べたかった。たとえ弁当でも、同じ席に座れるだけでも良かったのにと断っておいてがっかりしてしまい肩を落とす。
(せっかく誘ってもらったのにぃーーー)
しかし、メリナはこのまま一緒にいる訳にはいかなかった。
――――――
裏庭に着いたメリナ。
周りに誰もいないことを確認すると、大きく息を吸った。
「こんちくしょうーーーーー!!!」
息を吐き切るまで思い切り叫ぶと、はぁはぁと肩で息をする。
クラウスの前では心配させまいと何でもないように振舞っていたが、実際は怒り心頭で今にも叫び出してしまいそうだった。
もし取り繕えなくなったら確実に心配されるし、何よりそんな姿を見せたくなかったために、昼食の誘いを断ったのだ。
態度には出していなかったが、メリナはカリーナの言葉に腹が立っていたし、扇で殴られたことも納得がいっていなかった。
「ちょっと言い返されたからって殴るとか短気にもほどがあるわ!」
自分も我慢出来ずに言い返していたのだが、それは棚に上げて声を荒立てるメリナ。
人の来ない裏庭だからこそ出来る発散方法だった。
「しかもあんまり痛くなかったのも何か無性に腹立つ!」
所詮貴族令嬢の軟な手だ。音の割にそこまで痛くなかった。
一応冷やそうと思ったのと膝は痛かったので医務室に行ったら、女の子なんだからと言って大袈裟なまでに手当をされてしまった。
そのせいでクラウスにとても心配されたのでガーゼは断固拒否しとけばよかったなと思う。
「だいたい悪役令嬢でもないのに何で突っかかってくるのよ」
メリナの怒りはまだ収まらない。
「クラウス様が好きで突っかかってくるのかと思いきやそうでもないし、謎にもほどがあるわ!」
カリーナの婚約者でもない、好きな人でもない、なのにあんなにも目の敵にされているのは何でなのかとメリナには理解できない。
そもそも、メリナには平民であるという意識が薄すぎた。もちろん立場は受け入れているし、貴族相手には気を付けなければいけないとも思っている。
しかし、前世で徹底した身分社会という物がなかったために、平民が貴族の令息令嬢に気に入られて、しかも友人になっているという事実をあまり重く受け止めていなかったのだ。
カリーナからすれば、平民如きが貴族と仲良くしているのも気に入らないし、その相手が公爵令嬢というのも気に入らない。本来なら伯爵令嬢である自分こそがフローレンスやクラウスの近くにいられるはずだし、そうでないのはおかしいのだ。
さらに言えば、メリナは王子であるレオンハートやその他の高位貴族の令息に付きまとっていて、フローレンスたちにも疎まれていたはずだ。
処罰されるでもなく、謝罪を受け入れられ、お茶会にまで誘われたなどというのは、カリーナのプライドを悉くへし折った。
そんな事情に全く気付く気配もないメリナは未だに一人でぶつくさ文句を言っている。
「本当に嫌な女!ばーかばーか!」
最後にそう言うとやっと落ち着いたのか、メリナは自身の弁当箱の包みに手を伸ばした。




