14 ヒロインなのに悪役令嬢と友達になりました!
メリナは転生してから初めて、自分のことを人に話すことが出来た。
転校初日に初めて前世を思い出したこと、ゲームそのままの世界だと思い込んでいたこと、イベントが起きないことが不思議で必死になっていたこと、誰にも相手にされなくて孤独だったこと、クラウスに諭されて改心したこと――。
一度話し出すと止まらなくなってしまったが、フローレンスは相槌を打ちながら根気よく最後まで聞いてくれた。
「そういう事でしたのね」
全部話してしまうと思いの外すっきりしたメリナは、冷め切ってしまった紅茶を飲んで一息吐く。
フローレンスはやっと納得がいったという風に頷いていた。
「記憶を思い出したのがつい最近だったのなら、状況を飲み込むのに時間がかかっても仕方ないですわね。私が前世を思い出したのは5歳頃ですから……」
そうしてフローレンスも自分のことをメリナに話してくれたのであった。
フローレンスは5歳の頃に、熱を出したのをきっかけに前世の記憶を思い出した。
自分の名前や容姿で、直ぐに《学ロマ》の悪役令嬢に転生してしまったこと、このままでは最後には断罪されてしまうことを思い出して随分怖い思いをしたという。
幸いに、ゲームはクリア済みだったため、王子との関係を良好にする努力をしたり、他の悪役令嬢と交友を持ったりした。その中で悪役令嬢たちが全員転生者だと知った時はホッとしたらしい。
仲間が増えたことで、ヒロインが誰の攻略に行ったとしても全員で阻止することを誓ったとか。
「王妃教育もなかなかしんどかったのですよ」
フローレンスは5歳で前世を思い出してしまったせいで、フローレンスとしての記憶はほとんどないと言ってもよかった。前世の記憶に引っ張られてしまったせいで、言葉遣いや貴族令嬢としての振る舞いに苦労したらしい。
「貴族らしくしようとしたら必要以上に冷たくなってしまって、怖がられることもよくありますの」
自嘲気味に笑うフローレンス。怖がっていた自覚があるメリナは何も言えず苦笑するしかなかった。
「あんなに苦労していたのに、今ではこの話し方に違和感もなくなってしまいましたわ」
そう凛とした花のように微笑むフローレンスはどこからどう見ても貴族令嬢そのもので、言われても尚、転生者であると信じられない気持ちになってしまう。
しかし、何でこんなにも綺麗な人を怖がっていたのだろうと不思議に思ってしまうメリナだった。
きっとお互いが色眼鏡で見てしまっていたのだろう。
今お互いのことをさらけ出したことで、二人の壁は取り除かれたように思われた。
「あの、今日一緒にいた方たちはお友達なんですか?」
だからこそ、メリナは聞いておきたかった。フローレンスの友人たちにあんなにも嫌われてしまったのかと思うと胸が苦しかった。
しかし、フローレンスは何とも言えない微妙な顔をしている。
「フローレンス様?」
「あまりこのようなことは言ってはいけないのですが……」
一旦言葉を切ると、ふう、とため息を吐くフローレンス。
「よくあることと申しますか……。先程も申しましたように、私は怖がられがちなのです」
「はあ……」
「しかも公爵令嬢で、王子の婚約者でもあります」
「そうですね。……あ!」
メリナはやっとフローレンスが言いたいことに思い至った。
「つまり、フローレンス様の威を借りたかったと……」
「ええ。突然どうにかしてほしいと言われましたの。何かトラブルがあったのなら私が出ていくしかないと付いていってみれば……」
フローレンスは、ふう、と二度目のため息を吐いた。
公爵令嬢であり、王子の婚約者のフローレンス以上の身分の者を生徒の中で探そうと思えば王子のみ。しかし、並みの者では王子に声を掛けるなど許されない。
そのため、同性で同じ貴族令嬢であれば味方になってもらえると思い、フローレンスに助けを求めたということだったようだ。
「メリナさんには嫌な思いをさせてしまいましたわ」
フローレンスの申し訳なさそうな表情を見て、メリナはブンブンと首を横に振る。
メリナにとって、あの出来事は転機だったとも言えるので、むしろ幸いだったと言えたのだ。メリナはその気持ちを素直に伝える。
「皆さんが食堂に来なければ、私はフローレンス様に謝る機会も、こうして一緒にお茶をすることもなかったと思うんです。だから、皆さんには感謝したいくらいです!」
