12 ヒロインだけど謝罪しました
食堂が騒ついたことに気付いたメリナが顔を上げると、フローレンス・フォン・ダレントランと数人の令嬢たちが近付いてきていた。
今日フローレンスの周りにいるのは他の悪役令嬢たちではないご令嬢たちだ。
フローレンスとは若干距離があるように感じるが、まるでゲームで見た悪役令嬢と取り巻きそのものだ。
しかも、ほとんどが見たことのない顔だが、昨日突っかかってきたカリーナ・モンペルト伯爵令嬢もその中にいるではないか。
彼女たちの登場に、食堂は静まり返って何事かと様子を伺っていた。
「あら、今度はクラウス様を誑し込んでいるのかしら」
「節操がありませんわね」
「本当ですわ」
カリーナが前に出て開口一番に嫌味を言うと、取り巻き達もそれに続いた。
今は攻略者には一切近付いていないのだが、それまでのことがフローレンスは相当腹に据えかねていたのだろうか。だから周りの令嬢たちに言わせているのか?
メリナはそう思ったが、自分が悪かったことを自覚しているために何も反論することが出来ない。そもそも平民と貴族では、どんなに理不尽なことであろうと口答えなど出来るはずもないのだが。
「クラウス様も目を覚まされた方がよろしいですわ」
「彼女が殿下方に粉をかけていたのは事実ですのよ」
メリナが何も言わないからか、彼女たちは今度はクラウスに矛先を向ける。
取り巻きたちがそれらを言っている間、フローレンスは一切言葉を発することなく、扇で口元を隠してこちらを見つめていた。
そんな中、食事を終えたクラウスはフォークとナイフを丁寧に置くと、取り巻きたちに目を向けた。
「確かにメリナさんのしていたことは事実だね。しかし、彼女は自分のしたことを反省しているし、今は一切関わっていないよ。そこまで邪険にする必要はあるかな?」
「クラウス様……」
その庇うような言葉に、想定外だったのだろう取り巻きたちは言葉を失う。
メリナはクラウスに迷惑を掛けてしまった申し訳なさと、庇ってくれた嬉しさで胸が一杯になった。我慢できずにその大きな瞳が潤んできてしまう。
「それに、僕は彼女と友人になったんだよ。それを君たちにとやかく言われる必要はないと思うな」
あくまでも穏やかな口調だが、突き放すような言葉を言うクラウスにメリナは驚いてしまう。
カリーナも驚いたようで口をぽかんと開けてクラウスのことを見ている。かと思うと、言葉の意味を理解して顔を赤くして怒りに震え出した。
クラウスにそんなことを言わせてしまったのが自分だと感じたメリナは苦しくなって眉を顰める。
自分はいくら言われても自業自得だからいい。だが、自分に親切にしてくれた優しいクラウスが、自分を庇ったせいで周りに何か言われてしまったらどうしようと焦りを感じる。それに何より、メリナ自身がこのままではいけないと思っていた。
食堂の生徒たちからは痛いほどの視線を感じる。成り行きを見守っているようだが、このままでは噂になってしまうということはメリナでも分かった。
どうせ噂になるのなら、後悔しないようにしようと、メリナは意を決して立ち上がる。
「フロー……ダレントラン様!すみませんでした!」
危うくフローレンスの名前を呼びそうになったが、クラウスの忠告を思い出したメリナは言い直して謝罪をする。
頭も深く下げていて彼女たちの様子は分からないが、メリナ突然の謝罪に、フローレンスの取り巻きたちが驚いている雰囲気は感じた。
しかし、メリナは彼女たちを見る余裕は無く必死に言葉を紡いだ。
「私、魔力があることが分かって、貴族の方々がいらっしゃるこの学園に通うことができて調子に乗ってしまっていました!」
頭を下げたまま言葉を続ける。
「もう二度とあんなことは致しません!自分を省みて、どれほど皆さんに失礼なことをしていたかに気付きました!本当に申し訳ございませんでした!」
「メリナさん……」
一気に言い切り、ハァハァと肩で息をしていると自分の名を呼ぶ声がした。我に返り、そちらを向くとクラウスが優しい瞳でメリナを見つめている。
数々のイタイ行動を取っていたメリナだが、本来はあそこまで図々しい性格ではなかった。前世でも明るい性格ではあったが、日本人らしく雰囲気を読むことも、周りに合わせることもきちんと出来ていた。
思い返せば黒歴史な数々のことをしでかしてしまったのは、ゲームだと思っていたからこそ。
ヒロインだから大丈夫だと思い込んでしまっていたが、今ではひたすらに恥ずかしいと思っていた。
メリナの謝罪に食堂は静まり返っていた。何を言われるのかと思うと怖くなるが、きちんと受け止めようとメリナは覚悟を決めた。
「皆さん」
沈黙を破ったのはフローレンスだった。静かな食堂にその凛とした声が響く。一斉に視線が集まるがフローレンスは動じることなく無表情のままだ。
「彼女は反省しているようですし、もういいでしょう」
「ふ、フローレンス様!?」
「メリナさん。あなたの謝罪を受け入れましょう」
その言葉に、取り巻きたちが驚きに声を上げた。食堂で騒ぎを見守っている生徒たちすらも驚きの表情をしている。
まさか許しを得られると思ってもいなかったメリナは「頭を上げてくださいな」と声を掛けられ、呆然とフローレンスを見上げた。
取り巻きたちの、特にカリーナは何か言いたげにしていたが、公爵令嬢で王子の婚約者という、ある意味王子の次に権力があるフローレンスに物申すことは出来ず押し黙っている。
「クラウス様にメリナさん、お食事の邪魔をしてしまいましたわね」
さらに驚くことに、フローレンスはメリナにも普通に声を掛けた。心なしか、いつもの無表情に笑みが浮かんでいるように見えてメリナは混乱する。
何か返事を返さないといけないと思っても上手く言葉が出ず「いえ……」というのが精一杯だった。
「僕たちのことは気にしないで下さい」
「ありがとうございます」
余裕がなく固まっていたメリナとは反対に、クラウスは普段と変わらぬ様子でフローレンスと会話を交わしていた。
それがまた、クラウスが高位貴族だということを感じさせる。
「それでは失礼いたしますね」
フローレンスが軽く一礼してから動き出すと、それまで不満気にしていた取り巻きたちも、慌てた様子でその後を追いかけていった。
しかし、その眼はしっかりとメリナを睨んでいた。
フローレンスたちが食堂から出ていくのを、メリナは頭を下げたまま見送っていたが、完全に姿が見えなくなるとドッと疲れが押し寄せてきて椅子に腰を下ろす。
「大丈夫?」
脱力してしまい机に突っ伏するメリナを見て、クラウスは心配そうにしていた。そんなクラウスの優しさに、メリナは少し疲れが癒された気がして身を起こす。
「ありがとうございます。でも、ちゃんと謝ることができてよかったです」
「そっか。頑張ったね」
へにゃりと笑うと、頭をポンポンと温かい何かが撫でる。クラウスが優しく労わるように優しく撫でてくれていた。
突然のことにメリナは驚いた。
恥ずかしさもあって顔が赤くなってしまうが、その心地良さに顔の筋肉が緩み「えへへ……」とだらしない声が出る。
「メリナさんは頑張っているから大丈夫」
そんなメリナを見て何を思ったのか、クラウスはどこまでも優しい表情と声をしていた。
「君を認めてくれる人は増えていくはずだよ」
僕が第一号かな、いつもより少し力強く微笑むクラウス。
昼食という短い時間の出来事だったが、メリナの中で好きが大好きに変わった瞬間だった。




