神託ログ05『正しい檻』
「誰を、保護してるんですか?」
地下の廊下に、俺の声が思った以上に響いた。
職業管理院の地下区画は、地上とはまるで空気が違う。
受付には朝から多くの人が行き交い、職業の登録や変更、技能補助について相談する声が絶えず聞こえていた。それなのに、階段を一つ降りただけで人の気配が急に薄くなる。
壁は分厚い灰色の石。一定間隔で魔石らしい灯りが埋め込まれているが、窓は一つもない。
その奥。
さっきまで、男の声が聞こえていた。
『俺は何もしてない!』
そして、何かがぶつかるような重い音。
今はもう聞こえない。
静かすぎる。
その静けさが、余計に気になった。
俺の正面に立つ男――職業管理院特別査定部、主任査定官レグル・ハイゼンは、すぐには答えなかった。
俺より少し高い位置から、まっすぐこちらを見ている。
怒っているようには見えない。
焦ってもいない。
だからこそ、何を考えているのか分からない。
「質問に答える前に、一つ訂正しておく」
やがてレグルが口を開いた。
「ここは収容施設ではない」
「でも、人が帰りたいって叫んでました」
「聞こえた言葉だけで状況を判断するな」
「じゃあ状況を教えてください」
「君に知る権限はない」
「…………」
正論。
たぶん。
俺は職業管理院の人間じゃない。
神官でもない。
管理者でもない。
以前、一時的に検査官の役割を受けたことはあるけれど、それだってとっくに終わっている。
何より。
職業。
なし。
こういう時だけは、本当に何の肩書きもない。
「レン」
後ろからトーマが呼んだ。
振り返る。
顔色が悪い。
ここへ来る前から緊張していた。でも今は、それとは違う。
怯えている。
「俺、帰る」
「うん」
「今」
「分かった」
それだけ確認して、案内してきた査定官を見る。
「トーマは帰ります」
「検査が完了していません」
「任意同行ですよね?」
「そう聞いてる」
トーマ自身が続けた。
さっきまで俺の後ろに半分隠れるようにしていたのに、今は一歩だけ前へ出ている。
「俺、自分の力が何なのか知りたくて来た。危ないかもしれないのも分かってる」
右手を見る。
「でも」
地下の奥へ視線を向ける。
「ここで調べてもらうのは、嫌だ」
査定官が何か言おうとした。
「通せ」
レグルだった。
「主任?」
「任意同行である以上、現段階で退去を妨げる根拠はない」
「しかし、未登録性質の――」
「規定を読み直せ」
声を荒らげてはいない。
それでも査定官は口を閉じた。
一歩。
横へ退く。
道が開く。
トーマはすぐには動かなかった。
レグルを見る。
「……本当に帰っていいのか?」
「ああ」
「後から捕まえに来たり」
「現時点ではしない」
「現時点では、かよ」
「危険性が確認されれば話は変わる」
トーマの表情が曇る。
でも。
「分かった」
頷いた。
俺は少し驚いた。
もっと反発すると思った。
昨日なら、たぶんした。
でも今は。
自分の力が他人を巻き込むかもしれないことを、トーマ自身も知っている。
「先に上で待ってて」
俺が言う。
「お前は?」
「ちょっと話す」
「一人で?」
「リナいるし」
「いるよ」
隣でリナが片手を上げた。
トーマは俺とリナを交互に見る。
「神様も?」
「七人」
「多いな」
「俺もそう思う」
『何が多いのよ』
セレナ。
元気。
トーマには聞こえない。
ある意味。
幸せ。
「じゃあ」
トーマは階段へ向かう。
途中で止まった。
「レン」
「何?」
「勝手に壊すなよ」
「何を!?」
「建物」
「壊さねえよ!」
「お前、ブレイカーだろ」
「名前だけで判断するな!」
トーマが少し笑う。
「じゃあな」
「うん」
階段を上っていく。
足音が遠ざかる。
見えなくなるまで待ってから、俺はレグルへ向き直った。
「帰したんですね」
「任意同行だからな」
「もっと無理やり連れてくと思ってました」
「君の中で私は何者なんだ」
「まだ分からないです」
「そうか」
「だから聞いてます」
レグルはしばらく俺を見ていた。
「シオンが言っていた通りだな」
「…………」
今。
何て?
