市村鉄之助の試練
「――市村鉄之助」
土方の
低い声が、背後から落ちた。
「は、はいっ!」
振り向いた瞬間、鉄之助は悟った。これは怒られる前の声だ。
「色のつかないリップを探してこい」
「……え?」
「無色だ。透明だ。ピンクは二度と持ち帰るな」
「は、はい……!」
鉄之助は深く頭を下げ、屯所を飛び出した。
——京の町。
(リップ……透明リップってどこで売っているんだろう?
ピンクのリップは小間物やで見つけたけど、
あの色しかおいてなかったなあ。
専門の化粧道具屋にいかないとダメかもしれない。)
数え14歳
思春期になる一歩手前の少年にとって、
「化粧道具の店に入る」という行為は、ほぼ試練だった。
(見られたらどうしよう…
…“あの子、口紅買ってる”とか思われたら……)
足が止まる。
引き返しかける。
しかし——
(局長の口……)
全力ピンクの近藤勇が脳裏に浮かんだ。
(……やるしかない!!)
鉄之助は意を決し、暖簾をくぐった。
「い、いらっしゃいませぇ」
店の奥から現れたのは、にこやかな店主。
(目を合わせるな、目を合わせるな……)
棚に並ぶのは、赤、桃、桜、梅、苺——
(全部色あるじゃん!透明どこ!)
鉄之助の心の中で、悲鳴が上がる
「……あの」
声が裏返る。
「く、唇が……その……荒れる時に使う……えっと……色が、つかない……」
「透明の油かい?」
「そ、それです!!」
店主はにこっと笑い、一本差し出した。
「これなら安心だよ」
鉄之助は両手で受け取り、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます!!」
店を出た瞬間、思わず小さくガッツポーズ。
(やった……俺、やったぞ……)
その帰り道。
鉄之助は、ほんの少しだけ胸を張って歩いていた。
——屯所。
「これです……色なしです……」
差し出された一本を見て、土方は頷いた。
「……よし」
「よくやった」
「……!」
褒められた。
ほんの一言。
少しだけ大人になった気がした市村鉄之助14歳であった




