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柴犬の名は、シバコウ。またの名を、ジョセフィーヌ  作者: 木村文彦


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 最近、僕は単独で、神知学園の校内探索に出掛けるようになっていた。

 シバコウがドロップキックの習得を宣言して以降、隣の空き部屋で、ちゃぶ台の上から、何度も、何度も、柴犬は空中で短い足を前に出していた。

 有意義か、無意味か。

 判別しかねる時間が、シバコウの周りではずっと続き、僕は辟易としていた。

 リエルや茜。更に、きなこはドロップキックの練習こそしないものの、シバコウの動向に関しては、かなり気に掛けていた。

 僕が「校内を探索しようと思うんだ」と大声を意識しつつ、宣言しても、「いってらっしゃい」と早急に、全員から手を振られる始末だった。

 それで仕方なく、僕は孤独に、校内探索をひっそりと続けている。

 収穫も、あった。

 今まで気づかなかった校内の異常を、敏感に感じ取れるようになっていた。

 誰も、いない。

 常に、シバコウが僕の横でぎゃあぎゃあと叫んでいたので、まるで気がつかなかった事実だ。

 これは異常だ。不自然だ。

 銃。

 いや、ようやく、対向から、誰かが来た。

「寂しそうじゃねえか」

 青梶とドチグマだった。

「あれ。教室の外だと、ドチグマが大きくなっているような気がするね?」

「それは気のせいじゃねえ。ドチグマは、な。場所に応じて、大きさが変化するんだよ」

 校内から外に出ようとは、僕が提案した。

 本当に、ドチグマは更に大きくなった。

 僕はちょっと楽しくなり、ドチグマの身体に触れてみようと、する。

「あ、食べてやろうか?」

 抵抗された。龍は、空に逃げていく。

「ドチグマ、止めておけ」すぐに、ドチグマは青梶の側で着地する。

「青梶は、こいつを甘やかしすぎじゃないのか?」

 食べてやる、以外も、普通に喋れるんだ、と僕は驚く。

 威嚇されそうなので、口には決して出さないものの、僕はドチグマの生態について、関心を持ち始めている。

「こいつが一番、あの教室の中で異質だ。パートナーも、あの破天荒な柴犬だぞ。甘やかしているわけではなく、情報を知るための道具として、優秀なはずだ」

「そういうことか。流石は、青梶だ」

 ドチグマは満足気に、大きくなった身体を揺らしていた。

「勝手に道具呼ばわりされるのは、聞き捨てならないなあ」

 すかさず僕は、反論する。

「伊藤淳を知るための貴重な情報源だからな。それで前に話した件だ。あの柴犬が伊藤淳に銃を渡していた」

「本当なのかな、それ」

 青梶の報告を受けてから、ずっと僕はシバコウを見張っていた。

 だが、いつまで経ってもシバコウは念の力で、無尽蔵にさつまいもチップスの袋を出現させるばかりだ。

 誰も取りやしないのに、それらを鬼気迫る勢いで、シバコウはずっと食べ続けている。

 そこまでが一連のお決まりだった。

「柴犬について、嘘を吐く必要がどこにある?」

 青梶は小鼻を膨らましている。

「信じられるわけがないよ。本当にシバコウはいい奴だから」

 嘘を吐いた。

 僕も少しばかり、シバコウに疑念を抱いている。

 銃だけでなく、何事においても、シバコウは神の世界における事情を十全に把握している節があった。ごまかすためだろう。

 露骨に惚ける様子も少なくない。

 ただ、まだ信頼に足るかどうか分からない青梶に対して、本心を打ち明ける気にもなれない。

「まあ、いい」

 青梶は僕に正対し、その端正な顔だけを前に押し出すようにして、顔を近づけてきた。

「ともかく柴犬が伊藤淳に銃を渡した。その直後、伊藤淳は卒業となった。これは事実だ」

「だからって、シバコウが悪者にはならないよ?」

「なあ、青梶よ。本当にこいつが信用できるのか?」

 ドチグマがまじまじと僕を見てきた。

 やはり龍の顔が近づいてくると、本能的に恐怖を感じるもので、火など噴かれようものなら、僕はこんがりと美味しく焼けてしまうなあ、と畏怖する。

 自然と、足が後退している。

「こいつは、あの柴犬よりかは信用できる」

「青梶こそ、神の頂に立つべき者だ。周りなど、無視でいいだろ?」

 青梶やドチグマは「神になる」とは絶対に言わずに、「神の頂に立つ」とばかり主張している。それはまるで、既に、立場が神であるかのような物言いだった。

「僕たちってまだ何者でもないよね?」

 やんわりと、非難する。

「とにかく、あの柴犬は怪しいぞ。警告はしたからな。あのウサギと一緒に見張っておけ」

「ん、だったらリエルはいいの?」

「いらねえ。あいつは信頼できる」

 ドチグマも青梶の目を見たまま、頷いている。

 チャイムが鳴り、教室に戻り、授業を受けた。

 また、チャイムが鳴る。

 廊下に出た。

「よお」と、青梶がいて、「お、食っちまうぞ」と、ドチグマも、いる。

「それでどうしてあの柴犬は、校内の探索には来ないんだ?」

 僕はまだ何も答えていないのに、青梶は僕の隣に立っている。

「ドロップキックの練習に夢中なんだよ」


「よお、大」

 何度か神知学園の校内を探索をして、交流を続けるうちに、青梶は僕のことを「大」と呼ぶようになった。

 最初に「大」と青梶から呼ばれた時、戸惑いよりもなぜか懐かしい気持ちが勝った。

 そのことに僕自身が一番、驚いている。

「あの柴犬と大の珍妙な出会いすらも、覚えていないのか?」

 唐突に、青梶がぽつりと呟くようにして、言った。

「ずっとそうだって言ってるよね?」

「確認しただけだ。よく記憶がないのに、あの柴犬を心から信用できるな」

 それは皮肉めいた口調ではなかった。

 ただ純粋な興味として、青梶は僕に質問をしているようだった。

「うん。シバコウはいい奴だからね」

「どうして、そう言い切れるんだ?」

「シバコウは僕の命を助けてくれようとしたんだ。だからこそ僕は神知学園でシバコウに恩返しがしたいんだよ」

 この時点で僕は青梶に対して、出会った当初ほどは警戒しなくなっていた。

「あの柴犬は敵だぞ?」

 途端に、苦しそうな表情をした青梶は歯を食いしばるような口元の状態のまま、止まる。

「どうして敵だって分かるのさ?」

「ここに来る前、あの柴犬とは闘ったからな」

 青梶の隣ではドチグマが同調するかのように、蒸気まみれの息を大量に噴出していた。

 襟足の長い金髪をなびかせながら、青梶が静かに廊下を歩き始めた。

 ドチグマも宙を浮きながら、青梶の後ろをついていく。

 どうしてシバコウは青梶との因縁を、ずっと僕に隠しているのだろうか。



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