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柴犬の名は、シバコウ。またの名を、ジョセフィーヌ  作者: 木村文彦


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「神になる資格がないと判断された者は、神知学園を卒業となり、新たなステップを歩む。それが、卒業だ」

 桜井先生の説明は、それきりだった。

 授業が再開されている。

 頭に浮かぶ疑問が多すぎて、僕は疑念を払拭するようにして、辺りを見渡していた。

 当然、困惑した顔が教室内には多くあり、さつまいもチップスの在り処をせっせと探すシバコウ以外は、誰もが緊張感を漂わせていた。

 要所要所で、あまりにもシバコウの態度が白々しい瞬間が、ある。

 念。

 それは、シバコウの特殊能力であるみたいだった。

 で、あれば、シバコウは銃を簡単に手に入れられるのではないか。

 後で、きなこの机に銃を放り込むだけで、証拠隠蔽になるのではないか。

 共犯の可能性も、十二分にあり得る。

 きなことシバコウは仲良しだ。

 きなこが淳ちゃんを憎んでいれば、やりかねない。僕は身震いする。

「ねえ、シバコウ?」

「うむ。なんじゃ。ワシがプリティーな件かのう?」

「全然、違うよ」

 自らの記憶を奪還するよりも先に、僕はシバコウときなこの関係性を探るべきだと考え始めていた。その真実こそが、僕の記憶にもつながっていくとの確信も、あった。

「なんじゃ。残念じゃ」

 いつも通り、シバコウは楽しそうなこと以外、無関心だった。

「シバコウの念は、食べ物以外を取り出すことも可能なのかな?」

 教室の中では、桜井先生の授業を遮ってまで、茜が恐る恐る、質問をしていた。

「質問は受けつけない」

 断固とした口調で、桜井先生は首を横に振る。

 淳ちゃんは、神の世界から卒業したのか。

 それとも神の世界から、消されたのか。

「いんや。念が取り寄せられるのは基本的には食べ物だけじゃよ。本当にすごいじゃろう?」

 さつまいもチップス一枚で、柴犬の心には平穏がもたらされていた。

 きらきらとしたシバコウの目つきを見て、謎を追求しようとする気勢が削がれる。

「ふむ。大ちゃんも期間限定の味を食べたくなったんじゃな。本当に仕方のない奴じゃ。ほれ。さつまいもチップスを一枚、やろう」

「いや、いらないよ。そうじゃなくてさ。淳ちゃんが最初の卒業生になった理由って、もしかしたら、この神の世界について、疑問を持ったからなのかな?」 

 同時期に顔見知りが神の世界に集った点について、淳ちゃんは不信感を抱いていた。

 シバコウの背中を、僕はモフモフとする。

 銃。

「分からんのう。じゃが、この神の世界は、ちと歪んでおるのかもしれん。そうじゃろう、きなこちゃん?」

 急にシバコウから話しかけられたきなこは耳をピクリと動かしたものの、シバコウに振り向きすらしなかった。

 きなこの肩が少し、震えている。

「神を束ねる統一神は、魔王と常に話し合いを行ってきた。それは統一神だけでなく、魔王も世界をよりよい方向に導こうと考えているからだ。まあ、建前上はだが……」

 珍しく、桜井先生の歯切れが悪い。

「大ちゃん、さつまいもチップスをおくれ!」

 シバコウは授業など、聞いていない。

「今、シバコウが食べたので、最後の一枚だよ?」

「なんじゃと! ワシは認めんぞ!」

 淳ちゃんの卒業以降、教室にあったはずの和やかな雰囲気はシバコウを除き、皆無となった。みな、疑心暗鬼になっている。

 僕も、だ。

 銃。

 神の世界を卒業して、次のステップに進めることなど、本当にあるのだろうか。

 この頃から、僕は神知学園の校内を探索しよう、と試みるようになっていた。

 神の世界におけるヒントが、校内のどこかに隠されているのではないか。

 僕の記憶に関する手がかりである日記も、もしかすると校内のどこかにあるのではないか。

「さあ、レッツ探索じゃ!」

 シバコウがモフモフと僕の後をついてきた。

 柴犬だけでない。

 狸も、だ。

 となると、当然のように、茜も同行してくる。

 茜が不自然だ。僕の方に、目を向けることを決してしない。

