伊東甲子太郎の後悔
夜。
屯所の一室。
障子が閉められる。
伊東派だけの秘密会議である。
灯火が揺れる。
伊東甲子太郎が静かに口を開いた。
「……始めよう。」
集まる同志たち。
誰もが真剣な顔だった。
「議題は――服部問題について。」
「現状は。」
一人が報告書を読み上げる。
「本日も食事中、沖田氏の世話をしようとしました。」
「うむ。」
「強引に、肩揉み二刻。」
「羽織を三枚掛けようとして、隣の斎藤君に止められております。」
部屋は重い沈黙に包まれた。
「……重症だな。」
「白姫丸を江戸へ置いて来させたのが、まずかった。」
「ああ。」
「まさか代わりを見つけるとは。」
「沖田君か……。」
全員が深刻な顔でうなずいた。
服部武雄の愛猫・白姫丸。
鼠をよく捕る賢い猫だったが、服部はやたらと虚弱扱いしていた。
くしゃみを一つすれば大騒ぎ。
風に当たれば「寒くないか」。
餌を少し残せば「どこか悪いのか」。
雨の日には一晩中付き添う。
「白姫丸も、そのたび逃げ回っていたな。」
「ああ……服部くんは情が深すぎる。」
伊東は苦笑した。
「……猫不足だ。」
誰も否定しなかった。
白姫丸を江戸に残して以来、服部の行き場を失った優しさは、よりによって沖田総司へ向かってしまった。
相手は近藤勇の直弟子。
このままでは、大変なことになる。
伊東は静かに灯火を見つめた。
「急ごう。」
「はい。」
「服部君は悪くない。
だが、このまま放っておいてよい状態でもない。」
誰も異論を唱えなかった。
「一日も早く、あの男に新しい守るものを。」
しばし沈黙。
やがて一人が真顔で口を開く。
「……猫ですな。」
「そうだ。」
伊東は力強くうなずいた。
「何としても服部武雄に猫を与えねばならん。」
「異議なし。」
「異議なし。」
「異議なし。」
これが近藤勇の知らない、新選組最大級の秘密会議であった。




