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白姫丸の好きなもの



昼餉の時間だった。


稽古を終えた隊士たちが、思い思いに膳を囲む。


今日の献立は、焼き魚と味噌汁。


誰もが黙々と箸を進めていた。


ただ一人を除いて。


服部武雄は、自分の膳には一切手をつけず、向かいの沖田総司の焼き魚をじっと見つめていた。


沖田が嫌な予感を覚えた、その時だった。


「沖田くん。」


「……はい?」


「待て。」


服部は焼き魚を箸で持ち上げると、自分の皿へ移した。


そして、驚くほど丁寧な手つきで身をほぐし始める。


一本一本、小骨を確かめ、少しでも怪しいものがあれば取り除く。


その真剣さは、敵の太刀筋を見極める時と何ら変わらない。


「……あの、一体なにを。」


「すぐ終わる。」


服部はさらに細かく身を崩し、最後にもう一度、箸で確かめる。


ようやく満足したのか、沖田の皿へ戻した。


「これでいい。」


「……。」


「骨は危ない。」


「魚の骨は、誰でも刺さる。」


至極もっともではある。


だが、そういう問題ではない。


周囲の隊士たちは、食事の手を止めていた。


原田左之助が永倉新八を肘でつつく。


「……見たか。」


「ああ。」


斎藤一は無言のまま視線を逸らした。


沖田は皿を見つめた。


魚は、見るも無残に崩れている。


服部は剣の達人だが、魚をほぐすのは、あまり得意ではないらしい。


沖田は観念したように箸を取り、


「……どうも。」


と微笑んで、口へ運んだ。


服部は満足そうに頷く。


「うむ。」


ようやく自分の魚へ箸を伸ばした。


――だが、それで終わりではなかった。


沖田が味噌汁へ手を伸ばす。


その瞬間、服部が素早く椀を押さえた。


「少し熱いな。火傷をするかもしれん。」


そう言うと、どこから取り出したのか団扇を広げ、静かに仰ぎ始めた。


ぱた、ぱた。


静かな食堂に、団扇の音だけが響く。


誰も動かない。


沖田は、修行僧のように目を閉じて待った。


やがて服部は満足そうに頷く。


「もうよいだろう。」


沖田は一口すすった。


それを見届けた服部は、ようやく安心したように微笑んだ。


その笑顔には、打算も照れもない。


ただ、大切なものを無事に食べさせられたという、純粋な安堵だけがあった。


近藤派の隊士たちは、ただ黙ってその光景を見つめている。


やがて原田が、ぽつりと呟いた。


「……不気味だ。」


廊下の陰から、その一部始終を見ていた伊東甲子太郎は、小さくため息をついた。


「魚は、白姫丸の好物でな。服部は毎回、ああして食べさせてやっていた。」


篠原が、ちらりと服部を見る。


服部は今も、沖田の飯までも、団扇で冷ましている。


ぱた、ぱた。


伊東は、もう一度ため息をついた。


「……ああ。白姫丸は、熱いものを嫌がっていた。だから服部は、何を食べる時も必ず冷ましてやる癖がついたのだ。」


そして静かに続ける。


「……だが…」


伊東の視線が、沖田へ向く。


「問題は、沖田君は、白姫丸ではないということだ。」

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