兄貴たちの本能
夕餉のあと、屯所の一室。
皆が思い思いに座り込む中、斎藤一は何も言わず、壁際の場所をひとつ確保していた。
ちょうど木陰になっていて、風が気持ちいい。
背中も預けられる、密かな人気の場所である。
「……総司」
斎藤が短く呼ぶ。
「ん?」
沖田総司が顔を上げる。
斎藤は顎で、その場所を示した。
「そこ、空いている」
「あっ、ありがとう」
沖田は当然のように、そこへ向かった。
腰を下ろし、背中を壁に預ける。
「……なんかさ」
沖田が、ぽつりと言った。
「みんな、僕に、すごく親切だよね」
永倉新八と原田左之助が、同時に言葉に詰まった。
「え?」
「いや、別に悪い気はしないけどさ」
沖田は首を傾げる。
「ちょっと不思議な感じ……ときどきするんだよね。
親切というよりさあ、いたわられているような……」
「あー、あれ? そういえば……」
原田が首を振る。
「……なんか、こう……自然に世話したい気持ちになっているような気がするかも」
「ほら!」
沖田が指を突きつける。
「それ! それだよ!
僕、健康だって知ってるだろ?」
「知ってる」
「知ってる、知ってる」
二人とも、あっさり頷いた。
「なのに、なんで?」
永倉が少し考える。
「うーん……なんだろうな」
「顔?」
「お前、顔がつるっとしてるからじゃねえ?」
「えっ、つるっ?」
沖田が頬を触る。
「新選組って、髭ぼうぼうな人、そんなにいないじゃん。
みんな、ちゃんと綺麗にしてるじゃん」
「そういうのとは違う」
原田が笑う。
「手入れしてても、青いし、まあ……ごついだろ」
「ごつい?」
「お前とか平助とか鉄之助は、なんつうか……顔が桃みたいなんだよ」
「桃?」
沖田はきょとんとした。
永倉も頷く。
「フルーティ……?」
「まあ、そういう奴らを見ると、つい世話を焼きたくなるのが俺たち紳士の本能だな」
「……なにそれ」
沖田は呆れた顔をした。
「僕、なんかのさあ、代用品?」
「なんのだよ」
「顔がつるりだから?」
「だから、そういう意味じゃねえって」
沖田は、ぶつぶつ言う。
「まあ、百歩譲って鉄之助は、まだ子供だからわかるよ。
あの年頃は、まだいろいろ変化が来てないからさ」
「おう」
「だけど、平助とか僕とかさ」
沖田は胸を張った。
「背も大きいし、鍛えてる。
道着を脱いだら、もう、ぴかぴかの細マッチョなんだよ?」
「自分で言うか、それ」
原田が呆れる。
「それなのに、ついうっかり、みんな僕らをいたわっちゃう?」
沖田は首を傾げた。
「どれだけご縁がなさすぎなんだよ」
「そこまで言うか!」
原田の声が響いた。
その横で、斎藤は腕を組んだまま、少し考えていた。
「……いや」
「ん?」
「きっと、それだけじゃない」
斎藤は沖田を見る。
「お前、末っ子感があるんだ」
「末っ子?」
「そうだ」
「ふーん」
原田が笑った。
「俺、アニキだからさ。
おまえを見ると、あいつらと重なるっていうかさ。
つい、世話を焼きたくなるんだよ」
「僕、佐野さんのオトウト?」
「ほら。椅子が空いてりゃ、確保しておくとか。
風の通る場所があれば、そこに座らせてやろうとか」
永倉も頷く。
「そうかもしれんな。
俺もアニキだしな」
「へっ?」
沖田が目を丸くする。
「僕、そんな?」
「うむ」
「……佐野さんや新八さんは、まあ、いいとして」
沖田は斎藤を見る。
「斎藤くんなんて、僕より年下だけど……」
少し考える。
沖田総司は、親に早く死なれ、家族に甘えた記憶はない。
師匠の周斎先生も、家族には恵まれなかった。
けれど、試衛館に出入りする多摩の大人たちには、ずいぶん可愛がられて育った。
僕、試衛館の次代のエースのつもりだったけど。
――そうか。
試衛館の末っ子だったのかなあ。
沖田は、ふっと笑った。
「それも、いいかも」
そして、少し嬉しそうに呟く。
「僕、じつはアニキもちだったんだー」
そこで、ふと思う。
土方さんも、末っ子だったよね。
バリバリの末っ子。
新選組じゃ、鬼の副長やってるけど。
多摩の大人たちには、あれこれ世話を焼かれていた気がする。
「……アニキたち」
沖田は、風に吹かれながら笑った。
「ありがたいかも」
その横で、斎藤が何も言わずに座っていた。




