蟠りの少女
正直、シャロンは復讐なんてものには興味がない。
もしかしたら、人によってはクレマンやら生家やらにやり返してやりたいと思うかもしれないが、特にそういう衝動はなかった。
というか、それよりもシャロンは、とにかく生き延びたい。
可能な限り長く、できれば平和に。
だって、シャロンはクレマンとミリアーナの子供だが、何も悪いことはしていない。したのは親である。
まあ、連座の罪はあるかもしれないけれど、それにしたって理不尽だと思う。ほんの少しの温情はあっていい。
ということで、シャロンは国王陛下に手紙を出した。何度も、何度も、何度も。
そして、何百通めかに許可を得て、教師をつけてもらうことができた。
前世、王太子妃として生きた記憶はあるが、この身体はまっさらだ。
知識を身体に落とし込むため、勉強やマナー、ダンスや剣術まで幅広い分野を学んだ。
前世の知識のお陰で、教師たちが驚くくらいには優秀な出来だったと思う。
限られた場所、限られた環境。でも、学べるだけのすべてを学び、高い水準を保った。
前世では剣術などは未経験だったが、意外としっくり合ったのは嬉しかった。
クレマンは、離宮の別の部屋にいるが、ほとんど顔を合わせない。
たまに会えば、記憶より窶れた彼は決まってミリアーナの名を口にした。
何度も『ミリアーナに似ている』と言い、彼女と同じ薄桃色の髪を撫でるのだ。
顔立ちもそっくりだ。食べたいくらい可愛いね、ミリアーナの娘は。
日々忙しくなったシャロンは、クレマンと会う機会が減ったことにホッとした。
彼の傍にはいつも決まった女性たちが侍っていて、それが彼の『仕事』だと察せられたのも理由の一つだ。
とにかくシャロンは学び続け、変わり映えのない日々にも挫けることなく前向きだった。
しゃべる相手がいないので無口で表情も乏しいが、淑女らしく微笑む術は身についている。
衣食住は、王族としては華美ではないが、必要最低限は整っている。
ただ息をしているだけの存在でいるのは、プライドが許さなかったとも言う。
シャロンは、自分の価値を上げたい。
決して見過ごされないくらいに。確実に、次の場所へとつながるように。
そうして努め続けるシャロンの元に招集の命が下ったのは、前世を思い出して十を数える年だった。
絢爛な城内を歩きながら、新鮮さ半分、懐かしさ半分という心地のシャロンは、落ち着き払っていた。
最初から今も、護衛という名の監視兼刺客が数人配置されているし、侍女たちは相変わらず目元しか見えないとはいえ。
身なりや振る舞いを正し、身を守る術を学んだシャロンには、それなりの自信がある
この数年で、シャロンはありとあらゆる情報も手に入れた。
当時、王太子による王太子妃殺害に、陛下は激怒。貴族たちには激震が走った。
王家は、気に入らない人物を私刑に処すのかと思われても仕方ない所業だった。
クレマンは、王太子の座を剥奪の上生涯幽閉。
ミリアーナは、姉の処刑を目前で見せられたことで気を病み、お腹にいたシャロンを産んだ後に自死。
シャロンは、産まれた瞬間から父と共に幽閉の身となる。
生家の侯爵家は、遠縁から当主を挿げ替えた上で、子爵まで降格された。
また、積極的に処刑に賛同した当主と後継は、終身強制労働が課せられたらしい。
不義を騙った騎士は、賭事による借金の肩代わりを約束されていたことが背景にあったが、不敬罪により処刑。
騎士の生家だった伯爵家は、一家離散となった。
王家は王弟の息子が立太子しているため、後継問題は片づいたと見られる。
まあ、諸々の蟠りはあるだろうが。
────たとえば、シャロンとか?
目下の問題は、元凶であるクレマンとミリアーナの子供であるシャロンをどうするか、だろう。
悩ましいだろうな、とは思う。同時に、愉快だとも。
だって。あの時。
レミアが最も苦しんだあの時、この中の誰もが、何もできなかったのだ。あるいは、しなかった。
権力者たちが揃いも揃って、後手に回った。
「仕方ないよねえ……?」
復讐なんか考えていない。そんな暇はない。
でも、ちょっとの意趣返しにはなるだろうか。
口の中だけで呟くシャロンの怒りに、気づく者はいない。




