十一
右腕が上がらない。
真っ先に狙われた僕の利き腕は、目にもとまらぬ速さのシュンによって簡単に使い物にならなくなってしまった。
急に身体が重くなったと思ったら、右腕が圧力でひしゃげた。
激痛を感じたその後は、感覚すらなくなっている。
すでに、ただ垂れ下がっているだけの肉と化していた。
呼吸がしづらい。
何度も殴られ、きっと肋骨はボロボロだ。
それに加えて、不思議な技を使われてしまい内臓もひどいことになっているだろう。
触れただけで、体の内側が爆発したような衝撃がはしった。
触れることさえ許されないなんて、どうしろというのだ。
左足は、見えない刃に斬られた。
これ以上なくらい綺麗な断面だったから、何らかのスキルなのかもしれない。
断面がきれいすぎて血もでない。
意味が分からないけど、これで僕は機動力を失った。
反対に、僕の攻撃はまったく届かなかった。
否。
届かないのではない。
何もさせてもらえなかった。
動こうとすると、すぐにシュンが傍にやってきて僕を攻撃する。
思考すら読まれているのかと錯覚するほどに。
文字通り、私刑だ。
シュンによる刑が執行される。
あのままではおそらく死ぬしかなかっただろう。
だが、偶然にも、建物が限界を迎え崩れ落ちた。
その崩壊に巻き込まれたシュンの視界からそれた僕は、レイカを連れて逃げようとした。
だが、動けない。
声も出せない。
何もできない。
そんな状態でレイカを助けるだなんて不可能だった。
それをわかっていたのだろう。
レイカはすぐさま僕に近寄ってきてくれて、抱き起すと、本の世界への入り口を開く。
「エンド様。生きてくださいませ」
閉じていく入り口。
狭くなっていく視界に移ったのは、怒りの形相で僕らに迫るシュンと、両手を広げて立ちふさがるレイカの背中。
「逃げるな、クソガキがぁ!!!」
「ここは通しません!!」
二人の叫びが、耳に突き刺さる。
僕は、手を伸ばし、レイカを連れて帰ろうとするけど、届かない。
僕の手は決して届かない。
守らなければならない人を守れず、ぼろぼろになり。
僕は。
僕は――。
――――
「レイカっ!! ――ぐぅ……」
目を開けると、そこは見慣れた天井だ。
僕らの国にある、僕の屋敷。
その大広間の真ん中に僕は寝かされていた。
「おい! 早く治癒スキル使えるやつ連れてこい!! 薬草でもなんでもいい! ありったけだ!!」
「変装ができるやつは、急いで人間の街からポーションを買ってくるんじゃ! いくら金を使っても構わん! とにかく大量にじゃ!」
「部位欠損を治せる人はいないの!?」
「そんな高位の治癒スキルもち、いるわけない!」
「なら、どうしろっていうのよ! このままじゃエンド様が!」
「なんでもいいから、とにかく何とかしてくれ! このままじゃ――」
僕の周りをせわしなく動いているみんな。
皆、必死の形相で僕を助けようとしてくれている。
でも、僕だけじゃだめなんだ。
僕だけじゃ。
レイカがここにはいない。
きっと、彼女は僕を庇ってくれたんだろう。
二人一緒に入り口を通ったのでは、シュンは無理やりこっちにきたかもしれない。
そうなれば、この国は終わりだ。
だからこそ、彼女は自分の命をかけて僕を逃がしてくれた。
つまり。
僕は守れなかったのだ。
大事な人を。
守らなければならない人を。
単に、ここの国の人だから、というわけじゃない。
孤児院が燃やされ。
すべてを失った僕をずっと支えてくれたレイカ。
そんなレイカを僕は守れなかったのだ。
そう。
守れなかった。
「ぐ……うぅ……」
思わず漏れ出たうめき声に、みんながようやく気付く。
「おい! エンド様が気づかれたぞ! とにかく治療を進めるんだ! あと少しだ!」
「エンド様! 一体何があったのですが! レイカ様はどこに!?」
「エンド様に死なれては、我らはどうなるのですか! 生きて! 生きてくださいませ!」
無事を祝う言葉が。
身を案じる言葉が。
僕に期待する言葉が。
今は重い。
どうしようもなくうっとうしくなった声を頭の中でかき消すかのように、僕は目をつぶり一人の女性の名前を呼び続ける。
レイカ。
レイカ。
レイカ…………。
止めようのない涙が溢れた。
拭う気力さえ、今の僕には残されていなかった。




