剣豪も心配される
伊藤甲子太郎の懐刀 篠原泰之進と
伊東の実弟の鈴木三樹三郎には ある心配ごとがあった。
国家のことでも隊務のことでもない
夕刻、稽古を終えた沖田総司が縁側に腰を下ろす。
その途端
「沖田くん、ずいぶん汗をかいておるな。」
伊東派の剣豪 服部武雄は
懐から 手ぬぐいを取り出し、ためらいもなく沖田の汗を拭こうとした。
だが沖田は、その手を軽くかわし、さりげなく距離を取る。
服部は気づかない。
今度は羽織を掛けようとする。
「汗が冷えると体にさわる」
善意しかない。
「麦茶を淹れてきた。」
「 あ…ありがとうございます……。」
苦笑しながら受け取る沖田に、服部はさらに懐から小さな紙包みを取り出した。
「干し梅だ。疲れにはこれがよい。」
「顔色が よくない…。」
「服部さん。…」
沖田は困ったように笑うしかなかった。
その時。
廊下の向こうから乾いた声が響く。
「――実に見苦しい。」
空気が変わった。
服部の所属する五番隊の隊長・武田観柳斎が腕を組み、冷たい視線を服部へ向けている。
「……武田先生。」
服部は頭を下げた。
武田は返礼もせず、沖田へ向き直る。
「沖田さん。うちの組の者が、大変失礼いたしました。」
そう言って一礼すると、再び服部を睨みつけた。
「何度見ても薄気味悪い男だ。」ー
その強い口調に
篠原は眉をひそめ、鈴木三樹三郎も 黙る。
武田は淡々と言葉を続けた。
「沖田さんは乳飲み子ではない。」
「歩けば後ろをついて回り、茶を飲ませ、羽織を掛け、菓子を与える。」
「次は匙で飯でも食わせるつもりか。」
沖田は思わず吹き出しそうになるが、笑える空気ではなかった。
服部は静かに答える。
「俺は体を案じているだけだ。」
「案じる、だと。」
武田は鼻で笑った。
「沖田さんには近藤先生がおられる。井上先生も、土方先生もおられる。」
「貴殿が出る幕ではない。」
一拍置き、皮肉っぽく口元を
「貴殿は伊東参謀のお体でも案じておればよい。」
「毎日集まって宴会でもなさっているようだな。
そういえば、少々お太りのご様子ではないか。」
服部の表情が変わる。
歯をぎゅっと噛み締める。
怒りが、殺気が、見る間に溢れていく。
握り締めた拳が、小さく震えた。
沖田は小さくため息をつく
「伊東先生は太ってなんかいませんよ。」
「伊東先生も、近藤先生も、土方さんも、
もちろん僕も
新選組の健康管理は万全です。」
沖田は干し梅を一つ口に放り込み、
「ごちそうさまでした。」
と笑って、その場を離れていった。
篠原と鈴木は、互いに顔を見合わせた。
「……まだ始まったばかりだな。」
「ええ。 服部くんですから、」
二人の心配は、深まるばかりだった。




