第22話
アスタ博士と出会った次の日の昼。マーガレットたちはいまだにアスタ博士の家にとどまっていた。その理由は至極単純で、普段はあまりほかの魔法使いと会わないため、話し相手がいないのだというアスタ博士の話が終わらないからだ。
「あのー私たち、次の用事があるのでナギサに戻りたいんですけれど……」
ようやくそう言った話を切り出せたのは、ちょうど昼食のタイミングだった。
「おっとすまない。君たちにも君たちの事情があるものな」
そのタイミングでアスタ博士はようやくマーガレットたちの事情について考えたようだ。マーガレットとしてはアスタ博士との話は楽しいのだが、その一方で聖書の件があるため、あまりここに長居をするわけにもいかない。なので、昼食の準備を挟んでちょうど話題が途切れた時に申し出たような形だ。
「まぁ昼食を食べて行ったらここを出ていくといい……とあとは追加報酬も渡そう」
「追加報酬というのは?」
「まぁ私の話し相手になってもらったということに対してのだよ。最初の方にも言ったが、このあたりは私の話し相手になってくれるような魔法使いがなかなかいないからね。まぁそのあたりについては昼食後のお楽しみぐらいに考えておいてくれ」
そう言って、アスタ博士は少々さみし気な表情を浮かべながら昼食をとり始めた。実際問題、北部連邦の人口は主に西部に偏っていて、そもそもラファをはじめとした東部の町は人が少ない。さらに言えば、エルフの影響力も比較的薄い地域となって来るので自然と魔法使いという存在そのものが少なくなってきている地域と言えるだろう。なので、アスタ博士としては西部の方から客人としてきた魔法使いともっと話をしたいという気持ちがあるのだろう。
しかし、今のマーガレットには聖書を集めるという使命がある。そのため、彼女に同情していつまでもここで話し相手をしているというわけにはいかないのが現状だ。
その後、マーガレットたちは昼食を済ませ、アスタ博士と共に研究室へと向かった。
*
アスタ博士の研究室。整然となら並んでいる本棚を前にして、アスタ博士は何かを考えるようなそぶりを見せている。
「……ふむ。このあたりがいいかな」
そうつぶやいてアスタ博士は一冊の魔導書を引っ張り出し、そのままマーガレットの前まで持ってくる。
「残念ながら報酬金と交通費以上のお金は出せないが、代わりに私の魔導書を一冊渡そう。きっと役に立つはずだ」
そうやって魔導書を差し出すアスタ博士を前にして、マーガレットは目を丸くする。
「いやいや、アスタ博士が大切にしているものなのではないですか? さすがに受け取れませんよ」
「大切にしているからこそ、大事に使ってくれるような同志に渡したいんだよ。この書棚にはたくさんの魔導書があるが、置いてあるだけで使われていないようなものも多いからな。ちなみにそいつは事前に特定の人物を覚えさせておくだけでその人がどこにいるのかわかるようになる魔法が記されている魔導書だ。見たところ、君たち二人は仲がいいようだからな。ぜひとも使ってほしい」
そう言って、アスタ博士は改めてマーガレットの前に魔導書を差し出す。
「……ありがとうございます」
そう言ってマーガレットは魔導書を受け取る。
「ふふっぜひ活用してくれたまえ」
魔導書を渡したアスタ博士はその様子を見てどこかさみし気な笑顔を浮かべる。
「さて、そろそろ列車が来る時間だ。せっかくだから駅まで見送りに行きたいところだが、ちょっと私も用事を思い出してね。ここで別れとさせてもらうよ」
「はい。いろいろとありがとうございました」
「いやいや。こちらこそこんな遠いところまで来てくれてありがとう」
その会話の後、マーガレットとアスタ博士はしっかりと握手をしてから玄関へと向かった。
*
ラファの町から西部へ向かう列車の中。マーガレットたちを乗せた列車は何度かトンネルをくぐり、だんだんと平地へと戻ってきていた。
「……はぁ。困ったものね」
マーガレットはそうつぶやきながらアスタ博士から受け取った魔導書を見つめる。
「そう言えば、使わないんですか? その魔導書」
そんなマーガレットに対して、アイが質問をする。
「えぇ。使うつもりはないわ。だから、これをどうしようかと考えているの」
マーガレットが深くため息をつく。なぜ、この魔導書を使わないのか? その理由は単純だ。ラファの町で実際に会って話をしている限りはアスタ博士は悪い人物には見えなかった。しかし、残念ながら、マーガレットが思っているほどアスタ博士はいい人ではないという可能性も出てきているからだ。
どうやって気づいたかは知らないが、彼女はマーガレットの持っているカバンの底に強力な力を持つ何かがあると感づいてしまったようだ。一応、カバンから魔力が発せられているのは、カバン自体が『どんなにモノを入れても満杯にならないマジックアイテム』だからだと説明はしたものの、それを可能にするのには明らかに過剰な魔力が発せられていることに気が付いているのだろう。実際に彼女がまるで思い付きのように渡してきた魔導書を見てみると、確かにアスタ博士が言った通りの効果が発揮されるものだと推測できる。しかし、これには一つ落とし穴がある。それは、この魔導書にマーガレットもしくはアイを対象として登録した時点で、アスタ博士にもマーガレットたちの居場所がわかってしまうという点だ。なのでもし仮にこれを使った場合、その気になればアスタ博士はいつでも私たちを追跡できるようになってしまう。だからこそ、聖書を集めるという極秘の依頼を遂行中の身としては使うに使えないのだ。
「まぁこれに関してはもったいないかもしれませんが、カバンの中に記念品としてしまっておくことにしましょうかね」
そうつぶやいて、マーガレットは魔導書をカバンの奥の方へとしまい込んだ。