 あくまでリエルとシバコウとおしゃべりするためにのみ、茜の口は動き続けている。

「残念じゃ。リエル殿」

「シバコウさん。結論こそ出ていますが、私は残念であるだなんて、ちっぽけも思っていませんよ?」

 リエルが反抗的な目をシバコウに向けている。

「いんや。さつまいもチップスよりも蜜柑の方が美味しいなどと語るとはのう。残念じゃ」

「まあまあ。リエルもシバコウも喧嘩しないでよ」

「なら茜さんは、どっち派なんです?」

 リエルが凄む。

「そうじゃ。仲裁ではなく、茜殿もどちらかの肩を持つべきじゃろう?」

 シバコウも茜に顔をずい、と近くに寄せている。

 すぐに、僕は逃げた。

 無益な論争に巻き込まれたら、たまったもんじゃない。

 校内は、想像以上に広かった。

 シバコウから逃げながら、校内探索は実に骨が折れそうな作業だな、と僕は実感している。

 恐怖の音が迫ってきている。

 後ろからモフモフと、足音が響いてくる。

「これ、大ちゃん。この世界に逃げるは勝ち、なんて言葉はないぞい」

 全速力で僕に追いついてきたシバコウは、僕の肩からひったくり犯のようにしてバッグを奪い、その場で、数多のポーチを廊下に放り出していた。

「分かったって。止まるから、ポーチを投げ出さないでよ。片付けるのが面倒になる」

「相変わらず、大ちゃんのバッグは小分けのポーチでいっぱいじゃのう。ところで、大ちゃんはもちろん、さつまいもチップス派じゃろうな?」

 シバコウはいつものようにバッグの奥からガサゴソと、さつまいもチップスの袋を発見し、無邪気に喜ぶ。

 結局、ポーチは見るも無惨な状態で、廊下の至る所に転がっている。

「ノーコメントで」

 僕の返事を掻き消すようにして、「ほれ、リエル殿。これが、この世で一番美味しい食べ物じゃよ」と、さつまいもチップスの袋をリエルに向けて、シバコウは投げつけている。

「いいえ、要りません。蜜柑こそ、至高ですよ」

 素早く袋を避けたリエルが、蜜柑をシバコウの頬に押しつけた。

「おっ、大ちゃん。ここに部屋があるぞい」

 リエルの猛攻を無視して、シバコウは短い足先で眼前の部屋を差し示す。

 その部屋は僕たちの教室から、すぐ近くの場所にあった。

 シバコウから逃げ回った末、最終的に僕たちは教室の近くにいた格好になる。

 ここにも僕たちと同じようにクラスがあって、更には、淳ちゃんのような卒業生が出ているとなれば、必ず、慌てふためく者がいるだろうな、と考える。

 ただ、その予想は簡単に外れた。

 空き部屋だった。

「ここは魅力的なスペースじゃのう!」

「そうですねえ、シバコウさん。あれをやりますか?」

 リエルは戻ったばかりの茜の肩から離れ、シバコウに寄り添っている。

「うむ。いかにも」

 僕たちの教室から隣の空き部屋まで、必死にちゃぶ台を運ぼうとしている。

 せっせと働く狸と柴犬を、僕はただ見つめていた。

 茜も、同様に立ち竦んでいる。

 途中、明らかに、人手が足りていないのう。と、目で訴えかけてきたシバコウ渾身の目力に負け、僕と茜も、ちゃぶ台の搬入作業を手伝う羽目にはなった。

「ちゃぶ台も念じれば、すぐにここまで移動できたんじゃないの?」

 ちゃぶ台を運び終わった後、満足げに汗をタオルで拭うシバコウに向かって、僕は素朴な疑問を投げかけていた。

「それが無理なんじゃ。じゃから、手伝ってもらったんじゃのう」

「そうなんだ。念って、意外と不便なんだね」

 いつの間にか、ちゃぶ台の上に置かれた蜜柑を、リエルは手に取っている。

 茜も口がモグモグと動いている。

「うむ。それはそうと、秘密基地の完成じゃ!」

 シバコウも蜜柑を手に取った状態で、小躍りを開始していた。

「おっかしいなあ。どこかに他のクラスがあってもいいはずなのに」

「茜も、この世界のことが気になるの?」

 当たり障りのない質問を、僕はしたつもりだった。

 だが、茜は一向に口を開かない。モフモフの背中を撫で続け、シバコウを喜ばせ、そのまま狸のリエルとじゃれ合うようにして、さりげなく僕から離れていった。

 僕の一言はなかったことにされる。

 ずっと茜に背中を向け続けられている。


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