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大根は剣豪の愛を受け止める

京の町を騒がせた「夜半の追跡」だが、

朝、あっけなく終わった。

土方歳三が帳面に目を通していると、中庭の方から歓声が上がる。

「いたぞ!」


「ようやくだ!」

「……今度は何だ。」

土方が部屋を出ると、中庭には伊東甲子太郎一派が集まっていた。

つい昨日まで顔中を引っかき傷だらけにしていた男たちとは思えないほど、皆、満面の笑みである。

「副長。」

山崎烝が一礼した。

「どうやら、捕縛に成功したようです。」

「そうか。」

土方は中庭を見た。

そこにいたのは十四歳の小姓、市村鉄之助。

腕の中には、丸々とした灰色の子猫が一匹。

猫は暴れるどころか、気持ちよさそうに喉を鳴らしている。

「鉄之助。」

「はい、土方さん。」

「どうした。」

「朝 シロが 散歩中にこの子みつけて、」


シロとは 近藤勇の愛犬で 普段は

小姓の市村鉄之助が

世話をしている。


鉄之助は猫を撫でながら笑う。

「どうやら 親とはぐれたこらしいですね

シロから離れなくて」

「それだけか。」

「はい。」

土方はしばらく黙っていた。

「……。」

伊東甲子太郎が駆け寄る。

「鉄之助君!」

「はい?」

「その猫を譲っていただけぬか!」

「え?」

「頼む!」

後ろでは篠原も鈴木も阿部も、一斉に頭を下げた。

「お願いします!」

鉄之助は困ったように笑う。

「いいですよ。」

「おおっ!」

歓声が上がる。

服部武雄が静かに前へ出た。

猫をそっと抱き上げる。

猫は安心したように服部の腕の中で丸くなった。

服部はしばらく猫を見つめ、

「……ありがとう。」

と、小さくつぶやいた。

その目元は、少し潤んでいた。

伊東は深く息を吐く。

「これで一件落着ですな。」

誰もがそう思った。

その時だった。



突然。


沖田総司が、咳き込んだ。


服部の表情から、笑みがすっと消える。


「……猫の毛。」


服部は猫を見つめ、静かにつぶやいた。


「咳には、よくないな」


「え?」


そう言うと、服部はそっと猫を市村鉄之助へ返した。


そして何事もなかったように沖田の背へ回り、


「大丈夫かね 沖田くん」


と、静かに背中をさすり始めた。


伊東甲子太郎の笑顔が固まる。


篠原は静かに目を閉じる。


鈴木三樹三郎は天を仰いだ。


誰も、何も言わなかった。


⸻


❾

おまけ

屯所の縁側。

藤堂平助が声をひそめた。

「なあ。」

「服部さんさ、江戸で猫を飼ってたんだって。」

「猫?」

「それも、とんでもなく可愛がってたらしい。」

原田左之助が笑う。

「毎日世話して、話しかけて、魚の骨とってやって」

「ははぁ。」

永倉新八がうなずく。

「それで総司にも、ああだったのか。」

「うん。」

平助も笑った。

「その猫も、しょっちゅう逃げてたらしいけど。」

「逃げた?」

「服部さん、ちょっと重いから。」

一同が吹き出す。

「町中を何日も探し回ったそうだよ。」

「さもありなん。」

永倉は肩をすくめた。

「総司も、よく我慢してるな」

沖田は苦笑する。

「まあ……慣れてるっていうか。」

「近藤先生も井上さんも、わりとああだし。」

「でも。」

「服部さんが一番強烈だよねえ。」

原田が思い出したように言う。

「ところで、あの猫は飼うのか?」

「いや。」

平助は首を振った。

「伊東先生、副長に怒られたらしい。」

「隊士の中には獣の毛が合わない者もいるし、犬と違って猫は自由に歩き回るからな。」

「壬生寺の御前様が、新しい飼い主を探してくださるそうだ。」

「そうか。」

永倉が笑う。

「じゃあ服部さんは、あのままか。」

「いや。」

沖田が思い出したように笑った。

「井上さんがね。」

「服部さんに畑を任せるって。」

「畑?」

「うん。 」

沖田は肩を揺らした。

「『大根は、どんなに手をかけても逃げんからな』って。」

しばらく沈黙。

やがて縁側に、どっと笑いが広がった。




ーーーーーおしまい

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