「シオン?」
「ああ」
「会ったんですか?」
「昨夜」
隣。
リナの表情が変わる。
「ミアも?」
「いた」
「今どこに?」
「逃走した」
逃走。
その言葉に引っかかる。
「逃げた、じゃなくて?」
「同じ意味だ」
「ちょっと違う気がする」
「細かい男だな」
「よく言われます」
「シオンにも言われた」
「あいつ会ってないのに俺の悪口多くない!?」
リナが吹き出した。
レグルの後ろにいた査定官まで、一瞬だけ変な顔をした。
今。
笑いそうになった?
でも。
すぐ。
戻る。
「ミアは」
俺は聞いた。
「自分でシオンについていったんですか?」
「そう証言した」
「なら、何で逃走?」
「我々の検査要請を拒否して立ち去ったからだ」
「検査要請?」
「強制?」
レグルが黙る。
その一瞬で。
分かる。
「最初は」
「……ああ」
「本人に聞かなかった?」
「…………」
「シオンに言われました?」
レグルの眉が動く。
当たり。
「何て?」
「君に話す必要はない」
「『本人に聞け』とか?」
「…………」
「当たりだ」
「レン」
リナ。
袖。
引く。
「ちょっと嬉しそう」
「ごめん」
レグルが額へ手を当てた。
「本当に面倒だな」
「今日三人目です」
「誇るな」
でも。
少し。
分かった。
この人。
全部。
聞かない人。
じゃない。
間違えた。
たぶん。
昨日。
ミアに。
でも。
それを。
少し。
直した。
なら。
話せる。
かもしれない。
「それで」
レグルが言った。
「今度はこちらの質問だ」
「はい」
「神々は性質保有者を集めて何をするつもりだ?」
「だから」
「昨日初めて会ったんですって」
「証明できない」
「そうなんですよね」
「神々の指示ではないと?」
「違います」
「七柱の神々が君に接続している」
「はい」
「その君が、未登録性質保有者と接触した」
「はい」
「その直前、旧観測機構が世界各地の性質保有者を観測している」
「はい」
「偶然だと言うのか?」
「分かりません」
レグル。
少し。
止まる。
「否定しないのか」
「だって」
俺。
考える。
「俺が知らないだけで」
「何か繋がってる可能性はあるから」
七柱が。
嘘。
ついてる。
とは。
思いたくない。
でも。
俺自身。
なぜ。
第109代。
育成対象。
なのか。
知らない。
西。
影のない男。
言った。
偶然じゃない。
向こうは。
知ってる。
かもしれない。
「ただ」
俺は続ける。
「少なくとも」
「七柱が俺に」
「性質持ちを集めろって」
「言ったことはないです」
「断言できるか」
「そこは」
「できます」
「なぜ?」
俺。
七柱。
見る。
姿。
ない。
でも。
いる。
「聞いたから」
「神に?」
「はい」
「神の言葉を証拠にするのか?」
胸。
少し。
引っかかる。
確かに。
俺。
前。
言った。
神様。
言ったこと。
自動的に。
真実。
記録。
するな。
って。
「……いや」
言い直す。
「証拠には」
「しない」
レグルの目が変わる。
「俺は」
「七柱からそう聞いた」
「だから」
「今のところ」
「信じてる」
「でも」
「あなたが」
「それだけじゃ信じられないのも」
「分かります」
言ってから。
少し。
不思議。
思う。
昔。
神様。
疑う。
なんて。
考えたこと。
なかった。
異世界。
来て。
神様。
七人。
いて。
普通なら。
信じる。
だろ。
でも。
今。
信じる。
と。
正しい。
同じじゃない。
少し。
分かる。
レグルは長いこと黙っていた。
「……君の記録に」
やがて言った。
「神託を無条件で事実として記録することを拒んだ、とある」
「そこまで載ってるの?」
「特別査定部だからな」
「怖っ」
「褒め言葉として受け取ろう」
「褒めてないです」
リナ。
小さく。
「ちょっと似てる」
「誰と誰が?」
「レンと、この人」
「どこが!?」
「面倒」
「レグルさん!」
「否定はしない」
「味方いない!」
◇ ◇ ◇
レグルが案内したのは、地下のさらに奥だった。
「待って」
歩きながら俺は聞く。
「俺、権限ないんじゃ?」
「ない」
「じゃあ何で?」
「君が聞いたからだ」
「…………」
「見せずに帰せば」
レグルは前を向いたまま言う。
「君は勝手に調べるだろう」
「……たぶん」
「侵入も?」
「しないです!」
間。
「たぶん」
「おい」
「いや、しない!」
「今ので信用度が下がったぞ」
リナが笑ってる。
でも。
俺。
少し。
警戒。
してる。
簡単。
見せる。
って。
ことは。
見せても。
問題。
ない。
もの?
