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神々は無職を選んだ  作者: 夜凪 灯
第二章 神なき力の目覚め
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神託ログ22『神様たち、子どもの嘘を見抜けない』

 レンがその少年と再会したのは、大神殿の倉庫で最後の棚を修理していた時だった。


 正確には、再会する前から気づいていた。


 扉の向こうで、誰かがこちらの様子を窺っている。


 廊下を歩く足音が近づいては止まり、しばらくすると遠ざかる。それが三度ほど繰り返されたところで、レンはとうとう工具を置いた。


「……なあ、ヴォルグ」


『何だ』


「この棚、ちょっと休憩してもいい?」


『あと一本、留め具を締めれば終わるぞ』


「それは分かってるんだけど」


『なら終わらせろ』


「いや、外に誰かいるんだよ」


『棚には関係ない』


「冷たっ!」


 レンは苦笑した。


 すると、ガルドが楽しそうに口を挟んだ。


『おっ、敵か!?』


「違うと思う!」


『油断するな! 敵は小さいほど厄介なこともある!』


「まだ姿も見てないのに!」


『なら確かめてこい!』


「それはそうなんだけどさ!」


 レンは工具を置き、倉庫の入口へ向かった。


 扉を開けると、小さな影が慌てて柱の後ろへ隠れた。


 ただし、隠れきれていない。


 茶色い髪が少しだけ見えている。


 さらに、柱の横から靴の先まで飛び出していた。


「……見えてるよ?」


 レンが声をかけると、影がぴくりと動いた。


 しばらくして、少年がゆっくり顔を出した。


 昨日、古い木箱を修理した少年だった。


「あ、昨日の!」


 レンが笑うと、少年は小さく頭を下げた。


「……こんにちは」


「こんにちは。木箱、大丈夫だった?」


「……はい」


「そっか。よかった」


 少年は両手を背中へ回したまま、落ち着かない様子で足元を見つめていた。


 レンは少し屈み、目線を合わせた。


「どうしたの? 何か困ったこと?」


「……別に」


「そっか」


 レンは頷いた。


 だが、少年は帰ろうとしなかった。


 何か言いたそうに口を開き、すぐに閉じる。


 その様子を見て、レンは少し考えた。


「……あ、そうだ」


 少年が顔を上げる。


「俺、まだ名前聞いてなかったよね」


「……はい」


「俺はレン。よろしく」


 レンは笑った。


 少年は少しだけ迷った後、小さな声で答えた。


「……ユウ」


 レンの笑顔が、わずかに止まった。


「……ユウ?」


「はい」


 その名前には、聞き覚えがあった。


 ラウナ村。


 あの事件の後、生き残った子ども。


 自分の性質を隠していた少年。


 レンは目の前の顔を改めて見つめた。


 以前会った時より、髪が少し伸びている。表情も、どこか大人びて見えた。


「……ユウだったのか」


 少年は不思議そうに首を傾げた。


「……覚えてたんですか?」


「もちろん」


 レンは笑った。


「久しぶりだね」


 ユウは少しだけ嬉しそうに笑った。


 だが、その表情はすぐに曇った。


「……レンさん」


「ん?」


「……お願いがあるんです」


 レンは静かに頷いた。


「うん。聞くよ」


 ユウはしばらく黙っていた。


 そして。


「……嘘のつき方を、教えてください」


 レンは固まった。


 頭の中でも、七柱の神々が一斉に黙った。


 数秒後。


『……何だと!?』


 ガルドが叫んだ。


「俺が聞きたい!!」


     ◇


 ユウを倉庫の中へ案内すると、リナが驚いたように顔を上げた。


「あれ? 昨日の子?」


「うん。ユウっていうんだ」


「ユウ?」


 リナは少し考え、それから思い出したように目を見開いた。


「……ラウナ村の?」


 ユウは小さく頷いた。


「……はい」


 リナの表情が柔らかくなった。


「そっか。元気にしてた?」


「……はい」


 返事は短かった。


 だが、昨日よりは少しだけ落ち着いているように見えた。


 レンは椅子を一つ引き寄せた。


「とりあえず座って」


 ユウが腰を下ろす。


 レンも向かいに座った。


 リナは少し離れた場所で作業を続けながら、二人の様子を見守っていた。


「……それで」


 レンは慎重に尋ねた。


「嘘のつき方を教えてほしいって、どういうこと?」


 ユウは膝の上で手を握りしめた。


「……管理院の人が」


 レンは表情を引き締めた。


「うん」


