戦士たちの楽しみ
道場には昼の熱がまだわずかに残っていた。
竹刀の打ち合う音が響いている。
服部武雄は胴着の胸元を大きく開け、汗をぬぐいながら笑った。
「はっ……どうした永倉さん。今日は打ち込みが軽いじゃねえか」
服部の肩幅は広く、腕は丸太のように太い。
剣は二刀流。
それだけでなく、柔術・槍術にも通じる使い手として知られている。
踏み込みは鋭く、間合いは正確で、竹刀筋には無駄がない。
長年の真面目な稽古に裏打ちされた、“本物の強さ”がある。
向かいの永倉新八は舌打ちする。
「うるせぇな。お前みてぇな化け物相手に毎日全力出してたら、身体がもたねぇんだよ」
「ははは! 何をいう。天下の永倉新八ともあろうものが」
横で見ていた原田左之助が豪快に笑った。
「しかし服部さんよ、あんたほんと丈夫だなぁ。さっき斎藤とやって、そのあと沖田ともやったのか?」
「んむ。沖田には、するっと逃げられた」
その言葉に、道場の隅で座っていた斎藤一が静かに顔を上げる。
天才剣士と呼ばれる沖田だが、とにかく細身である。
永倉や原田と打ち合ったあとで、さらに服部武雄まで相手にする気はなかったのだろう。
服部武雄は伊東甲子太郎に心酔し、近藤派へは対抗意識を燃やしている。
稽古とはいえ、下手をすれば怪我をしかねない。
服部武雄は、近藤の直弟子である沖田に対しては常に全力だった。
「おーい、服部さん。まだいるー?」
軽い声が飛んだ。
沖田総司である。
少し休み、ついでに何か補給もしてきたらしい。
「ねえ、聞いたよぉ。また土方さんに喧嘩売ったんですって?」
「売ってねぇよ。“剣の腕だけなら俺のほうが上かもな”って言っただけだ」
「あちゃー」
「事実だろ?」
「うーん」
沖田は少し首を傾げる。
「服部さん、それ、伊東先生にも言います?」
空気が一瞬だけ止まった。
沖田はふっと笑う。
「伊東先生も、江戸でのご高名、僕も知っていたけど」
沖田は首を傾げた。
「正直、今の先生は、うーん……だよねえ」
服部が眉をひそめる。
だが沖田は気にしない。
「でも、それは仕方ないっていうか」
肩をすくめた。
「近藤先生も、江戸にいた頃は剣術三昧ですごかったし」
「土方さんだって、まあ、やってたんだよねえ」
「今はみんな忙しいんだよ」
沖田は笑った。
「それぞれ今やるべきことがあるからさ」
「竹刀を握る時間が減っただけだと思うよ」
服部は腕を組み、しばらく考える。
やがて口元をゆるめた。
「なるほどな」
だが次の瞬間。
「だが、それとこれとは別だ」
沖田が吹き出した。
「アラ……ぶれないねえ」
そして竹刀へ手を伸ばす。
「まー、だからさー、えっとー」
竹刀を肩に担ぎながら笑う。
「その分 僕が 竹刀振ってるからさー。
服部さんは、僕とやりましょ」
にやり、と沖田は笑った。
「楽しいですよお」
道場の温度が変わった。
ぞわり、と。
服部の笑みが深くなる。
「望むところだ」
竹刀を取る。
壁際で腕を組んでいた篠原泰之進が、小さく呟く。
「また始まった……」
隣の鈴木三樹三郎が苦笑する。
「服部。沖田さん相手だと子供みたいというか…」
「総司は、ああいう男を手のひらで転がすからなあ」
「うむ。口は沖田が数段上だな」
服部武雄は戦士だった。
剣を語るより先に、剣で確かめたがる。
だが――
沖田総司は、器用で、したたかな剣士である。
バシィッ!!
激しい打突音が道場に響く。
沖田の面を狙った服部の一撃が、紙一重で空を切る。
同時に服部の胴打ちが飛ぶ。
だが沖田は、半歩ずれていた。
「ちっ……!」
「おしい」
沖田が笑う。
その笑顔を見て、服部も笑った。
嬉しそうに。
本当に楽しそうに。
永倉が呆れたように言う。
「お前らなぁ……人斬りが天職みてぇな顔しやがって」
「いやいや」
服部は汗まみれの顔で笑った。
「おおい! 二人とも!」
「それ稽古だぞ!」
「殺し合いじゃねぇからな!」
と叫ぶ永倉の声が道場に響いていた。




