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神々は無職を選んだ  作者: 夜凪 灯
第一章 七柱と無職
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神託ログ07 商神様、銅貨一枚を笑わない

三日目の朝。


俺は。


市場の入口に立っていた。


「…………」


目の前には。


人。


人。


人。


朝だというのに。


すでに活気がすごい。


野菜。


果物。


肉。


魚。


服。


道具。


見たことのない食べ物まで。


通りの両側に。


びっしりと店が並んでいる。


「今日はここ?」


【商神メルク】


『そうだ』


今日の担当。


商神メルク。


名前の通り。


商売の神様。


昨日までとは違って。


今日は走らされない。


魔力を探す必要もない。


つまり。


「今日は楽そうだな」


『そう思うか』


「……何その言い方」


嫌な予感がする。


『まず確認する』


「何?」


『現在の所持金』


「ゼロ」


『借金』


「銅貨三枚」


『収入』


「ゼロ」


『職』


「無職」


『資産』


「ゼロ」


「やめろ!」


朝から。


現実を。


一個ずつ並べないでほしい。


『つまり』


「言わなくていい」


『お前は現在』


「言わなくていいって」


『何も持っていない』


「言った!」


メルクは。


悪びれる様子もない。


『事実を確認しただけだ』


「商神ってもっと夢のある話しないの?」


『金の話ほど現実的なものはない』


「ぐうの音も出ない」


俺は。


市場を見る。


確かに。


昨日までとは違う。


今日は。


生活そのものに直結する話だ。


金がなければ。


飯も食えない。


宿にも泊まれない。


門番へ。


銅貨三枚も返せない。


「で、どうするの?」


『稼げ』


「知ってた」


『では、稼げ』


「方法を教えてよ!」


『それを考えるのが今日の課題だ』


「丸投げじゃん!」


『違う』


「何が?」


『教える前に、お前が何を考えるかを見る』


「…………」


ガルドも。


最初に俺を走らせた。


セレナも。


まず魔力を感じさせた。


神様たち。


意外と。


最初から答えを教えてくれない。


「……分かったよ」


俺は。


市場へ足を踏み入れた。



◇ ◇ ◇



まず。


仕事を探した。


荷物運び。


店番。


掃除。


呼び込み。


見ていると。


いろんな仕事がある。


「荷物運びならできそう」


『なぜだ』


「身体使うだけだから」


『それだけか』


「……え?」


『他には?』


「他?」


俺は。


荷物を運んでいる男を見る。


大きな木箱を。


肩に担いでいる。


「力がいる」


『他』


「荷物を壊さない」


『他』


「時間通りに運ぶ」


『他』


「……盗まない?」


『重要だ』


「そこ?」


『商売では信用が価値になる』


「信用……」


『同じ荷物を運べる二人がいる。一人は必ず時間通りに届ける。もう一人は時々遅れる。どちらに頼む?』


「時間通りの人」


『なぜだ』


「信用できるから」


『それも価値だ』


なるほど。


力がある。


それだけじゃない。


時間を守る。


物を壊さない。


約束を守る。


「そういうのも金になる?」


『なる』


「……日本とそんなに変わらないな」


『ニホンでも同じか』


「まあね」


仕事って。


そういうものだった。


何かができる。


誰かが必要とする。


その代わりに。


金をもらう。


『では』


メルクが言う。


『お前には何がある?』


「俺?」


『そうだ』


「…………」


考える。


力。


普通以下。


魔力。


3。


剣。


使えない。


この世界の知識。


ほぼない。


天職。


無職。


固有能力。


なし。


「……何もなくない?」


『本当に?』


「だって」


『昨日までに何をした』


「何って……」


考える。


ガルドと走った。


セレナと魔力を感じた。


「それくらい」


『街へ来る前は』


「森を歩いた」


『一人で?』


「うん」


『知らない場所を?』


「そうだけど」


『街へ入る時は』


「門番に金借りた」


『それは自慢するところではない』


「聞いたのお前だろ!」