それとも。
俺。
何か。
見せたい?
「ノア」
心の中。
小さく。
呼ぶ。
『はい』
「周り」
「変なものある?」
『質問が曖昧です』
「罠とか」
『現時点で、魔法的な拘束機構は確認できません』
「ありがとう」
『ただし』
「何?」
『私の観測外の機構が存在する可能性は否定できません』
「だよね」
神様。
万能。
じゃない。
だから。
自分。
見る。
廊下。
扉。
五つ。
全部。
同じ。
鉄。
小さい。
覗き窓。
「牢屋みたい」
俺。
言う。
「検査室だ」
「鍵」
「ある」
「外から?」
「外からも内側からも開けられる」
「本当に?」
レグルが一つ。
扉。
開ける。
中。
普通。
部屋。
ベッド。
机。
椅子。
水。
窓。
ない。
でも。
牢屋。
より。
病室。
近い。
「性質は」
レグルが説明する。
「発現条件も、効果も、範囲も分からない」
「はい」
「火を出す者がいるかもしれない」
セレナ。
『魔法と一緒にしないで』
「今そこじゃない」
「何か?」
「独り言です」
「そうか」
「続けて」
「触れた物を破壊する者」
「他人の意識へ干渉する者」
「本人自身が危険に晒される性質」
「可能性だけなら」
「いくらでも考えられる」
「だから地下?」
「地上より被害を限定しやすい」
合理的。
嫌。
だけど。
合理的。
「さっきの人は?」
「見せる」
奥。
最後。
扉。
前。
止まる。
「ただし」
レグル。
俺。
見る。
「先に言っておく」
「何を?」
「君が聞いた言葉だけで」
「彼を被害者と決めるな」
胸。
刺さる。
「…………」
「中にいるのは」
「バルク・オルダ」
「三十四歳」
「職業」
「護衛士」
レグルが扉横の記録板へ触れる。
文字。
浮かぶ。
【名称:バルク・オルダ】
【職業:護衛士】
【性質:未確定】
【危険度:査定中】
【入室形態:本人同意】
「本人同意?」
「ああ」
「じゃあ」
「何で帰りたいって」
「見ろ」
扉。
開く。
◇ ◇ ◇
中。
男。
一人。
ベッド。
端。
座ってた。
大きい。
ガルドほど。
知らんけど。
たぶん。
でかい。
腕。
太い。
短い。
金髪。
顔。
汗。
びっしょり。
右手。
左手。
震えてる。
「バルク」
レグル。
声。
かける。
男。
顔。
上げる。
「レグル」
「落ち着いたか」
「……少し」
さっき。
叫んでた。
人。
同じ?
声。
今。
弱い。
「この二人に」
レグル。
俺とリナ。
見る。
「話を聞かせても?」
バルク。
俺。
見る。
「誰だ」
「レンです」
「職業は?」
「なし」
「…………」
バルク。
レグル。
見る。
「何で無職連れてきた」
「俺も聞きたいです」
「お前が言うな」
レグル。
ちょっと。
疲れてる。
バルク。
少し。
笑う。
その。
一瞬。
空気。
緩む。
「そっちは?」
「リナ」
「職業」
「リナ」
「…………」
バルク。
また。
レグル。
見る。
「何なんだこいつら」
「私にも分からん」
「ひどくない!?」
でも。
バルク。
笑った。
ほんの。
少し。
その後。
自分の手。
見る。
「……俺は」
話す。
始める。
「五日前」
「護衛の仕事で」
「北の街道」
「歩いてた」
俺。
聞く。
今度。
途中。
入らない。
「盗賊が出た」
「三人」
「いつもなら」
「問題ない」
護衛士。
戦う。
仕事。
「一人」
「剣」
「振った」
「俺」
「受けた」
手。
震える。
「そしたら」
「そいつが」
喉。
鳴る。
「動けなくなった」
「魔法?」
バルク。
首。
振る。
「違う」
「何で分かる?」
「俺」
「魔法」
「使えん」
それ。
関係。
ある?
