筍の皮騒動始末記
屯所の台所で、永倉新八が腕を組んでため息をついていた。
「……総司、おまえまた痩せたぞ」
言われた本人――沖田総司は縁側に座り、団子の串を三本まとめてくわえながら、目をそらした。
「もう、なんでみんなそればっか言うの。気のせいだって」
「いや、気のせいじゃねぇだろ」
「見てよ、ほら。僕、ちゃんと食べてる」
そう言って団子を振ってみせる。
斎藤一が淡々と言った。
「食っているのは知っている。だが、まだ、足りないんじゃないか」
先日の“筍の皮もぐもぐ事件”、のとき、
沖田はうっかり体重を落としていた。
食事を戻せばすぐ元通りになると思われていたが、なかなか増えない。
「土方さんが戻るまでに、どうにかしねぇとな」
現在、隊内の健康管理責任者――土方歳三は公用で不在である。
「まずは医者だ、とにかく 減るモードから 脱却せねばな」永倉が言うと、沖田は即座に抗議した。
「やめてよ。そんな大袈裟にしなくても、団子食べてれば戻るって」
だが、周囲は完全に火がついていた。
「よし、緊急体重回復作戦だ」
「おぅ!!」
いつもなら剣の稽古か飯の匂いしかしない屯所に、今日は硯、帳面、算盤、なぜか測量用の縄まで並んでいる。
さらに、“筍の皮騒動”に責任を感じているらしい三人まで加わっていた。
武田観柳斎が帳面を開く。
「沖田くんの体重減少は、栄養摂取量と活動量の差分問題です。つまり計算で解けます」
隣で山南敬助が静かに頷く。
「しかし、食事を増やしすぎれば胃腸に負担が出る。均衡が必要です」
伊藤甲子太郎も落ち着いた声で続けた。
「精神的安定も重要でしょう。食べさせるだけでは不十分です」
議論を重ねる “理屈派”三人衆…
一方、その少し離れた場所では空気がまるで違った。
永倉が頭を抱える。
「いや、必要なのは理屈じゃなくて飯だろ」
原田左之助が机を叩く。
「そうだ。作戦名は“食え”でいい」
斎藤は腕を組んだまま短く言った。
「もう少し複雑だ」
当の沖田は部屋の隅で茶を飲みながら首をかしげている。
「僕、そんなに痩せすぎてないと思うんだけどなぁ。
筋肉とか落ちてないし。
顔がちょっと小さくなったくらいでさ。
そもそも、誠の剣士に脂肪はいらないし」
だが、誰にも聞いてもらえない。
武田が紙に書き始める。
「第一段階、摂取カロリーの最適化――」
「だから増やせって!」永倉が即座に遮る。
「増やしすぎは逆効果です」山南が穏やかに返す。
「逆効果とか知らん。食えば太る」原田も譲らない。
伊藤がまとめに入ろうとした。
「つまり――」
「食わせればいい」
斎藤が一言で終わらせた。
一瞬、場が止まる。
沖田がぽつりと言う。
「もう議論やめてほしい…」
その横で、また団子を一本食べていた。
(団子が一番手っ取り早いのに)
山南が妥協案を出す。
「では、一日五食。少量ずつ」
「少量じゃ意味ねぇ」
「五食なら増加率が――」
「だから数字じゃねぇ!」
理屈派と現場派の応酬は終わらない。
やがて斎藤が立ち上がった。
「面倒だ」
全員が黙る。
斎藤は沖田を見る。
「お前はどうしたい」
沖田は少し考えてから、あっさり言った。
「うーん……僕だけ特別扱いされるのは嫌だなぁ。
みんなと一緒に 普通に食べたい」
沈黙。
そして原田が言った。
「わかった みんなで たくさん食べよう」
永倉も頷く。
山南が小さく笑った。
「食事ですからね。最も現実的です。みんなで楽しくいただきましょう」
武田は悔しそうに帳面を閉じる。
「……だが、必要カロリーは人ごとに違うのですぞ」
伊藤が静かに言う。
「皆で食べれば自然と箸も進む。それもまた合理でしょう」
斎藤は淡々と締めた。
「まあ、いっしょに食べよう」
――こうして、“合同食事作戦”が始まった。
その夜、屯所の大広間には異様な光景が広がっていた。
理屈派も現場派も関係なく、全員が同じ卓につく。
山南が取り分け、武田は計算をやめて箸を持ち、伊藤が場を和ませる。
永倉が大声で笑い、原田が追加の飯を呼び、斎藤は黙々と食べる。
そして沖田は、その中心でいつもより少しだけ多く箸を動かしていた。
「……お腹いっぱい。苦しい」
少し顔色が悪い。
原田が言う。
「食え」
「うっ……」
危ない。
斎藤は無言で沖田をその場から連れ出した。
廊下に座らせ、静かに背中をさする。
「うえっ……」
その頃。
武田がぽつりと呟いていた。
「……たしかに、これは最適解かもしれない」
山南が微笑む。
「理屈と現場が一致しましたね」
伊藤が静かに締めた。
「結論――共食は、最も安定した回復手段です」
――沖田総司体重回復作戦は、成功した。
成功したのだが。
皆と一緒の食事は、実のところ沖田には少々重かった。
食後、すうっと血の気が引くたびに、斎藤は沖田を連れ出して背中をさすってくれるのだが、
こらえきれないこともある。
「このイベント、いつまで続くのかなぁ……」
ぐったりと天を仰ぐ沖田。
それでも、ゆっくり体重が戻っていったのは――実は沖田が合間にちょこちょこ食べていた団子のおかげだった。
数日後。
廊下を歩く山南敬助の足取りが、妙に重い。
「……おや?」
すれ違った永倉が二度見した。
山南の羽織が、ほんの少しきつそうである。
別室では、武田観柳斎が椅子から立ち上がる際、ミシッという音がした。
「計算上は問題ないはずだが……」
しかし明らかに、帯の位置が上がっている。
そして極めつけは、静かに茶を飲んでいた伊藤甲子太郎だった。
「……少々、動きにくいですね」
優雅な所作は変わらない。だが袴が、ほんのわずかに張っている。
なお、原田・永倉・斎藤は一切変わらない。
よく食べ、よく動く。
「理屈やってやつら いい加減だよなぁ」
永倉は腹を抱えて笑った。