『だが、返すつもりはある』


「当たり前だよ」


『それも価値だ』


「……え?」


『借りたものを返そうとする人間と、踏み倒す人間。どちらを信用する』


「返す人」


『なら、それもお前が持っているものだ』


「そんなのでいいの?」


『そんなものだからこそだ』


俺は。


少し黙った。


メルクは。


金しか見ていない神だと思っていた。


でも。


どうやら。


少し違うらしい。



◇ ◇ ◇



市場を歩いていると。


一軒の店の前で。


声が上がった。


「困ったな……」


店主らしい男が。


木箱を前に。


頭を抱えている。


中には。


赤い果物が大量に入っていた。


「どうしたんですか?」


声を掛ける。


男が。


俺を見る。


「荷運びを頼んでた奴が来なくてな」


「これ、運ぶんですか?」


「ああ。裏の倉庫まで」


距離を見る。


それほど遠くない。


木箱は。


少し重そう。


でも。


昨日の訓練を考えれば。


運べなくはなさそうだ。


「俺、やりましょうか?」


「お前が?」


男が。


俺の身体を見る。


「細いぞ?」


「最近ちょっと鍛えました」


『一日だ』


「ガルド黙って」


店主が。


首を傾げる。


「誰と喋ってる?」


「独り言です」


危ない。


神様との会話。


周囲には聞こえていない。


気をつけないと。


完全に変な人だ。


「運べるなら頼みたい。三箱で銅貨一枚だ」


俺は。


固まった。


銅貨一枚。


三箱。


借金。


銅貨三枚。


「……九箱運べば返せる」


『単純計算ではな』


メルクが。


すぐ反応する。


「やります!」


店主が。


少し笑った。


「じゃあ頼む」



◇ ◇ ◇



「重っ……!」


一箱目。


想像より。


普通に重かった。


「これ三箱で一枚!?」


【商神メルク】


『嫌なら断れ』


「もう受けた!」


『なら運べ』


「商神厳しい!」


木箱を持ち上げる。


腕。


腰。


足。


昨日。


ガルドに言われたことを思い出す。


腕だけで持つな。


身体全体を使う。


足を固める。


「……よし」


少し。


楽になった。


倉庫まで運ぶ。


戻る。


二箱目。


三箱目。


「はぁ……」


全部運び終える。


店主が。


銅貨を一枚。


俺へ渡した。


「助かったよ」


「……ありがとうございます」


手のひらの上。


小さな。


銅貨。


初めて。


この世界で。


自分で稼いだ金。


たった一枚。


でも。


「…………」


少し。


嬉しい。


『どうだ』


「何が?」


『銅貨一枚』


「少ない」


『そうか』


「でも」


もう一度。


見る。


「悪くない」


『なぜだ』


「自分で稼いだから」


『それだけか』


「店の人が助かったから」


言ってから。


気づく。


店主は。


確かに。


言った。


助かった。


と。


メルクが。


静かに返した。


『金は、価値を交換するための道具だ』


「価値を?」


『お前は時間と労力を渡した』


『店主は銅貨を渡した』


『だが』


少し。


間。


『金は、感謝が形になったものでもある』


「……感謝」


『常にそうとは限らん』


「違う時もある?」


『当然だ。騙して得る金もある。奪った金もある。嫌々払う金もある』


「急に現実的」


『だから、金そのものに善悪はない』


市場の中。


いろんな人が。


物を売っている。


買っている。


働いている。


金が。


動いている。


その裏に。


いろんな理由がある。


「……商神っぽいな」


『最初から商神だ』


「最初、金のことしか考えてない奴かと思ってた」


『それも間違っていない』


「間違ってないんだ」



◇ ◇ ◇



その後も。


店主の仕事を手伝った。


荷物を運び。


空箱を片づけ。


店の前を掃除した。


全部終わった頃。


店主が。


銅貨をもう一枚。


俺へ渡した。


「え?」


「追加だ」


「でも、約束は一枚じゃ」


「頼んでないところまでやってくれただろ」


「掃除?」


「そうだ」


「……これ、もらっていいんですか?」


「いらないなら返せ」


「いります!」


即答。


店主が笑った。


「正直だな」


俺も。


少し笑った。


手の中。


銅貨二枚。


借金まで。


あと一枚。