「……明日、僕のところにも来るって」


 ユウは小さく息を吸った。


「性質を調べるって」


 レンは黙った。


 町全体に出された、安全確認の命令。


 登録されていない性質を持つ人間は、順番に確認を受けることになっている。


 それは、ユウのような子どもも例外ではなかった。


「……そっか」


 レンは静かに頷いた。


「それで、嘘をつきたいんだね」


 ユウは頷いた。


「……はい」


「どうして?」


 その質問に、ユウは少しだけ顔を上げた。


「……怖いから」


 レンは何も言わなかった。


「ラウナ村で……僕のこと、変だって言う人がいて」


 ユウの声が震えた。


「みんなと違うって」


 レンは静かに聞いていた。


「だから、ずっと隠してたんです」


 ユウは膝の上で手を強く握った。


「……でも、調べられたら分かっちゃう」


 レンは小さく息を吐いた。


 なるほど。


 だから、嘘のつき方を教えてほしいと言ったのか。


 自分の性質を隠すために。


 誰かに知られないようにするために。


 その時、ノアが口を開いた。


『……一つ確認が必要ですね』


「……何?」


『性質の確認方法によっては、言葉で嘘をついても意味がありません』


「……そうだね」


『登録情報と実際の性質を照合する場合、本人の申告だけでは隠せない可能性があります』


 レンは頷いた。


 確かに。


 ただ嘘をつくだけでは、解決しないかもしれない。


 すると、ガルドが豪快に言った。


『なら、堂々と断ればいいじゃねえか!』


「……ガルド」


『嫌なもんは嫌だって言えばいい!』


「それができたら苦労しないよ」


『何でだ?』


「相手は大人だし、管理院の人だよ。子どもが一人で断るのは怖いでしょ」


 ガルドは少し黙った。


 そして。


『……そうか』


 珍しく、短い返事だった。


 レンはユウへ向き直った。


「……ユウ」


「はい」


「嘘のつき方を教える前に、一つ聞いてもいい?」


 ユウは小さく頷いた。


「……うん」


「本当は、どうしたい?」


 ユウは目を丸くした。


「……え?」


「調べられたくないの?」


 ユウは少し考えた。


 そして、ゆっくり頷いた。


「……はい」


「それとも、性質を知られるのが怖い?」


 ユウは黙った。


 しばらくして、小さな声で答えた。


「……両方」


 レンは頷いた。


「そっか」


 それ以上、無理に聞こうとはしなかった。


 ユウは何かを言いかけたが、結局、口を閉じた。


 レンはその様子を見て、静かに言った。


「……分かった。じゃあ、まずは一緒に考えよう」


 ユウが顔を上げた。


「……一緒に?」


「うん」


 レンは笑った。


「嘘をつく以外にも、できることがあるかもしれないから」


     ◇


 その後、レンはユウを連れてアリアのもとへ向かった。


 大神殿の相談室には、すでに数人の住民が集まっていた。


 管理院の確認を受けるべきか。


 登録を拒否した場合、どうなるのか。


 子どもの性質を調べられることに不安はないのか。


 そんな相談が、毎日のように寄せられているらしい。


 アリアはユウの話を聞くと、静かに頷いた。


「……分かりました」


 ユウは不安そうに顔を上げた。


「……僕、調べられますか?」


 アリアは少し考えた。


「今の命令では、確認の対象になっています」


 ユウの表情が曇る。


 だが、アリアは続けた。


「ただし、確認を受ける方法については、まだ相談できる余地があります」


「……方法?」


「はい。例えば、保護者や神殿の者が立ち会うこと。説明を受けてから判断すること。必要以上の情報を公開しないよう求めること」


 ユウは少しだけ顔を上げた。


「……そんなこと、できるんですか?」


「必ず認められるとは限りません」


 アリアは正直に答えた。


「でも、お願いすることはできます」


 レンは静かに頷いた。


 その時、エリオスが口を開いた。


『……重要なのは、拒否する権利だけではない』


「……え?」


『説明を求める権利もある』


 レンは少し考えた。


『何を調べるのか。なぜ必要なのか。結果を誰が見るのか。それを知らないまま同意する必要はない』


「……なるほど」


 レンはアリアへ尋ねた。


「管理院に、確認の内容を事前に説明してもらうことってできますか?」


 アリアは頷いた。


「できます。少なくとも、そう求めることはできます」


 レンはユウを見た。


「……どうする?」


 ユウはしばらく考えた。


 そして。


