十
「おい、君!!」
「エンド様!?」
伯爵とレイカが同時に叫ぶ。
僕は咄嗟にしてしまったことに愕然としつつも、自分の手を見つめていた。
その手は熱を持ち、人を殴りつけた痛みがじんじんと残っている。
だが、気持ちは晴れやかだ。後悔はない。
「なんてことをするんだ! シュンを怒らせたらどうなるか――」
「僕だって、怒っていますよ」
その言葉に、伯爵は言葉を飲み込んだ。
レイカも、僕に伸ばしかけていた手を引っ込める。
「エ、エンド様……」
「彼は僕の町……いや、国の人民に手を付けようとした。許されることじゃない。何より、僕は僕が大事なものを誰かに分け与えようなんてこれっぽっちも思っていない。だから、オリーン伯爵。僕は、国として認めてもらえないなら、真正面から対立することを選びます。伯爵は、そのつもりではなかったようですが」
伯爵は、ごくりと唾を飲み込む。
そして、渋い顔の皺をさらに深くさせて口を開いた。
「後悔……しないのだな? 私は敵となるのなら、容赦はしない」
「後悔するなら彼を殴るまえにしています。これ以上話しても仕方ないでしょう。失礼します」
僕はそういって立ち去ろうとする。が、部屋を出ていこうとする僕に声をかけるものがいた。
シュンだ。
「おい、待てよ、てめぇ」
「なんですか?」
彼は、鼻から血を流していた。
だが、その目には爛々とした狂気が混じる。
それが怒りとないまぜになり、僕を貫く視線となっていた。
「誰に手、上げたと思ってる。そのまま帰れるだなんて思ったいないだろうな」
「やることがたくさんあるんです。邪魔しないでもらいたい」
「糞がぁ!!」
彼は地面を蹴った。
いや。
きっと蹴ったのだろう。
僕には見えなかった。彼は視界から消え、唐突に後頭部に衝撃がはしる。
「ぐっ――」
倒れそうになるのを寸前のところで堪え振り向くも、そこにはシュンはいない。
「はっ! こっちだよ!!」
今度は背中に衝撃だ。
耐えきれずそのまま壁まで吹き飛ばされてしまう。
身体に痛みが走る中、僕は驚愕していた。
あのすさまじいガルガの速さにも対応できた僕が、彼の動きを待ったく目で追えないのだから。
何が起きているかわからない。
けれど、確かに僕は床に転がっている。
彼は、強い。
「口ほどにもねぇな!! そんなんで大事なものを守りたいだなんて笑っちまうんだよ!! めんどくせぇ。お前、ここで死ね」
これが殺気か。
エンドが生まれてはじめて感じた圧力。
息をすることも難しくなるような、圧倒的な絶望。
それが自分に向けられているのを感じ、寒気が走る。
きっと、そんな僕の気持ちがわかったのだろう。
レイカは僕を庇うように飛び出すと、ナイフを取り出してシュンに向かっていった。
「へぇ……愛されてんな」
「エンド様! 逃げて下さい! 早く!!」
だが、僕は動けなかった。
一瞬でレイカはシュンに捕まり、首に腕を回され締め上げられている。
うめき声が漏れ出ており、その苦しさがこちらまで伝わってくるようだ。
シュンは残ったほうの腕でレイカの胸を鷲掴みにし乱暴に揉みしだいている。
瞬間。
僕の視界が真っ赤に染まった。
「レイカ――がぁ!!!!」
「動くんじゃねぇよ、お前はよ!」
やはり、目にもとまらぬ速さでシュンが真横に現れると、僕の顔面を蹴り上げた。
動くことさえできない状況。
打開策が思いつかない。
「悔しいだろぉ? 自分の女を踏みにじられる感覚はどうだよ、ガキ。最初っから猫連れてくりゃよかったんだ。そしたら、田舎で細々と生きるくらいはゆるしてやったのによぉ!! はっ!!」
頭から流れてくる血を拭う。
僕の視界には、愉悦の笑みを浮かべているシュンと、泣きそうな顔をしているレイカ、そして頭を抱えているオリーン伯爵が見えた。
「いいおっぱいしてんなぁ――って、なんだこれ。お前、人間…………じゃねぇな?」
突然の指摘にレイカの顔が強張った。
なぜわかるんだ。
人間と全く変わらないはずなのに。
そんな感想を見透かすように、シュンは僕を睨みつけた。
「もしかして……お前が独立させたい村……ただの開拓村じゃねぇな」
先ほどとは違う視線。
さっきまではおもちゃをもてあそぶような視線が、今は獲物を捕らえる視線のように獰猛で鋭い。
あぁ、このままじゃだめだ。
理由はわからない。
けれど、すぐさま力を振り絞り、僕はシュンに特攻する。
「もしかして、お前――」
――メイカーか。
「うわあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
必死の咆哮とともに特攻した。
生まれて初めて必死であがいた僕は、当然のように蹂躙された。




