斎藤ー しもべ券を使う
いつも静かで隙のない男――斎藤一が、珍しく鼻をぐずつかせていた。
「……ちっ」
くしゃみをこらえるが、威厳は保てない。
屯所の廊下に、ずび、と情けない音が響く。
今日は寝ていよう。
そう決めた斎藤は、懐から一枚の紙を取り出した。
『沖田総司しもべ券 一回有効』
以前、体調を崩した沖田の仕事を代わりに引き受けた礼として、本人から押しつけられた妙な券だ。
これを見せれば、一度だけ仕事を代わってもらえる――
鼻風邪でぼんやりする頭のまま、斎藤は無言でその券を沖田に差し出した。
「……使う」
「はいはい、斎藤くん。今日は僕が働くから、ゆっくり休んで」
「じゃあ今日は、僕が三番隊を預かるから」
にこり、と笑って現れた沖田総司に、三番隊の隊士たちは一斉に固まった。
「……え?」
「沖田先生が」
「斎藤組長はどうされたんです?」
沖田が三番隊を率いるのは、これが初めてだった。
普段は近藤や土方の下で多くの仕事を抱え、一番隊や他の隊士たちの間を行き来することはあっても、他隊をまとめて動かす役はほとんどない。
だからこそ、その場の空気は少しだけ張り詰めていた。
「さて、斎藤くんの代わりを頼まれた以上、手は抜けないね。」
その一言で、空気が変わる。
「巡察に出るよ。二列縦隊。報告はこまめに。迷子になったら置いていくからね。」
冗談とも本気ともつかない言葉に、隊士たちは慌てて返事をした。
「はっ!」」
町へ出ると、沖田はいつもの一番隊とは違う歩調に合わせて進んだ。
斎藤の三番隊は静かで乱れない。
その流れを崩さずに保つように、沖田もまた無駄のない指示を出していく。
「そこ、間隔を空けすぎ。」
「はい!」
「後ろ、油断しない。」
「申し訳ありません!」
笑顔のままなのに、不思議と誰も逆らえない。
ある隊士が小声でつぶやく。
「沖田組長って、もっと自由な人かと思ってました。」
隣の古参が苦笑した。
「見た目は そうだが、仕事はきっちりやる人だぞ。」
巡察の途中、酔った町人同士の揉め事に出くわす。
「おやおや、朝から元気ですねぇ。」
沖田が穏やかに声をかける。
「新選組だ!」
片方が殴りかかろうとした瞬間。
沖田は半歩だけ踏み込み、その腕をするりとかわして手首を極めた。
「はい、おしまい。」
あまりに鮮やかな動きに、相手は何が起きたのかも分からず膝をつく。
「喧嘩はそこまで。続きは奉行所で聞いてもらおうか。」
柔らかな笑顔のまま告げると、町人たちは青ざめて大人しくなった。
三番隊の隊士たちは思わず息をのむ。
「……速い。」
沖田は振り返って笑う。
「おーい、伍長。僕はただの代役だからね。あとは頼むよ」
その一言に、隊士たちは自然と背筋を伸ばした。
「よし、巡察続行。」
「「はっ!」」
一方その頃。
屯所では、布団にくるまった斎藤一が、ずび、と鼻をすすっていた。
「……静かだ。」
どうやら、沖田は本当に仕事を全部引き受けてくれているらしい。
斎藤は少しだけ安心したように目を閉じ、再び眠りへ落ちていった。。