「……聞いてみたい」


 小さな声で答えた。


 レンは笑った。


「うん」


 その時、リナが静かに言った。


「……私も一緒に行くよ」


 レンは顔を上げた。


「……リナ?」


「ユウ一人じゃ不安でしょ?」


 リナは笑った。


「それに、管理院の人と話すのは慣れてるし」


 レンは少し驚いた。


 だが、すぐに笑った。


「……ありがとう」


 リナは肩をすくめた。


「別に。私がそうしたいだけ」


 その言葉に、レンは小さく頷いた。


 リナも、自分で選んでいる。


 誰かに命令されたわけではない。


 それが、少しだけ嬉しかった。


     ◇


 翌日。


 管理院の確認担当者が大神殿へやってきた。


 黒い制服を着た二人の職員。


 そのうち一人は若い男で、手には薄い銀色の板を持っていた。


 もう一人は年配の女性だった。


 彼女はアリアへ丁寧に頭を下げた。


「本日は、登録情報の確認に参りました」


 アリアも頭を下げた。


「お待ちしていました」


 ユウはリナの隣に立っていた。


 緊張した様子で、何度も手を握り直している。


 レンは少し離れた場所から見守っていた。


 自分が前へ出すぎないように。


 ユウが自分の言葉で話せるように。


 そう決めていた。


「……確認を始めてもよろしいですか?」


 女性職員が尋ねた。


 ユウは小さく息を吸った。


 そして。


「……その前に」


 声が震えていた。


 それでも、続けた。


「……何を調べるのか、教えてください」


 女性職員は少し驚いたようだった。


 だが、すぐに頷いた。


「もちろんです」


 彼女は銀色の板を示した。


「こちらは、登録されている性質と現在の状態を照合するための道具です」


 ユウは黙って聞いた。


「確認結果は、管理院の記録に残ります」


「……誰が見ますか?」


 ユウが尋ねた。


 女性職員は少し考えた。


「担当部署の職員です」


「……ほかの人は?」


「必要がある場合、上位の管理者が確認することもあります」


 ユウの表情が曇った。


 レンも、少しだけ眉を寄せた。


 必要がある場合。


 その言葉は、曖昧だった。


 どこまでが必要なのか。


 誰が決めるのか。


 それが分からない。


 リナが静かに口を開いた。


「……確認結果を、本人の許可なくほかの人へ伝えることはありますか?」


 女性職員は少し困ったような表情を浮かべた。


「……場合によります」


「どんな場合ですか?」


 リナは落ち着いて尋ねた。


 職員は答えに詰まった。


 その時、若い男が口を開いた。


「規定に従って処理されます」


 レンはその言葉を聞いて、少しだけ胸がざわついた。


 規定。


 また、その言葉だ。


 誰かの意思よりも先に、規定が出てくる。


 だが、ここで感情的になってはいけない。


 レンは静かに息を吐いた。


 すると、ノアが言った。


『……説明として不十分ですね』


「……うん」


『規定に従うというだけでは、具体的な範囲が分かりません』


 レンは頷いた。


 そして、職員へ尋ねた。


「……その規定、本人が読むことはできますか?」


 若い男は少し驚いたようだった。


「……何?」


「確認結果がどう扱われるのか、書いてあるものです」


 女性職員が小さく息を吐いた。


「……確認します」


 彼女は若い男へ目配せした。


 男は少し不満そうだったが、銀色の板を操作し始めた。


 しばらくして。


 板の表面に文字が浮かび上がった。


【情報閲覧権限:管理院指定職員】


【本人への開示:申請により可能】


【第三者提供:管理上必要と認められる場合】


 レンは眉を寄せた。


 最後の一文。


 やはり、曖昧だ。


 ユウも、じっと文字を見つめていた。


 そして、小さな声で尋ねた。


「……僕が嫌だって言っても、誰かに見せるんですか?」


 女性職員は答えられなかった。


 その沈黙が、答えのように思えた。


     ◇


 確認は、その場で中断された。


 ユウが、今は同意しないと伝えたからだ。


 女性職員は困ったような表情を浮かべたが、無理に進めることはしなかった。


「……では、本日の確認は保留とします」


 彼女は静かに言った。


「ただし、管理院への報告は必要になります」


 アリアが頷いた。


「承知しています」


 職員たちが帰った後、ユウは大きく息を吐いた。


 そして、椅子へ座り込んだ。


「……怖かった」


 リナが隣へ座った。


「うん。頑張ったね」


