三条河原の激闘
新選組屯所。
伊東甲子太郎の部屋。
障子がぴたりと閉められる。
連日である。
議題。
『服部武雄に猫を与える件』
「まず確認ですが。」
篠原泰之進が静かに口を開いた。
「猫とは、どう手に入れるものなのでしょうか。」
「……。」
部屋が静まり返る。
学問なら任せろ。
『論語』も『孟子』も暗唱できる。
尊王思想も政治も論じられる。
だが――猫。
誰一人、詳しい者がいなかった。
「寺に……おりますかな。」
阿部十郎がおずおずと言う。
「借りられるのでは。」
「猫を貸す寺など聞いたことがない。」
「では、商人が売っておるとか。」
皆、腕を組んだ。
やがて篠原が伊東へ尋ねる。
「先生。江戸の伊東道場には犬がおりましたな。あれは、どう手に入れられたのです。」
「あれは道場へ出入りする者の縁でな。良い犬の血筋を知る者がおっての。」
「では猫も。」
「……猫については聞いたことがない。」
再び沈黙。
「では、猫を飼っている者に譲っていただくとか。」
「いや。」
伊東は首を振る。
「人は選ばねばならぬ。万一 おかしな噂にでもなれば こまる。」
全員が深刻にうなずいた。
二刻に及ぶ議論の末、結論が出る。
「 野良を捕らえるしかありますまい。」
翌朝。
三条河原。
「いたぞ!」
白黒の猫が一匹。
「囲め!」
服部を除く伊東派一同が一斉に走り出す。
猫はちらりと振り返る。
そして、
ひょい。
塀へ。
屋根へ。
樽へ。
また塀へ。
「待てぇぇぇ!」
幕末屈指の剣士たちが、全力疾走する。
町人たちは呆然と見送った。
「……何をしておる。」
篠原が飛びつく。
空をつかむ。
阿部が派手に転ぶ。
鈴木三樹三郎は井戸へ片足を突っ込んだ。
伊東は裾を踏み、その場に転倒する。
「先生!」
「私は大丈夫だ!」
まったく大丈夫ではない。
猫は少し離れた塀の上へ座り、
「にゃあ。」
と一声ないて、悠々と姿を消した。
幕末屈指の精鋭たち
その日、無惨に敗退…
伊東は肩で息をしながら空を見上げる。
「……猫とは。」
しばらく黙っていたが、やがて深いため息をついた。
「これほど素早きものなのか。」




