紫陽花と蝸牛競争
梅雨空が何日も続いていた。
空はおもく、雨は降ったり止んだりを繰り返しているが
裏庭では紫陽花が鮮やかさを増している。
「おーい、みんな来い!」
朝からやけに元気な声を張り上げたのは原田左之助だった。
縁側から永倉新八が顔を出す。
「また何か見つけたのか?」
「見ろよ!」
原田が指差した先には、紫陽花の葉の上を這うカタツムリが何匹もいた。
大小さまざま、雨の中でゆっくりと動いている。
「こんなにいるの、初めて見たぜ!」
藤堂平助が目を輝かせる。
「かわいい!」沖田総司もしゃがみ込み、じっと覗き込んだ。
「ふふ、こっちのは大きいね」
その様子を見て、原田がにやりと笑う。
「競争させようぜ」
「え?」と永倉が眉をひそめる。
「葉っぱを並べてよ。誰が一番早く端まで行くか勝負だ」
「おいおい、カタツムリだぞ」
藤堂が苦笑するが、原田はもうやる気だ。
「スタートとゴール決めりゃいいだろ」
「見るからに無理そうだよ、それ」
沖田があっさり言う。
「じゃあどうするんだよ」
原田が返す。
永倉が腕を組んだ。
「それぞれ別の葉っぱで、一番先に端にたどり着いたやつを勝ちにするしかねえだろ」
「うーん……でもさ」
藤堂が首をかしげる。
「葉っぱの大きさも、カタツムリの大きさも違うじゃん。フェアじゃないよね」
原田が即座に言い返す。
「戦に公平なんてもんはねえよ」
一瞬、縁側の空気が止まった。
永倉が小さく笑う。
「……なるほどな」
斎藤が、紫陽花の上を這う一匹を指で追いながら言った。
「うむ。環境も己の大きさも、すべて運命だな」
誰もすぐには笑わなかった。
ただ雨の音だけが続く。
一同はしばらく、そのままカタツムリを眺めていた。
だが、どの一匹も“勝負”と呼べるほどの速さでは動かない。
やがて藤堂がぽつりと言った。
「……これ、今日中に決着つかないね」
永倉が鼻で笑う。
「最初からそうだろ」
原田は腕を組んだまま、まだ真剣に見ている。
沖田はもう興味が少しだけ別の葉に移っていた。
雨はやまない。
紫陽花だけが、やけに誇らしげに濡れていた。
そしてその勝負は、誰も勝たないままーー
「……腹減った。」
原田の一言で、自然消滅してしまった。




