三
「いつも食事をくれる相手から、より食事を得ようとねだるのは間違いではない。しかし、同じ相手にねだってもたかが知れているのじゃ」
「どういうことですか?」
トラ猫が首を傾げる。
「人間一人一人にはねだれる上限というものがあるのじゃ。これは野良の方がよくわかるじゃろ? 食事をくれる場所に他の仲間が集中しすぎて食事の量が物足りなくなったことはないかの?」
野良猫達はこそこそと話し合っているが、そういえばそういえばと小さく聞こえて来る。
「人間達も無限に食事を出せるわけではないのじゃ。出せないものはねだられても出せん。それに、一人に負担が偏れば、その場所を失うことにもなりかねんのじゃ」
空地にいる猫達全員が長老を真っ直ぐに見つめ、その言葉を漏らさず聞こうと耳を傾ける。
「そこでじゃ。新たな供給場所を開拓する必要がある。その相手となるのが普段食事をくれない人間じゃ。例えば、野良猫達は通りすがりの人間にねだったことはあるか?」
また野良猫達がこそこそと話し、代表してキジ猫が答えた。
「あまりない。そもそも、人間が近付いてきたらたいていは逃げることにしている」
「うむ。危険な人間もおるからの。逃げることも大切じゃ。しかし、逃げる必要がない場合もある」
「逃げる必要がない?」
「そうじゃ。例えば、人目の多い場所。人目の多い場所では人間も悪さなんか出来ん。あとはおなごの集団。おなごは可愛いものに目がない。たいていのおなごは猫の可愛さにいちころじゃ。但し、一人でひっそりと近付いて来る人間は男女共に要注意じゃがの」
長老は座り直し、家猫の方を向く。
「家猫も同じ相手にねだり過ぎたらいかんぞ。毎日食事をくれる相手は食生活の管理もしているから、我々の食べ過ぎに注意しているのじゃ。多少の増加は見込めても満足するほどはもらえん」
首を振りながら、長老ははぁとため息を吐く。
「そこで狙うのは食事の管理をしていない相手じゃ。例えば子供。子供はちょっと可愛いしぐさをしてやれば、ほいほい食べ物をくれる。ただ、食事管理をしている相手に見付かると叱られるから、見付からぬようにやるのが重要じゃ。他は人間の父親じゃな。父親は珍味をくれる確率が高い。晩酌中にでもねだりにいけば、イカや燻製を貰える可能性がある」
その美味しさを思い出したのか、空地中の猫達がうわの空となり、よだれを垂らすものも現れた。長老もうっかりよだれを垂らすが、すぐに口を拭い話に戻る。
「ごほん。で、人間の父親のような中年の男には、普段からの接点の持ち方も重要じゃ。中年の男は特にぬくもりに飢えている。一人寂しくしているところにそっと近寄り、隣にくっ付いて座っているだけでいい。それだけで優しくされていると勘違いするのじゃ。それを何度も続けていけば、猫に甘い人間になる。この手は外でくたびれているサラリーマンにも使えるから、野良猫達も参考にするといい」
長老が正面に向き直り、首を巡らせる。
「人間とはこれからも、末永くお付き合いしていかなければならない。多くの人間から食事を得ることで、一人一人の負担を減らし、長く付き合い続けていくことが出来るのじゃ。そのことを忘れるでないぞ」
「はい!」
全ての猫が声を揃えて返事をした。力強いその声はとても頼もしく空地に響いた。
こうして、今日の学校の授業は終わったのである。
夜が明けて、とある部屋の中。朝日が差し込むその部屋には、パンの焼ける良い匂いが漂っていた。その中を一人の女性が忙しなく動いている。
「あとはコーヒーを入れて……」
テーブルの上にはバターの塗られたパンや、醤油のかかった半熟の目玉焼きが皿にのって並んでいる。そこに、コーヒーの入ったマグカップを置いて、女性が席に付いた。
「いただきまーす」
手を合わせて食事の挨拶をした女性は、朝食を食べ始めた。テレビからは地方ニュースが流れていて、ちょうど近所の事件を扱っていた。
『この洋品店からはマネキンと台車がなくなっており、警察は窃盗の疑いもあるとして調査をしています』
男性アナウンサーを映していた画面が、現場の洋品店に切り替わる。猫を抱いた店主が、アナウンサーにインタビューされている姿が映った。
「マネキンなんか盗んでどうするんだろうね。クロ」
女性の足元にいるクロと呼ばれた黒猫が、返事をするかのようににゃあと鳴いた。
その黒猫の前に置かれたエサ入れには、朝だというのにオヤツ用のジャーキーが入っていた。
黒猫はジャーキーを美味しそうに食べ始めた。
end




