風にもマケズ
総司は、つくづく思っていた。
――もう、見た目のことで好き勝手言わせたくない。
痩せていようが、細かろうが、自分は沖田総司だ
剣で生き、剣で名を上げてきた。
屯所の道場には、朝から乾いた竹刀の音が響いていた。
ぱしん、ぱしん、と小気味よく音がなる。
その中で、沖田は ひときわ鋭い打ち込みを見せている。
細い。
誰が見ても、まずそう思う。
白い首筋に、すらりとした肩。袴の腰回りも驚くほど細く、姿だけ見れば、どこか病弱な若様のようにも見える。
だが、その道着の下には、無駄なく鍛え抜かれた身体が隠れていた。
打ち込むたび、背筋がしなやかに波打つ。
細く見える腕にも、竹刀を握る筋が鋼のように浮かび上がる。
余計な肉はひとつもない。
まさに、“研ぎ澄まされた細マッチョ”だった。
しかも――強い。
とんでもなく強い。
今日も総司は、三人まとめて相手をしていた。
だが隊士たちは、誰ひとりとして総司の竹刀に触れることすらできない。
「はい、そこ脇が空いている。」
「うわっ!」
「遅い」
ぱこん。
軽く打たれた隊士が、情けない声を上げて転がる。
周囲から「おお……」と感嘆の声が漏れた、
その時だった。
道場の入口から、のっそりと大きな影が現れる。
「朝から元気だなァ」
隊士たちが慌てて姿勢を正した。
現れたのは、伊東派随一の剛剣と名高い、服部武雄。
がっしりとした大柄な体格。引き締まった筋肉。まるで“戦うために生まれてきた男”そのものだった。
総司は軽く礼をする。
「おはようございます」
すると服部は、総司を上から下まで眺めて、豪快に笑った。
「沖田くん、体調はどうですか?」
「……はあ?」
「ちゃんと飯は食えておりますか? ご無理はなさらんように」
どっと笑いが起こる。
総司も、にこりと笑った。
笑ったが。
ぴく、と眉が動いた。
本当に弱そうに見えてるらしい。
「病人みたい」「顔色が白い」「大丈夫か総司」
言われ慣れてはいる。
だが今日は、妙に腹が立った。
さっきまで誰より強かった。
三人まとめて叩きのめした。
それなのに、
「おう、そんな 風に飛びそうな身体じゃ女にもモテんぞ。男はどっしりしてなきゃな」
服部は、ぽんぽん、と自分の硬い腹を叩く。
総司のこめかみに、青筋が浮かんだ。
隊士たちの前で怒るのも大人げないとは、思うが…
総司は静かに竹刀を置き、穏やかな声で言った。
「……では」
「ん?」
「やりましょう」
にっこり。
その笑顔を見た瞬間、周囲が「あっ」と息を呑む。
皆、知っているのだ。沖田総司が、この顔で機嫌の悪い時を。
「ほう?」
「一回だけでいいですから」
総司は、す、と構えた。
細い腕。頼りなさそうな身体。
――だが、空気が変わる。
道場のざわめきが、一瞬で消えた。
隊士たちが息を止める。
永倉でさえ、目を細めた。
服部も、ようやく気づく。
目の前にいるのは、“細い男”ではない。
人を斬って生き延びてきた、本物の剣客だと。
次の瞬間――
――――バシィン!!
凄まじい音が道場に響いた。
服部の竹刀が、宙を舞っている。
「…………」
しん、と道場が静まり返る。
総司は静かに構えを解き、にこりと笑った。
「風では飛びませんでしたね」
数秒遅れて、隊士たちが吹き出した。
「ぶっ……!」
「総司さん!」
「今の見ました!?」
「はやっ……!」
服部は呆然と、自分の空っぽの手を見つめている。
総司は竹刀を拾って返しながら、少しむっとした顔で言った。
「僕、こう見えて結構鍛えてるんだよねえ」
「……お、おう」
「着痩せするだけです」「着痩せ……」
「あと病弱でもないし」
言いながら、少しだけ頬を膨らませる。
もちろん、長く真剣に打ち合えば話は別だ。
服部武雄は名のある剣客であり、体力も持久力も総司を上回る。正面から力比べを続ければ、分があるのは服部の方だろう。
だが沖田総司は、修羅場を潜り抜けてきた男だった。
一瞬の隙。呼吸の乱れ。気の緩み。
そのすべてを逃さず、命を取りにいく。
やがて服部は、豪快に笑い出した。
「はっはっは! 悪かった悪かった!」
「ほんとですよ」
「だがまあ、お前は見た目で損してるなァ」
「……それは…思います」
総司はため息をつく。
すると道場の隅で、永倉がぼそりと言った。
「脱いだらすげえんだけどな、あいつ」




