13 ヒロインなのに悪役令嬢とお茶をします
その日、メリナは課題に使う資料を図書室で探していた。図書室といっても貴族が通う学園なだけあって、前世でいう図書館くらいはある。
メリナはこの図書館が結構好きだった。
貴族はほとんどこの図書館に来ることはないし、たまに人がいても静かに本を読んだり勉強をしていたりでメリナに気付く人はいないので、裏庭と同じくらい落ち着ける場所だった。
「メリナさん」
資料を探していると、突然背後から声を掛けられた。誰だろうと振り返るとメリナは自分の目を疑った。
何故なら、声の主はフローレンス・フォン・ダレントランだったからだ。
思わず他に誰かいないかと周りを見回したとしても仕方ないことだろう。
「貴女のことですよ」
「ダレントラン様……」
驚きのあまりどうしたらいいのか分からず、メリナは固まってしまった。そもそもこの図書館を利用する学園生はほとんどおらず、完全に不意打ちだった。
「貴女とお話ししたいことがあるのですけれど」
「わ、私ですか?」
フローレンスの突然の申し出に、メリナは驚きのあまり声が裏返ってしまう。
(許してくれるって言ってたはずじゃ……。私また何かした?また怒られるの?)
涙目になっていると、フローレンスは「ついてきて下さい」と言って返事も聞かずに歩き出してしまった。
そうなるとついて行かない訳には行かず、メリナは重い足取りでフローレンスの後を追う。
しばらく歩くとティールームに着いた。そこは個室で、促されて座るとすぐに給仕が紅茶と菓子を出す。
裏庭で囲まれた時との違いにメリナは目を白黒させているが、フローレンスは優雅に紅茶を口にした。
「……」
しばらく沈黙が続いた。それを最初に破ったのはメリナだ。
「それで、御用とは何でしょうか?」
本来、公爵令嬢であるフローレンスに平民のメリナから話しかける事は許されず、下手すれば罰されることなのだが、あまりの沈黙にメリナは耐え切れなかった。
しかし、フローレンスはそれを咎める事はなく、言葉を探しているような様子であった。
(怒られるわけではないのかな?)
通された場所や雰囲気から、この前のように詰められることはなさそうだとメリナは内心ホッとしていた。
それに、よく見ればフローレンスはソワソワしていて何かに緊張しているようにも見える。
一体何だというのだろうかと、メリナは落ち着かない気持ちになってきた。
「――単刀直入に聞きますわ」
しばらく逡巡していたフローレンスだが、意を決したように口を開いた。何が来るのだろうかとメリナも思わず身構える。
「貴女は転生者ですわね?」
「……な、にを仰っているんですか?」
質問というよりは確信しているような言い方にメリナは衝撃を受けた。
転生者という単語にもメリナは酷く動揺してしまい、周りをキョロキョロと見回す。
しかし、フローレンスは心得たように頷いている。
「隠さなくても結構ですわ」
その落ち着いた態度と、転生者というワード。さらに、全て分かってると言わんばかりのその言葉から導き出される答えにメリナは愕然とした。
「もしかして……?」
「ええ」
その通りだと微笑むフローレンス。メリナは息を飲んで、次の瞬間には言葉と共に盛大に吐き出していた。
「そ、そうですか―――」
つまり、フローレンスも同じ転生者ということだった。
とんでもない事実を知って、脱力感から机に突っ伏すメリナ。そんなメリナを尻目に、更なる爆弾が落とされた。
「ちなみに、他の悪役令嬢の方々もそうですわ」
「え!?」
「《学ロマ》のことも全ルート攻略済みです」
「ええーーー!?」
あまりの事に、メリナは顔を上げて叫んだと思ったらそのまま固まってしまった。
(え、え?全員転生者?嘘でしょ?)
メリナは混乱のあまり頭の中が真っ白になる。そして今まで感じていた違和感が解けていった。
イベントが起きないのもシナリオ通りにならないのも、悪役令嬢たちが一堂に会したのも、全て転生者だったからだと言われると辻褄が合う。
(そりゃ攻略出来ないわけですよね!)
何故か転生者は自分一人だと思い込んでいたが、ヒロインの自分が転生者なのだから、他の人が転生者でもおかしくないという事実に今更ながら気付いたメリナ。
ヒロインがどう動くか分かっている人たちばかりなのだから、攻略を防がれても仕方ないことだったのだろう。
そこでメリナはハッとする。
「ま、まさか、王子たちも転生者なんですか!?」
あのスルーレベルは相当高かった。もしや、攻略対象までもが転生者で、知らぬは自分のみということだったのか。そう考えが至ったメリナは背筋がゾッとする。
しかし、予想外にフローレンスは首を横に振った。
「彼らは転生者ではありませんわ。今のところ、確認できてるのは私たち悪役令嬢とヒロインであるあなただけです」
「そうですか……よかった」
メリナはホッと息を吐いた。さすがに全員転生者で自分のしようとしてることが筒抜け、という事態は免れたので安心した。
「落ち着きましたか?」
「何とか……」
目を白黒させていたメリナに対して、フローレンスは給仕を呼び新しいお茶を入れてくれる。
メリナはそれを飲む事で、自分を落ち着かせることができた。
「ーーえっと、つまりフローレンス様を含めたクリスティーナ様もユリア様もパルテナ様も皆転生者ってことですよね?」
悪役令嬢の名前を全員挙げるとフローレンスは微笑みながら頷いた。
無意識に全員名前で呼んでしまってるが、未だ衝撃から立ち直れていないメリナは気付いていない。
「私が攻略しようとしていたことは……」
「もちろん直ぐに分かりましたわ」
メリナが疑問を口にするとフローレンスは即答する。
「私たちはとあるきっかけで全員転生者だと分かったのです。そこで、断罪を阻止するために幼い頃からタッグを組んで攻略を阻止しようとしていましたの。もちろんヒロインも転生者であるという前提で動いていましたわ」
フローレンスの言葉に、メリナはイベントを起こそうと必死になっていたあの恥ずかしい記憶が蘇ってきた。
きっと彼女たちはゲームの記憶を元に、攻略対象と友好な関係を築いたり、断罪されないようにと動いていたのだろう。
起きるはずのないイベントを起こそうとして、落ちるはずのない攻略対象を落とそうとしてたとは、さぞ滑稽だったことだろう。
黒歴史決定だとメリナは頭を抱えて落ち込んだ。
「私たちはヒロインの行動を見てから、どう動くか考えていましたの。貴女は最初の方こそ攻略をしようとしていたので危険視していましたわ」
今まで硬い口調だったフローレンスは「でも」と続けると優しい口調へ変化する。
「私たちが忠告をした事で貴女は行動を改めましたわ。きちんと謝罪も頂きました」
「フローレンス様……」
「その時思いましたの。もし私たちが貴女ときちんと話をしていたら、貴女はあんな行動を取らなかったのではないかと」
フローレンスはその綺麗な瞳を真っ直ぐとメリナに向けている。
その姿にゲームの悪役令嬢であるフローレンスとは全く被らない。
「どうか、今までの貴女のお話を私に聞かせて下さらない?」
「……」
メリナのことを理解しようとするその言葉に、メリナの瞳からポロリと一粒涙がこぼれた。




