誠の犬 名付け騒動②
屯所の庭。ふわふわの白い子犬が座っている。
「誠金福善導守護丸! ごはんですよ!」
「誠金福善導守護丸! 散歩です!」
呼ばれるたびに、犬は嬉しそうに尻尾を振る。
――だが、やはりその名は長すぎる。
「おいシロ、来い!」
原田が呼ぶと、犬は一目散に駆けてくる。
「だめです!正式名称で呼んでください!」
鉄之助が慌てて止める。
「面倒だよなあ……おい、せいきん」
永倉はすでに省略している。
そこへ通りかかった伊東甲子太郎が、ぴたりと足を止めた。
「誠金福善導守護丸だ。きちんと呼びなさい。
名とは魂。正しく呼ばねば意味がない」
隣の武田観柳斎も頷く。
「本来は“白雲天翔守護霊獣丸”の予定だったのだが、
近藤先生がどうしても誠を入れたいとおっしゃるのでな。
それでもずいぶん簡略化した名だ。きちんと呼びなされ」
「へいへい」と永倉は受け流す。
「長いよなあ……おい、誠まる」
まったく覚える気はない。
そんな中、鉄之助だけは背筋を伸ばし、丁寧に呼んだ。
「誠金福善導守護丸。おまえはかわいいなあ」
犬はぴたりと反応し、鉄之助の足元へ駆け寄る。
それを見て、近藤が満足げに頷いた。
「うむ……見事だ。名は大事だ。思いがこもっておるからな」
そう言って、両手を大きく広げる。
「おいで! 誠忠義金徳福運善導守護白犬大明神丸!」
――名前が増えている。
「先生! 誠金福善導守護丸じゃないんですか!」
「おっ、そうだったか?」
「面倒くさいから短くなるのはわかるが、増えるとは……
さすが近藤さんだな」
永倉が妙に感心する。
結局、どう呼べばいいのか。
なんとも言えない空気が漂った。
その様子を横目に、最初から一貫している男が一人いた。
井上源三郎である。
近藤の兄弟子。腕はそこそこ、性格は温厚。
そして――まったく動じない。
井上はいつも通りに言った。
「ほらシロ、来い」
犬は全力で駆けてくる。
「井上先生!違います!誠金福善導守護丸です!」
「ああ?」と井上は首をかしげる。
「長ぇな」
「でも決まった名前です!」
井上は犬の耳をかきながら、のんびり言う。
「だって白ぇじゃねえか」
子犬は白かった。
井上はそのまま腹を撫でる。
「ほらな」
ぽん、と頭を叩く。
「お前はシロでいいんだよ」
白い犬は、幸せそうに尻尾を振った。
――こうして。
誠金福善導守護丸という、たいそうめでたい名の犬は。
いつのまにか。
シロと呼ばれていく




