誠の犬、大きな世界への旅立ち
ある晴れた日の午前。
屯所の裏庭で、白い子犬が元気に駆け回っていた。
小さな身体でぴょんぴょん跳ね、しっぽを振る。
鉄之助がやって来る。手には、はじめての散歩用の紐。
その紐には、山南敬助の見事な手で、こう書かれていた。
――誠金福善導守護丸
「おお、似合うなあ」
「ええ。小さな庭を出て、大きな世界に、その第一歩を踏み出すのだなあ」
「この道の果てまでも、誠と忠を忘れず歩むのだぞ」
名付け親の三人――山南敬助、伊藤甲子太郎、武田観柳斎――が、整然と並んでいる。
それぞれ手を空に掲げ、まるで旗を振るかのように、シロの後ろ姿を見送った。
「行け、誠金福善導守護丸よ! 初散歩万歳!」
鉄之助も三人に向かって深く礼をする。
「行ってまいります」
「誠金福善導守護丸。今日は、外に出てみるぞ」
子犬は少し不安げに見上げたが、おとなしく首紐をつけられ、しっぽを振った。
「よし、行こうか」
屯所の外へ。小さな身体が、はじめての世界へ踏み出す。
しばらくして――
「シロ、そんなに嗅ぐな。引っ張るな、こら」
名付け親の目を離れれば、鉄之助の口から自然と出るのは、やはりその名だった。
子犬は、気にしない。
やがて屯所へ戻ると、門のところに近藤勇が立っていた。
「おお、シロ。散歩デビューか」
ふと首をかしげる。
「……ん? それ、 名前 シロじゃないんだなあ」
鉄之助は少し笑って答えた。
「はい。誠金福善導守護丸です」
近藤は目を丸くし、そして――
「ああ、立派な名前だなあ」
少し間を置いて、笑う。
「……どっちも、お前の名前だ」
頭を、優しく撫でる。
「散歩、楽しかったか」
「ワン」
しっぽが、大きく揺れた。
ふと振り返ると、見送りに立っていた三人が、静かに頷いている。
「まあ、シロと呼ばれるだろうな」
誰ともなく、そう言った。
「それでも、いい」
「名は、残る」
三人は、そっと犬の頭を撫でた。
しっぽが、またひとつ揺れた。
――誠の犬は、今日も少しだけ世界を知ったのだった。




