九
入り口とは反対側の隅。
そこにはいつの間にか男が立っていた。
年のころは僕よりも少し年上だろうか。
彼は、腕を組み、そして僕らを見下ろしていた。
彼の存在に全く気付かなかった僕らは、思わず身体を強張らせてしまう。
「なっ――、シュン! どうしてここに!」
「いいだろ? 別に。この部屋は立ち入り禁止って言われてないんだから」
「そういう問題じゃない! お客様を招いているんだ。非常識にも程がある……」
頭を抱えた伯爵は、僕らに体を向けた頭を下げた。
「無礼な物言い失礼した。彼は、今我が伯爵家の賓客として招いているものでね。まあ、いささか発言は大胆だが悪い奴じゃない。気を悪くしないでくれ」
そうはいっても、村をつぶすって言ってたけど?
そんなものは到底容認できるものじゃない。
きっと、僕の表情が強張っていたからだろう。伯爵は、シュンと呼ばれた男をたしなめるように話していた。
「そう簡単じゃないんだ、シュン。んー、村の長を目の前にして言うことじゃないが……」
伯爵はちらりとこっちを見て、小さく息を吐いた。
「これじゃあ交渉がおじゃんだな……。まあ彼らも分かっているだろうから説明するとだね。彼らは僕らにはない名産品を持っている。そして、それらをただ支配して手に入れるのは難しい。もし、彼らしかしらない植物の栽培方法や布の作成方法があったらどうなる? せっかく街の近くに名物ができるんだ。それをつぶすのは惜しい。だが、彼らの要望をすべてのむのは、利益を最小限にすることに他ならない。ましてや、国の独立を認めるほど私には権限がないからね。だから、一番よい形なのは彼らを僕らの領地が管理する村に収まってもらえることなんだ。わかるかい?」
「理屈としてはな。だが、こんな現実もわかってなさそうなクソガキに気を使う必要なんざない。もしかしたらどこぞの政敵の手下かもしれない。なら、潰しておくに限る」
「可能性としてはない話じゃないが……」
シュンの過激な物言いに困っている伯爵。
だが、シュンの言うことも間違いじゃない。
僕らが、密偵のようなものであれば、彼の選択が一番正しいのだろう。
突然の来訪者に場を乱されたが、僕は僕の望みを素直に告げることにした。
「失礼します。確かに、シュン様の言うことはもっともです。信用ならないのは当然だと思います。ですが、やはり獣人族達の安全は守りたいのです。国に陳情していただけるだけでも構いませんから、どうにかなりませんか?」
「しかしだね――」
「獣人!? 今、獣人って言ったか!?」
獣人という言葉に声を荒らげるシュン。
彼は、興奮した様子で無遠慮に僕に近づいてくる。
「なんだよ! 獣人っていうなら話は別だ! なぁ、猫はいるか? それとも兎!」
いきなりの問いかけに咄嗟には答えられない。
だが、僕に顔を近づけて必死な形相で声をあげるシュンの言葉にようやく理解が追いついてくる。
「え? えっと……兎はいませんが、猫人族はいますよ? それが何か?」
「ははっ! そりゃあいいや! なら俺に猫人族の女を何人かよこしてくれよ! そうすれば、俺が直接王城にでも今の提案を持ち込んでやるよ!」
「な、シュン!!」
「あ? なんだよ、伯爵」
「そんなことを勝手に決められては困る! 私はここの領主だぞ? そんな要望を通されては立場というものが――」
「うるせぇな。別に俺が個人でやるんだ。問題ないだろう?」
「おお有りだろう! 陛下にだって何を言われるかわかったもんじゃない」
伯爵が焦ったようにシュンを止めている。
だが、シュンは猫人族のことで頭がいっぱいなようだ。
「この世界に来てから獣人に全然会えてないからなぁ! いたとしても既にボロボロか、誰かのもんになってるか……。あ! できれば処女がいいな! っていうか、猫人族をいいようにできるなんて、そんなの最高だよな! なぁ、お前もそう思うだろ?」
そう言って、僕の肩に手を置こうとしたシュンだったが、その手が僕の肩に乗ることはない。
僕は咄嗟にその手を払いのけていたからだ。
「あ?」
その行動が癇に障ったのだろう。
突然シュンがまとった鋭い雰囲気に、部屋の中の空気ががらりと変わる。
ピンと張りつめたような空気が、その空間を支配した。
「なんの真似だよ」
「僕の世界の住人に手出しはさせない。そんなこと、許すはずがない」
「何言ってんだ。たった二、三人だろ? それのどこが悪いんだよ」
「人数の問題じゃない。僕が作り上げた世界で、僕が守ろうと決意したものたちだ。誰にも、理不尽に手を出させるわけにはいかない」
「へぇ……それって、俺を誰だか知ってて言ってんのか? もしそうならお前は大馬鹿だと思うけど」
レイカを一瞥するも、彼女は首を横に振る。
何も言わずにシュンを睨みつける僕を見て、彼は僕を鼻で笑った。
「知らないなら教えてやる……。俺は、勇者だ」
「ゆう……しゃ?」
聞き覚えのない言葉に、僕は困惑しかなかった。
そんな僕を見かねたのだろう。
オリーン伯爵が横から解説を加えてくれる。
「数年前。突然現れた男、シュン・スメラギ。彼は、冒険者としてあっという間に頭角を現し、まもなくドラゴンを討伐することに成功した。シュンは、数えきれないほどのスキルを操ると言われており、千の技を持つ男と言われている。千技の勇者とか、ドラゴンキラーだとか呼ばれているのが彼だ。この国で、最も有名なものの一人だろう」
伯爵の説明を聞いて気をよくしたのか、彼は笑みを浮かべて僕の顔を覗き込んだ。
「そういうことだ。わかったか? だから、俺が頼んでやれば王のやつだって首を縦に振るかもしれねぇ。だから、さっさと女を連れてこい。猫人族の女をなぁ――がっ!!」
「なっ――!!」
「エンド様っ!?」
次の瞬間。
彼は、床に転がっていた。
どうしても我慢できなかったのだ。
僕が守るべきものを欲しがる彼の存在が。
僕はついついイラっとしてしまい、彼の顔面を殴りつけていた。
彼はそのままぴくぴくと手足を動かしながら、床に頭をのめり込ませていた。




