二
「さて、じゃあ、そこのトラ猫にやってもらおうかの」
積極的に発言をしていた若いトラ猫が選ばれる。トラ猫はおずおずと前に出て、マネキンの横に並んだ。
「さあ、やってみなさい」
長老に促され、トラ猫はマネキンの足に擦り寄る。二度三度と身体をマネキンの足に絡ませてからマネキンを見上げ、甘い声で鳴いた。
「ふむ。基本的なねだり方じゃな。だが、それだけでは足りん」
長老は首を巡らせ、集まった猫達を見る。そして、クロ達の方を見て視線を止めた。
「そうじゃな。モモ。見本を見せてやりなさい」
「はい。お爺様」
モモはスッと立ち上がる。
「モモちゃん、ここでは長老って呼んでおくれ」
「……はい、長老」
実はモモと長老は血縁関係にある。二匹の飼い主が親戚同士で、モモは養子に出された。といってもご近所さんなので、普段から交流があり、モモと長老は仲が良い。
やれやれといった感じで長老に返事をしたモモは、猫達の前に出て壇上に上がり、マネキンの横に並んだ。
「どこが違うかよく見ておくのじゃよ」
長老が猫達に向けて言うと、モモへ猫達の視線が集まった。視線が集まりきったのを確認したモモは、細い身体をしならせてマネキンの足に絡まる。一見、先ほどのトラ猫と変わらないように見えるが、ベテラン勢にはその違いが分かるようで、羨望の眼差しで見ていた。
最後にモモがマネキンに一鳴きし、実演が終わる。
「わかったじゃろ?」
猫達に向けて言う長老は少し誇らしげだ。
「長老!」
その長老に向けて、トラ猫がシュタッと手を上げる。そして、元気よく答えた。
「わかりません!」
「おおう……。最近の若者は情けないのう……」
長老は前足で目を押さえ、空を見上げた。
「しかたがないのう。説明するから、分からなかった者はよく聞くんじゃよ」
「はい!」
若い猫達が揃えて返事を返した。
「まずは、足への絡み方からじゃ」
モモがまたマネキンの足に絡みつく。
「絡む時は頭の先から尻尾の先まで意識して絡むのじゃ。先ほどのトラ猫は身体だけ擦り付け、頭と尻尾をおろそかにしておった」
モモは頭を擦り付け、尻尾を足に絡ませてみせた。
「人間はぬくもりに弱い。帰って来たばかりの時が特に効果的じゃ。全身を使ってぬくもりを感じさせてやりなさい」
若い猫達は長老の言葉を熱心に聞いているようだ。実際に尻尾を動かしてみる猫もいた。
「さて、次は顔の見せ方じゃ」
モモはマネキンを見上げた。
「ただ真っ直ぐ見上げるだけではいかん。角度が大事なんじゃ」
トラ猫が顔の正面をマネキンに向けたのと違い、モモは斜めに見上げている。
「人間を斜めに見上げることで、顔をシャープに見せることが出来るのじゃ。顔の面積が減る分、目の大きさが強調され、より可愛く見える。猫にとって可愛さは命じゃ。この可愛さで食事の量に変化が出ることもあるのじゃよ」
若い猫達はなるほどと一様に頷く。
「毎日のねだり方にもまだまだ改善点はあるのじゃ。今の状況に満足せずに各々精進なさい」
「はい!」
始まる前とは違い、戸惑っていた若い猫達も、目を生き生きとさせ長老の話に聞き入っていた。
「今日はあともう一つ教えようかの」
長老がどっこいしょと声に出しながら段ボールの上で座り直す。
「さてと、お主等は誰に対していつもねだっておるかな」
「ご主人様!」
「人間のお母さん」
「隣の家のおばさん」
猫達が思いつくままに食事をくれる相手を上げていく。その顔は幸せに満ち満ちていた。
「うむうむ。では、そちらの野良猫達はどうかの?」
家猫達の発言をむっとした顔で聞いていた野良猫達に長老は回答を促す。この学校は特に周辺の猫達が集まる。なので、家猫だけではなく野良猫も来ていた。
「俺達は狩って食っているから関係ない」
キジ柄のしっかりとした身体つきの猫が、低い鼻をフンと鳴らす。
「だが、人間にねだり食料を奪うこともあるのではないかい? 少なくともワシが野良だった頃はそうだったがのう」
長老は元野良猫で、野良猫界では名前が残っているほどの有名猫だ。仲間を助けて大怪我したところを今の飼い主に救ってもらい、それからは家猫として暮らしている。
「ん? どうじゃ?」
長老の言葉で、態度の固い野良猫達が微妙に変化する。野良猫同士で目配せして、そわそわとしていた。
そもそも、ここにいる野良猫達は長老に憧れて集まっているのだ。長老に反発しても意味がない。
周りの野良猫達の変化を感じ取ったキジ猫が、しぶしぶ答える。
「……公園に毎日来るばあちゃん」
「三丁目の角の家」
「喫茶店マールの店長」
キジ猫が答えると、他の野良猫達も次々と答え始めた。
「ふむふむ。そうかそうか」
野良猫達から一通り聞き終えると、長老は改めて正面を向く。
「さて、今の答えには共通点かあるが、気付いたかの? 皆いつも食事をくれる相手にしかねだっていないということじゃ」
長老の言葉に場がざわつき始める。そして、またトラ猫が手を上げて発言した。
「長老。いつも食事をくれる相手にねだる以外に、ねだる相手はいないと思うのですが?」
「甘いっ!」
長老の目がまたカッと見開かれた。
「ねだる相手はご町内にごまんとおるじゃろうが! アイタタタ……」
叫んだせいで、腰に痛みが走ったのか長老は急に前かがみになる。
「お爺様。もう若くないんだから無理はしないで」
モモが段ボールに上がり、長老の腰を擦る。
「モモちゃん……」
「なあに」
「ここでは長老って呼んで……」
モモが無言のまま段ボールから下りた。
「ああ……。モモちゃん……」
モモの方へ手だけ伸ばし長老は追いすがる。しかし、すぐに皆の視線が集まっていることを思い出し、居住まいを正してゴホンと咳払いをした。
「あー、えー、そうそう。ねだる相手じゃ。ねだる相手」
長老は強引に話を戻す。