 ユウは小さく頷いた。


 レンも近づいた。


「……どうだった?」


 ユウは少し考えた。


 そして。


「……嘘、つかなくてよかった」


 小さく笑った。


 レンは胸が温かくなった。


「……そっか」


「でも……」


 ユウは少し不安そうに続けた。


「……また来ますよね?」


 レンは頷いた。


「うん。たぶん」


 ユウの表情が曇る。


 レンは静かに言った。


「でも、次も一緒に考えよう」


 ユウは顔を上げた。


「……うん」


 レンは笑った。


 その時、ガルドが静かに言った。


『……あいつ、強えな』


 レンは少し驚いた。


「……ユウ?」


『ああ』


 ガルドは続けた。


『怖いのに、ちゃんと自分の言葉で話した』


 レンは頷いた。


「……そうだね」


『俺なら、もっと大声で怒鳴ってたかもしれねえ』


「……それは想像できる」


『何だと!?』


 レンは笑った。


 そして、ユウを見た。


 小さな少年。


 特別な力があるかもしれない。


 でも、今はただ、自分の意思を守ろうとしている。


 その姿は、どんな戦士よりも強く見えた。


     ◇


 夜。


 レンは大神殿の庭で、一人空を見上げていた。


 今日の出来事を思い返していた。


 ユウは、嘘をつかなかった。


 自分の意思で、確認を保留した。


 それは、小さな選択だった。


 でも。


 その小さな選択が、誰かの人生を守ることもある。


「……なあ、エリオス」


『何だ』


「今日のこと、どう思う?」


 エリオスは少し黙った。


 そして、静かに答えた。


『……正しいかどうかは、まだ分からない』


「……うん」


『確認を受けなかったことで、今後困ることがあるかもしれない』


「……そうだね」


『だが、少なくとも本人が考え、選んだ』


 レンは頷いた。


『それを無視して進めるよりは、ずっといい』


 レンは小さく笑った。


「……うん」


 その時、メルクが口を開いた。


『ただし、保留にも代償はあるよ』


「……代償?」


『確認が終わらなければ、必要な手続きが進まないかもしれない。仕事や学校、生活に影響する可能性もある』


 レンは黙った。


『だからこそ、選択した後のことも考えなければならない』


「……うん」


 レンは静かに頷いた。


 選ぶことは、簡単ではない。


 自分で決めるということは、その結果と向き合うことでもある。


 でも。


 だからといって、誰かに全部決めてもらえばいいわけではない。


 レンは空を見上げた。


 七柱の神々は、今日も違うことを言う。


 それぞれの考え方があり、正しさがある。


 でも、その違いがあるからこそ、自分で考えることができる。


「……ありがとう、みんな」


 レンは小さく笑った。


 すると。


『よし! 明日はユウを鍛えるか!』


 ガルドが叫んだ。


「何でそうなる!?」


『あいつ、いい根性してるぞ!』


「本人の許可取ってからにして!」


『じゃあ聞いてこい!』


「今から!?」


『明日でもいい!』


「そういう問題じゃない!!」


 セレナが呆れたように言った。


『まったく。子どもを見たらすぐ鍛えようとするんだから』


『強くなって困ることはねえだろ!』


『魔法の適性も分からないのに、無茶をさせるつもり?』


『魔法じゃなくて筋力だ!』


『もっと駄目でしょう!』


 ノアが静かに口を開いた。


『ユウ本人の希望を確認することが先決ですね』


『そうです!』


 フィリアが賛成した。


『それに、今日は緊張して疲れているはずです。まずは十分に休ませてあげましょう』


 ヴォルグが低い声で言った。


『……それより、レン』


「……何?」


『倉庫の棚が一つ残っているぞ』


「今その話する!?」


『修理は最後までやれ』


「分かってるよ!!」


 メルクが楽しそうに笑った。


『明日は仕事が多そうだね』


「便利屋じゃないから!!」


 エリオスが深く息を吐いた。


『……全員、静かにしろ』


 レンは腹を抱えて笑った。


 やっぱり、神様たちは面倒くさい。


 でも。


 この騒がしさが、今の自分には心地よかった。


 レンは空を見上げた。


 そして、小さく呟いた。


「……明日も頑張るか」


 その瞬間。


『よし! 朝から訓練だ!』


「だから休ませろって言ってるだろおおおお!!」


 七柱の笑い声が、夜の庭に響いた。

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