それに、クラウス様のかっこいいところも見られたし……と心の中で呟く。全てメリナの本心だった。
それが分かったのだろう、フローレンスは「よかったですわ」と微笑んだ。
「出来ればユリア様やパルテナ様、クリスティーナ様にも謝れたらいいんですけど……」
メリナはもう一つ、他の悪役令嬢たちに謝罪出来ていないことが引っ掛かっていたのだが、そのことを伝えると「きっと近い内に機会がありますわ」と言われ、その時が来たらしっかり謝ろうとメリナは心に決めた。
「――ところで、クラウス様とはどのような関係ですの?」
一通り話が終わると、フローレンスが唐突に話を変えた。
「関係ですか?……と、友達……です」
恥ずかしがることではないのに、何故だかその問いが気恥ずかしくてメリナはぼそぼそと答える。その言葉を聞いたフローレンスは首を傾げた。
貴族令息であるクラウスと平民であるメリナの接点などないに等しい。それが一緒に食事をとっているだけでも通常では有り得ないことなのに、友達というのはどういうことだろうかと疑問に思っているであろうことがその様子から伺えた。
「ご友人ですの?確かにメリナさんを庇われたり、親し気にしていらっしゃいましたわね」
「はい……」
「いつからですの?きっかけは?」
メリナの様子に何を感じたのか、経緯を聞きたがるその顔は今までの凛とした表情とは違い、心なしかウキウキとしていて楽しそうに見える。
しかも前のめりになっているものだから、メリナは少し仰け反ってしまった。
結局、メリナはクラウスとの関係も話すことになった。名乗らずにハンカチを渡して去って行ったくだりでは、フローレンスは綺麗な瞳を輝かせていた。
その姿は公爵令嬢フローレンス・フォン・ダレントランではなく、恋愛に興味のある十代の普通の女の子のようだった。
「――つまり!メリナさんはクラウス様に恋をしていらっしゃるのですね!」
「うっ……えっと、はい……」
楽しそうなフローレンスに直球で言われると、メリナは恥ずかしさのあまり頬を染めて俯く。
そんなメリナは予想外だったのだろう、フローレンスは内心驚いていた。攻略対象にめげずに関わっていく様は前世でいう肉食系女子のようで、もっと押していく性格だとメリナのことを思っていたのだ。
現実を受け入れたメリナはあの時とはまるで別人のようで、しかし、フローレンスはすっかり好ましいと感じていた。
「素敵ですわ」
初心なメリナを見ていると何だか微笑ましくなって、フローレンスの頬は緩んでいた。
「すっかりゲームのシナリオとは関係無くなったのですわね」
「そうですね。皆さんも殿下たちと仲が良いみたいですし、私はその……クラウスさんが好き……ですし」
メリナは自分の口から好きという言葉を出したのは初めてで、更に照れてしまう。
でも、そういうことを話せる相手が出来たことに、メリナは喜びも感じていた。
「何だか長年の肩の荷が下りましたわ」
フローレンスはフローレンスで、いつか断罪される日が来るかもしれないというプレッシャーからやっと解放されたという気持ちになった。
なまじ5歳から記憶があったためか、未来に希望を持つことも難しかった。そしてヒロインが実際に現れてからは恐怖で眠れない日もあるほどだった。
しかし、メリナの様子を見ていると、最早攻略対象に手を出すことも断罪をしようと画策することもないように思われた。ここまで話がずれてしまえば、シナリオの強制力なんてものもないのではないかと期待できた。
きっと今夜から、不安で眠れない夜が来ることは無くなるだろう。
「メリナさん、私たち良いお友達になれると思いますわ」
「フローレンス様……!」
前世は《学ロマ》をプレイしていたフローレンス。攻略するのは楽しかったが、もちろんヒロインも好きだった。
メリナの本来の性格を知り、10年に渡るプレッシャーも無くなったことで、フローレンスは彼女に純粋な好意を持てるようになった。
「クラウス様との事も応援しますわね」
フローレンスがウインク付きでそう言うと、メリナは恥ずかしさもあったが、友人になれたことに嬉しくなり「ありがとうございます!」と満面の笑みで返した。
その笑顔があまりにも輝いていて、フローレンスは胸を撃ち抜かれる。
「か、可愛いですわ!」
――こうして、2人は身分を超えた友人となったのであった。