「……明日も手伝えます?」


「明日は荷が少ないからな」


「そっか」


「でも」


店主が。


少し考える。


「忙しい日に見かけたら声かける」


「本当ですか?」


「ああ」


俺は。


頭を下げた。


「ありがとうございます」


店を離れる。


すると。


メルクが言った。


『今、何を得た』


「銅貨二枚」


『それだけか』


また。


その質問。


俺は。


少し考える。


「次の仕事?」


『正確には』


メルクが答える。


『次に仕事を任せてもいいと思われた』


「…………」


『それも価値だ』


信用。


昨日まで。


俺には。


この世界で。


何もなかった。


でも。


今日。


少しだけ。


できた。


「じゃあ、俺」


手の中の銅貨を見る。


「何も持ってないわけじゃなくなった?」


『最初から何も持っていないわけではない』


「朝と言ってること違わない?」


『朝は所持金と資産の話だ』


「紛らわしい!」


『勝手に落ち込んだのはお前だ』


「性格悪いな、商神!」


珍しく。


メルクが。


少し笑った。



◇ ◇ ◇



夕方。


俺は。


街の門へ向かった。


昨日の門番が。


まだ立っていた。


「あ」


向こうも。


俺に気づく。


「昨日の」


「はい」


俺は。


銅貨二枚を出した。


「まだ全部じゃないんですけど」


門番が。


俺を見る。


「何だ?」


「借りた金」


「……もう稼いだのか」


「二枚だけ」


門番は。


銅貨を見た。


それから。


首を振った。


「三枚揃ってからでいい」


「でも」


「明日の飯は?」


「…………」


考えてなかった。


門番が。


ため息をつく。


「全部返して、また食う金がないと言われても困る」


「……確かに」


「まず自分で立て」


「はい」


「返すのはそれからでいい」


俺は。


銅貨を握り直した。


「……ありがとうございます」


「礼は返してから言え」


昨日と。


同じ言葉。


でも。


今日は。


少しだけ。


意味が違って聞こえた。



◇ ◇ ◇



夜。


俺は。


銅貨一枚で。


パンと。


温かいスープを買った。


残り。


銅貨一枚。


借金。


銅貨三枚。


数字だけ見れば。


まだ赤字。


でも。


昨日とは。


違う。


自分で働いて。


自分で食べ物を買った。


「……うまい」


ただのスープなのに。


妙に。


美味かった。


【商神メルク】


『今日の課題は終わりだ』


「採点あるの?」


『ある』


「何点?」


『四十点』


「低っ!!」


『最初から満点を取れると思うな』


「もうちょっと褒めてくれてもいいだろ」


『なら一つ』


「何?」


『お前は、金を稼ぐことより先に、役に立とうとした』


「……そう?」


『ああ』


メルクは。


そこで。


少し間を置いた。


『忘れるな』


『価値は、自分一人で決めるものではない』


俺は。


スープの器を持ったまま。


その言葉を見る。


『お前が価値がないと思っているものを、必要とする人間もいる』


「…………」


無職。


固有能力なし。


魔力3。


この世界へ来てから。


何度も。


自分には何もないと思った。


でも。


今日。


荷物を運んだだけで。


助かったと言われた。


「……そっか」


俺は。


残ったスープを飲む。


少しだけ。


明日が。


楽しみになった。



◇ ◇ ◇



その夜。


商神メルクは。


一日の記録を閉じようとして。


手を止めた。


【対象:レン・アルヴェイン】


【取得報酬:銅貨二枚】


【消費:銅貨一枚】


【残高:銅貨一枚】


そこまでは。


普通。


その下。


【行動評価】


【荷運び】


【清掃】


【信用形成】


メルクは。


少しだけ。


目を細めた。


『……価値はある』


天職。


無職。


固有能力。


なし。


それでも。


人間としての価値まで。


なくなるわけではない。


『まあ』


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『本人が気づくのは、まだ先か』


そして。


誰にも見られない記録に。


今日の結果が追加された。

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