八
数日後。
エンドが向かったのはサンタモスカの街にある領主館だ。
そこは、この街を治めるノルベルト・オリーン伯爵が住んでいる。
もちろん、前もって前触れは出しているし、手土産も忘れていない。
レイカと二人。
敵地に乗り込むのだ。
僕らは館の前にたたずんでいる門兵に声をかける。
「失礼。オリーン伯爵と約束があり参りました。よろしければ取り次いでもらえますでしょうか?」
門兵は僕らの姿を見て訝し気な表情を浮かべたが、淡々と言葉を返してくる。
「名を聞こうか」
「はい。私はエンドと申します。私達が作った街について協議をしたいと伝えてもらえると」
「新しい街? ……ふぅん。まあいいだろう。少し待っていろ」
しばらくすると、奥から出てきたのは執事だ。
彼は丁寧な挨拶をして僕らを館の中に招き入れてくれた。
穏やかな態度とは裏腹に、その背中からは鋭さが感じられる。見た目通りの人ではないのだろう。
「ご主人様はまもなく参ります。しばらくこちらでお待ちください」
「はい、ありがとうございます」
そう言って通されたのは、それなりの広さを持つ客間だ。
皮張りのソファや豪華な装飾品からは、伯爵の持つ力の強さが窺える。
僕は、レイカを経たせたまま促された席に座った。
出された紅茶は、かぐわしい香りを放っている。
「一応は歓迎されているのかな?」
「どうでしょう。いい金づるだとは思われていそうですね」
一言、二言言葉を交わした僕らだったが、突然開かれた扉にすぐに口を閉じることになった。
「よく来てくれた。私はノルベルト・オリーンだ」
胸を張り、堂々とした態度で現れたのは伯爵本人だった。
短めな髪を横に流しており、精悍な顔立ちは好印象を与えてくれる。
がっしりとした体躯であり、決してたるんだ生活を送っているわけではないようだ。見たところ四十代というところだろうか。
身体が崩れても当然なのに、それがみられない。
僕はすぐに立ち上がると、レイカから教わった貴族の礼をした。
「こうしてお会いしていただきありがとうございます。私はエンド。この度、サンタモスカの街の傍に国を作りたくご相談に参りました」
僕がそういうと、オリーン伯爵はにやりと笑みを浮かべ、ソファに腰を掛けた。
「君もかけたまえ」
その言葉を聞き、僕もソファに座り込む。
「ふむ。いきなり話を核心に持っていくのは感心しないが……言いたいことはわかった。まあ私も忙しいし、好都合だろう」
伯爵は紅茶を口につけると、すぐに前を向く。
「君の言う話だが……部下に視察に行かせたところ森を開拓した様子はなかったし、なにより開拓村が国を名乗ろうなどとは無茶も過ぎる。だからこそ、我が領地の中の村として扱うという話なのだが、理解はできたか?」
その視線は思ったよりも真摯な印象を受けた。
書かれている条件はひどいものだったが、たしかに開拓村として存在を認めるというふうに取られるならばおかしいものじゃない。
だが、僕の世界は開拓村じゃない。
そこに住む人たちが安寧を求める場所だ。
誰かの介入をよしとできる場所じゃないのだ。だからこそ、僕は伯爵の提案を飲むわけにはいかない。
「もちろんでございます。ですが、我が町の構成は獣人達となっています。彼らが安住できるようにするには、人間達の法が適応されるのはあまり都合がよろしくない。ですから、国として独立したいと思っているのです」
「それなのだが……。君は特別な性癖でも持っているのかい? 獣人なんぞ、獣と変わらん。それよりも、彼らの労働力を十全に生かすほうが有意義ではないか」
「彼らは一緒に生きていくための仲間です。決して奴隷や労働力とは違います」
「ふむ……。まあ、そう思うのは自由だが、な」
伯爵は僕を見ながらじっと考え込んでいるようだ。
しばらく見つめあっていると、彼はあくまでしずかに口を開いた。
「つまり自治をしたいということだろう? だが、すべてを自分の村で賄うのはつらいものがあるだろう。森の中には凶悪な魔物も多くいる。村人を守りながら運営していくのは思いのほかつらいものだ」
「よくわかります」
「であるならば、こういうのはどうだ? 自治を認めよう。こちらからの役人の派遣は行わない。その代わり、我がオリーン家の庇護下に加わるといい。税金を徴取しなければならないが、村は守られるぞ。どうだ?」
当然の提案だろう。
そして、僕が開拓村の村長であるのなら、自治を認めるというその言葉に一も二もなく飛びついたかもしれない。
だが、僕らは決して守ってほしいわけじゃない。
ただ単に、自分達の利益を守りたいだけなのだ。
きっと僕は欲張りだから。
彼らが頑張った分だけ、しっかり彼らに還元されないと嫌なんだ。
「申し訳ないのですが……私が望むのは国としての独立です。守ってもらいたいとは思っておりませんし、なにより、その必要はありません」
「その必要はない、だと?」
「はい。自治をするうえで必要な武力はあると自負しています」
「つまり武力をもっているということか? 私の街の隣に国を作り、武力がある。聞いたところによると、珍しい果物や布も名産としてあるらしいな……何を企んでいる?」
と、まあこんな展開になるのは予想はしていた。
おそらく最初は村として傘下に入ることを要求されるだろうことを。
反論として、武力と名産があるという話になれば、剣呑な話になるのは避けられない。伯爵が僕達の産業を知っていたのは驚いたけど、おかしい話でもない。
商人の間ではあたりまえに周知されていることなのだから。
「住民達が安心して生きていける国づくりを……。もちろん、このサンタモスカの街とは友好な関係を築き、貿易などもしっかりと行えればと思っております。知っての通り、私達が作る果物や布製品はとても珍しいものです。それを直接やりとりができるサンタモスカの街は、国の中でもより有利な立場に立てるでしょう。港を使った貿易が、すこしばかり運搬費が安くなると思っていただければ幸いです」
「言っていることはわかるが……」
しかし、認められないのもわかる。
自分の街の隣に国ができる。
そんなことを認めたらどうなるのか。普通な考えるまでもないものだ。
領地の利益はその領主のもの。ひいては、国の利益となる。
突然現れた輩が、そこを自分のものだと主張しているようなものだ。僕らだって非常識なのは理解している。
だからこそ、できる限り協力しあえればと思っているが、おそらくその権限は目の前の伯爵にはない。
しかし、この話を国の上層部に伝えるか伝えないか。
まずは、そのスタートが切れればいいと思うんだが――。
「ノルベルト伯爵。下らなすぎるんじゃないか? そんな小さな村ならさっさと潰して、果物も奪えばいいんだ。獣人も奴隷として売ればいい。そうすれば大儲けだろう?」
部屋の隅には、確かにいなかっただろう男が立っていた。
その男は、不機嫌そうな表情で僕らを見下ろしていた。




