悩みの種
シャロンの進退を決める会議、という名の意見会は割れていた。
曰く、王子の子とはいえ不義の子。いかなる権利も与えるべきではない。
曰く、当時生まれてもいない子に罪はない。加えて、父は未だ王族籍であるゆえ、王族と認めるべき。
ゆるりと笑んだシャロンは、一人立たされたままだ。
ようやく気づいた王太子(王弟の子)が椅子を勧めたが、曖昧に首を傾げると引き下がった。
「そなた、名は」
わかりきっていることを、しかし陛下に求められたという形で、発言の許可を得る。
「シャロンと申します」
「ああ。……そなたは、自分の立ち位置をどの程度理解している?」
「概ね」
「では、そなたはどう考える?」
なぜ本人に問うのか。試す意図を持ったそれに、彼女は表情を変えない。
レミアとして、王太子妃として生きた記憶のお陰だ。
「クレマン王子殿下の処遇によるかと」
「……というと?」
「殿下は今現在、明確に咎人というわけではございません。幽閉はされていても廃嫡ではなく、断種の措置もない。王族の血筋を残す役割は未だ担っております」
王族の数があまりにも少ないから、言い方は悪いが、種馬としての役割は残っている。
定期的に女人が与えられていることも、今世では母の異なる妹が一人いることも、シャロンは知っていた。
王太子はまだ未婚のため、彼が婚姻し子ができるまでは、スペアとして生かされるだろう。
だとすると、クレマンを罪人とするわけにはいかないのだ。
仮にも、王族のスペアを生み出すのだから。
「ですから、殿下が咎人となれば、わたしも咎人でしょう」
「……そうだな」
つまり、クレマンを罪人と扱わないうちは、シャロンをそう見なすことはできない。
王族のスペアとして、本来の思惑の通りに、動かすしかないのだ。
シャロンが愚かだったならば、こんなに難しくはない。
しかし、教養や訓練を与えても構わないと判断したのは陛下であり、シャロンはその通り学んだに過ぎない。
────悩ましいでしょうねえ。
手の届かない場所にやるのも、手の内に置くのも、同じだけリスクがある。
いっそ笑い出したいほど滑稽なのは、この場の誰もが現状を想像すらしなかったことだ。
ありとあらゆる可能性を想定し、その時々で判断を迫られるのが、国政というものなのではないか。
その場しのぎの案で後回しにするから、予想外なことに狼狽えている。
「政略結婚などはいかがでしょう?」
だから、シャロンはそんな提案をしてみた。
みなが化け物でも見るかのような目を向けてくるが、これくらいが妥協点ではないだろうか。
「そこそこの家門、ないよりはマシ、くらいの縁で構わないと思います。王族のスペア、継承権も権限もない状態ならば、条件に合う人がいるのでは」
「……そなたは、あれだな。自分を駒のように考えるのだな」
王太子の言葉に、シャロンは内心首を傾げた。
駒だなんて思ったことは一度もない。レミアはともかく、シャロンは、一度だって。
むしろ、かつてなく己の欲のまま生きている気がする。
もちろん表には出さないし、今だって表情は動かさないけれど。
ではその方向で、なんて会議はなあなあに終わり、シャロンは踵を返した。
「シャロン嬢」
「王太子殿下。ただのシャロンでございます」
「ああ……シャロン。惜しい人だ。生まれさえ違えば、私の隣に立ってほしかった」
ふ、と口の端が上がる。どこか妖艶な笑みに、王太子は息を飲む。
「お戯れを」
そのまま去る背中を、少々熱のこもった視線が追いかけた。
────冗談じゃないわ。
殺せ、早く殺せ。囃す声は、今も耳の傍から聞こえる。
剣が持ち上がる風切り音、誰かが息を飲み、一瞬の静寂。
戦慄きと恐怖が麻痺し、諦観と絶望と歓喜が入り交じり、笑みがこぼれた。
わたしが死ねば、あいつらは逃げ切れない。
「何を焦っておいでか」
ガチンと強い音と共に剣が弾かれ、シャロンは動きを止めた。肩で息をする。
剣術の指南役である騎士団長は、レミアの記憶にもいる人だ。
だいぶ年齢を重ね、若手近衛騎士から今や騎士団長にまで上り詰めたが、厳しい顔つきはあまり変わらない。
当時、外遊中の陛下の護衛だった彼は、レミアの危機に駆けつけることはなかったけれど。
荒い息を吐きながら、力の入れすぎで震える手を揉む。
久しぶりに最期の時の悪夢を見て、落ち着かなくて剣を振っていたのだが、筋がぶれたところを止められてしまった。
「そのように乱れた筋なら、振らぬ方がマシです」
「……そうですね」
そんなことはわかっているのだ。でも、我武者羅に発散したくなる時が、この人にはないのだろうか。
いつも堅苦しく、逆に言えばシャロンを王族扱いする騎士団長は、常に敬語を崩さない。
とはいえ、訓練は馬鹿みたいに厳しいのだけれども。
「何を焦っておいでか」
もう一度問いかけられて、シャロンはうっすら笑った。
私室以外、唯一自由に出入りできる裏庭は、高い塀で囲まれてはいるが人気がない。
もちろん離れた場所には護衛兼監視がいるが、騎士団長がいる時はさらに距離を取る。
しかし、だからといって、なぜ心の内側を見せると思うのか。
レミアの記憶があるとはいえ、今は幽閉された王子の娘であるシャロンの味方になど、誰もなり得ないのに。
「何も」
「ご冗談を」
「そちらこそ」
弾かれた剣を広い、傷などを確認して鞘に戻す。
塔に向かって歩き出すと、また背中に声がかかった。
「私は口のない無機物になりましょう」
気遣う意図の発言だとわかっていて、シャロンはやっぱり笑う。
「声を大切になさって」




