誠の犬、名付け騒動①
近藤が連れてきた白い子犬は、
無事に屯所で飼うことになった。
世話役は、近藤の小姓・市村鉄之助(十四歳)。
だが、困ったことが一つある。
「……名前、ないのかなあ」
鉄之助は餌を持ちながら犬を呼ぼうとして、口を止めた。
「おい……えーと……犬」
犬は、首をかしげる。
「やっぱり不便だよねえ」
すると横から永倉が言う。
「適当に呼べばいいんだよ。拾ってきた犬だろ?」
「うむ、それはあんまりだろう。新選組の犬だし、
“シンセン”でどうだ」
斎藤が真顔で言う。
原田が腕を組んだ。
「いや、俺らが勝手に決めるのもまずいだろ。
近藤さんが拾ってきた犬なんだし」
「はい、そうですね。僕、聞いてきます」
鉄之助は近藤のもとへ向かった。
「局長、ちょっとよろしいですか」
「どうした、鉄之助」
「この犬なんですが……名前がないと呼びづらくて」
近藤は腕を組み、犬を見た。
犬も真面目な顔で見返す。
やがて近藤は、ぐっと頷いた。
「名前か……誠の犬だ……!
よし、ふさわしい名をつけねばならん!」
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その夜――
近藤勇は、隊内の教養人たちを集めて相談することにした。
呼ばれたのは、理知派で名高い山南敬助、理屈屋の武田観柳斎、そして伊東甲子太郎。
三人は腕を組み、真剣な顔で犬を見つめる。
その様子は、まるで藩の大事な軍議でもしているかのようだった。
「局長の犬ですからな」
と山南が穏やかに言う。
「それなりに縁起のよい名をつけるべきでしょう」
武田が頷く。
「ええ、隊の象徴にもなりうる」
山南が目を細めた。
「犬の名なら、昔から縁起の良いものがありますよ。
“福”とか、“吉”とかという字です」
「白い犬ですし……“誠白福”などはどうでしょう」
そこへ武田観柳斎が割り込む。
「いや、それでは浅い」
派手な袴がひるがえり、顔には決め顔の笑み。
「名付けとは、己の魂を犬に宿す行為。
陰陽五行の理にかなうものでなければなりません」
観柳斎は、やたら長い紙を広げた。
「白雲天翔守護霊獣丸」
すると今度は伊東甲子太郎が口を開く。
「ところで、この犬は壬生寺の裏で拾ったとのこと。
それならば仏縁の名がよろしい」
「“善導”“法円”“妙覚”など――」
そして、ふと思い出したように言った。
「実は私、江戸で犬を飼っておりましてな」
「それも……十匹」
「じゅ、十匹!?」
「ええ」
伊東は、少し誇らしげに言う。
「不動丸、金剛、大日、護法、雷蔵、仁王、阿修羅、蓮丸、毘沙門、覚心――」
流れるように名を唱えるその口調は、もはや完全に読経である。
「犬とは本来、畜生でありますが――
こうして御仏の加護を受ける名をつけますと、その名にふさわしく育つものです。
名付けとは、その犬に向き合う最初。
決していい加減に決めてはなりません」
場が、少し静かになった。
そこへ近藤が力強く言った。
「よくわからんが、素晴らしい!」
「この犬には――
誠の文字は、どうしても入れたい!」
すると武田がすかさず乗る。
「では、“誠善福吉白雲天翔守護霊獣丸”ではどうでしょう」
「うむ……いや、武士の犬であるからには忠義も外せん」
「いや、それより武運こそ重要だ」
「開運も入れるべきではないか」
次々と、想いが盛られていく。
そして――
「誠忠義金運武運招福護仏開運大願成就居士」
「……どうだ!」
「うむ、素晴らしい」
もはや完全に戒名である。
お茶を配っていた鉄之助が、恐る恐る口を挟む。
「……あの〜……長くないですか?」
「うむ、長いな」
山南が穏やかにうなずく。
「確かに長い」
伊東も真顔で同意する。
「だがしかし――」
武田が扇子をぱちりと閉じた。
「外すのも、惜しい」
三人は一斉にうなずいた。
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そして、三人の知恵を集めて決まった名前は――
「誠金福善導守護丸」
である。
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「いや、意味は非常に良い」
伊東が胸を張る。
「誠の志を持つ者に、金運と福をもたらし、善へ導き、守護する存在」
山南が補足する。
「つまりめでたい」
「うむ。“誠善福吉白雲天翔守護霊獣丸”も、
“誠忠義金運武運招福護仏開運大願成就居士”も捨てがたいが……
少々長すぎるきらいがある」
武田が満足げに頷く。
「これくらいなら、短くて呼びやすい」
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翌日。
犬小屋の前に、堂々と掲げられた命名札。
命名
誠金福善導守護丸
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隊士たちが集まり、首をかしげる。
「せいきんふくぜんどうしゅごまる?」
「まこときんぷくぜんどうしゅごまる?」
「せいきんふくぜんどうしゅごのまる?」
……誰も読めなかった。
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(……本当に、短いのかなあ)
鉄之助は心の中でつぶやく。
偉い人たちが一生懸命考えてくれた名前だ。
ありがたい。
ありがたい、けれど――
(呼ぶの、大変かも)
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その横で。
犬は、
ただ、ひたすら元気よく尻尾を振っていた。




