一
この学校は真夜中に始まる。月明かりが照らす街中に、二つの動く影があった。
「おそよーう」
「おそよう」
クロは学校への道で学友のソラに会い、挨拶を交わした。
「相変わらずキミは黒いねえ」
「相変わらずって何だよ。黒猫なんだから黒から変わりようがないだろ」
「ハハハ。そりゃそうだ」
クロは呆れた顔をした。茶猫のソラはだいたいがこの調子で、話の内容はいつも適当だ。
「それより、最近あまり学校に来なかったがどうしていたんだ?」
「旅行に行ってたんだよ。家族が」
ソラは家族がの部分に力を入れる。その態度にクロはすぐに気が付いた。
「ああ、置いて行かれたか」
クロの予想は当たっていたようで、ソラの顔がぶすっと不満そうに変わる。
「一週間もホテルに預けられたよ。家族なんて聞こえはいいが、結局俺らは置いて行かれるんだよな」
「しかたがない。俺らは猫だ」
「そうだな、俺らは猫だ」
二匹の猫は暗い夜道を歩く。周りは塀のある二階建ての一軒家が多く、十二時をとうに越えた今は、電気の付いている家もほとんどなく静まり返っていた。猫達の学校はこの住宅街の一画にある。
「あら、なあに? 辛気臭い顔しちゃって」
塀の上から細い身体をしならせ軽やかに白猫が下りてきた。住宅街一の美人猫、モモだ。
「やあ、モモ。今日も可愛いね」
「ありがとう。久しぶりだけど、変わらず元気みたいね」
慣れたソラの褒め言葉をスルリとかわし、モモはクロの隣に並ぶ。
「おそよう、クロ」
「おそよう。今日はレオンと一緒じゃないのか?」
レオンはモモの隣の家で飼われている猫だ。茶と黒のまだら模様のブチ猫で、いつもモモと一緒に登校していた。
「家の悪ガキにイタズラされて、外に出られないって言っていたわ」
「またか」
レオンの家には五才の男の子がいる。その男の子はイタズラが大好きで、よく標的にされるレオンは、イタズラの度に無残な姿にされ学校を休んでいた。
「哀れレオン。なーむー」
「ちょっと、ソラ! ふざけないでよ!」
モモがソラに牙を見せて唸る。
モモは美人だがケンカも強い。モモの気迫にソラがひゃあと首をすくめた。
「最近は寝ているところを狙われるから寝不足だって言っていたわ」
牙をしまい、モモはクロと会話を続ける。
「寝ているところを狙うだなんて、とんでもない悪ガキだな」
「ホントにそうよ。だから今度、見張って弱みを見付けようと思っているの」
モモは鼻息荒く宣言する。
「まあ、ほどほどに」
モモなら悪ガキを泣かすまでやり返すに違いない。
三匹で歩きながら話を続けていると、段々と他の猫達も集まり始めた。学校の場所までもうすぐだ。
他の猫達と挨拶をしながら、信号のない小さな十字路を右に曲がる。ここから先は、雑居ビルが多い。左側には雑居ビルに挟まれた路地があり、そこに猫達は入って行く。子供一人がやっと通れそうな狭い道だ。路地に転がる空き缶や、紙袋のゴミをひょいひょいと避けながら、クロ達は奥へ進む。
路地を抜けると、そこには雑草がところどころに生えた、広い空地が広がっていた。空地は窓の少ないビルに囲まれ、人間に見られる可能性は限りなく低く、猫が集まるにはうってつけの場所だった。
空地にはすでに数十匹の猫達が集まっている。空地の中央に丸くなるように座っており、そこにクロ達も加わった。
猫の顔ぶれはクロも知っている近所の猫から、今までに一度も見たことがない猫と様々だ。猫の学校は受けるも受けないも自由。誰が来てもいいし、旅の途中の猫が寄ることもある。多種多様な猫が集まるので、猫達は学校が始まるまで、知らない話を聞く為にお喋りを興じていた。
しばらく、集まった猫達でガヤガヤとうるさく喋っていたが、どの声よりもはっきりと聞こえる一鳴きで、空地がシンと静まり返る。
「そろそろよろしいかな?」
目が隠れるほどの長毛の太った白猫がいつの間にか現れ、皆の前に置かれた二段重ねの段ボールの上に、重さを感じさせない身軽さで上る。その猫が段ボール上でまた一鳴きすると、それに合わせて空地にいる全ての猫が鳴いた。
猫の学校が始まる合図である。
「長老。今日は何の授業をするのですか?」
一番前に座るまだ若いトラ猫が、興奮気味に質問をした。長老と呼ばれた白猫は、ゆっくりと腰を下ろしふうと息を吐く。
「今日はねだる授業をしようかの」
猫達がザワザワと騒がしくなった。
「長老。ねだることなら僕達は毎日していますが」
若いトラ猫が皆の戸惑いを代表して言葉にした。ねだるのは猫達の日常だ。
「……甘い!」
一喝とともに長老の隠れていた目が現れ、カッと見開かれた。
「ねだるとは奥が深いものである! お主等のねだり方はまだまだ半人前じゃ!」
長老の言葉にまた場が静まる。
「まあ、とりあえず、やってみようかの。あれをここへ」
長老の合図に三匹の猫がマネキンを台車に乗せ、デコボコの地面の上をガタガタと騒がしく運んでくる。長老の横で止まり、台車からマネキンを三匹がかりで降ろす。降ろすというより、もはや倒すと言った方が正しいだろうか。広い台の上に横倒しにして台車から移すと、今度は三匹がかりでマネキンをヒイヒイ言いながら起こし、用意が終わった。




