屯所の怪談と秘密の子犬
早朝。
沖田総司、斎藤一、永倉新八、原田左之助が、
いつものように素振りをしていると――
そこに、武田観柳斎がやってきた。
「皆さん、この古桜の話、ご存知ですか」
「?」
裏庭には、
一本の古い桜の木。
「実は何やら、その桜に、よからぬものがついたとの話が広まっておりましてな」
武田は、なんともおどろおどろしい口ぶりで話しだした。
「いやいや、詳しいことはこれから局長が話をなさるでしょうが……
その日
局長・近藤勇は、隊士たちを集め、真顔で言った。
「いいか。あの桜の木には、妙なものが出るらしい。近づくな。これは局長命令だ」
隊士たちは思わず顔を見合わせ、ざわざわと動揺する。
「妙なもの、って……?」
「詳しいことはわからぬのですが、
なにしろ千年の都、京の古木ですからな。
笑い事ではありませんぞ」
と、武田観柳斎。
「うむ、これ以上聞いてならぬ。とにかく近づくなよ」
と 厳しい顔で近藤が言う
隊士たちは「妖」「妙なもの」とか、
半信半疑ではあるものの
「局長命令だしなあ 」
と、裏庭には誰も近づかなくなった。
――その桜の木の陰で。
市村鉄之助は、
周囲を警戒しながら小さな箱を開ける。
そこからは、か細い声が聞こえてきた。
「クゥ……」
中には、白くて小さな子犬が丸まっている。
「ここなら大丈夫だと言われたけど……でも、泣いたら見つかるよな……」
と、鉄之助は頭を抱える。
犬は、まるで事情なんて知らずに、元気よく尻尾を振りながら、鉄之助の指をぺろりと舐める。
「うわぁ、こんなに可愛いのに、どうして隠さなきゃいけないのかなあ」
と、鉄之助は思う。
だがその姿――
深夜の裏庭で、あまりにも怪しすぎた。
⸻
物陰で見回りをしていた隊士たちが、ひそひそと声を潜める。
「……今、怪しい音?鳴き声のような?」
「ほらな、やっぱり妖怪だ!」
「桜の木だぞ、妖怪に違いねぇ!」
噂はあっという間に広がり、
「裏庭の怪音」「桜の木の妖」と、大げさに語られるようになった。
⸻
その一方で、鉄之助は日に日に疲れていった。
寝不足、気疲れ、隠し事。
顔色は悪く、目の下には深いクマが刻まれていた。
――そして、それを絶対に見逃さない男がい
る。
監察方・山崎丞は、ある夜、桜の木の陰で立ち止まった。
そこにあったのは、鉄之助が抱える小さな箱。
その中から覗く白い毛。
「……なるほど」
翌朝には、すべてが土方歳三の耳に入っていた。
ーーー
土方の執務室は、静まり返っていた。
正座する近藤勇の背中は、やけに小さい。
「勇。説明しろ」
低い声だった。
怒鳴ってはいない。それが、かえって重い。
「犬を拾い、
鉄之助に世話をさせていたそうだな。」
「……」
「しかも、こっそりと、
内緒にするために、怪談まで仕立てたと聞いている」
鉄之助は俯き、足元の箱をそっと抱え直す。
中で、子犬が小さく寝息を立てていた。
「確認する」
土方は淡々と続ける。
「今回の件は、新選組局長の不始末だ。
外に漏れれば、洒落にならねぇ」
鉄之助は震えながら頷いた。
「で」
土方の視線が、近藤に戻る。
「なんで、こんなことをした」
近藤は少し間を置いて言った。
「……犬を飼うと言ったら、お前が怒ると思ってな」
腕の中には、小さな白い犬。
状況など分からず、尻尾だけは元気に振っている。
「当たり前だ!
おまえも知ってるだろ…総司が、…子供のころ…」
土方は腕を組む。
「あのときのこと、忘れたのか…」
「総司は獣の毛に弱い。咳で済む保証はねぇんだぞ」
「それでもだ…」
近藤は犬を見下ろした。
「こいつと目があった…
こいつも、命だろう?」
「……捨てろ」
即断だった。
近藤は言葉を失う。
「今すぐだ」
「凶器だと思え」
土方は感情を交えずに言った。
「部下の命を危険に晒すわけにはいかねぇ」
そのとき、障子の向こうから声がした。
「何の話です?」
沖田総司だった。
近藤の腕の中を覗き込み、
「……あ、犬だ」
「触るな」
土方が即座に言う。
ー
「触りませんよ、」
沖田はあっさり笑った。
「見るだけです」
犬と目が合い、犬は全力で尻尾を振る。
「大丈夫ですよ、僕も もう子供じゃない。
自分の身は守れます。」
沖田は穏やかに言った。
「世話係から僕は はずしてくれればいいだけです。」
その一言で、空気が少しだけ緩んだ。
結局、犬は屯所の裏手に繋がれた。
総司の部屋からは、きっちり距離を取って。
近藤は犬の頭を一度だけ撫でる。
犬はよく分からないまま、勝った顔で尻尾を振っていた。
桜の木の怪談は、その夜を境に消えた。
残ったのは、
秘密ではなくなった白い子犬と、
少しだけ賑やかになった屯所だった。
やらかし 新撰組に ニュースター 子犬の登場です。
ますます 賑やかな新選組屯所 次回もお楽しみに