セレナ。
『魔力反応が本人にないなら、通常魔法である可能性は下がるわ』
「その人」
「どうなった?」
「立ってた」
「でも」
「動かない」
「どれくらい?」
「俺が」
バルク。
息。
吐く。
「動いていい」
「って」
「思うまで」
俺。
止まる。
「思うまで?」
「言ってない」
「頭で?」
「そう」
シオン。
昨日。
査定官。
止めた。
トーマ。
話。
思い出す。
見えない。
壁。
みたい。
でも。
同じ。
とは。
限らない。
「それで」
「昨日」
バルク。
続ける。
「ここに来た」
「自分から?」
「ああ」
「何で?」
「怖えだろ」
即答。
俺。
黙る。
「俺」
「護衛士だ」
「人を」
「守る」
「仕事」
「なのに」
「俺が」
「人」
「動けなくする」
拳。
握る。
「もし」
「戻せなかったら」
「もし」
「心臓まで」
「止まったら」
「分からない」
「だから」
「調べてくれって」
「俺から」
「来た」
レグル。
何も。
言わない。
「じゃあ」
俺。
聞く。
「さっき」
「何で」
「帰りたいって?」
バルクの顔。
変わる。
恐怖。
「出た」
「何が?」
「力」
「ここで?」
「ああ」
壁。
指す。
「査定官」
「一人」
「止まった」
「どれくらい?」
「三十秒」
「怪我は?」
「ない」
「じゃあ」
「何で」
「怖くなった?」
バルク。
俺。
見る。
「止めようと」
「思ってない」
部屋。
静か。
「俺」
「何も」
「してない」
「なのに」
「止まった」
勝手。
発動。
トーマ。
同じ。
「それで」
「帰りたいって?」
「違う」
バルク。
首。
振る。
「ここから」
「離してくれって」
「…………」
「俺を」
「人から」
「離してくれ」
意味。
やっと。
分かる。
帰りたい。
じゃない。
逃げたい。
自分から。
人を。
守るため。
「レグル」
バルク。
見る。
「頼む」
「もっと」
「奥」
「ないのか」
「誰も」
「来ない」
「場所」
「ある」
レグル。
答える。
「だが」
「そこへ入れば」
「観察できる人員も」
「減る」
「いい」
「よくない」
「何で!」
バルク。
声。
上がる。
瞬間。
俺。
身体。
固まる。
「…………え?」
動かない。
足。
手。
指。
動かそう。
思う。
動かない。
呼吸。
できる。
目。
動く。
リナ。
剣。
抜こう。
する。
でも。
腕。
途中。
止まる。
レグル。
動かない。
バルク。
目。
見開く。
「違う!」
叫ぶ。
「俺じゃ――」
いや。
俺。
見える。
バルク。
怖い。
俺たち。
止まった。
それ。
見て。
もっと。
怖くなる。
力。
強く。
なる?
「バ……ルク」
声。
出る。
身体。
動かない。
でも。
口。
少し。
動く。
「大……丈夫」
「何が大丈夫だ!」
「分か……らん」
「じゃあ言うな!」
「ごめ……ん」
でも。
何。
する。
ブレイカー。
使う?
バルク。
俺たち。
間。
何か。
ある。
それ。
切る。
できる?
分からない。
でも。
切れば。
動ける。
かもしれない。
「レン」
セレナ。
声。
『待ちなさい』
止まる。
いや。
もう。
止まってる。
『何を切るつもり?』
何。
バルク。
力。
俺。
接続。
『それは何?』
分からない。
『切った後』
『どうなるの?』
分からない。
じゃあ。
切るな。
でも。
危険。
リナ。
止まってる。
レグル。
止まってる。
バルク。
パニック。
このまま。
悪化。
したら。
「ブレイカー」
意識。
向ける。
『レン』
フィリア。
声。
『焦らないで』
「でも」
『今』
『呼吸はできます』
呼吸。
できる。
『心臓も』
『動いています』
じゃあ。
時間。
ある。
俺。
バルク。
見る。
「バルク」
「何だ!」
「俺」
「動けない」
「見れば分かる!」
「だから」
「今」
「俺に」
「何してる?」
「知らねえよ!」
「違う」
声。
少し。
出る。
「俺を」
「どうしたい?」
「は?」
「止めたい?」
「違う!」
「動くなって」
「思ってる?」
「思ってねえ!」
「じゃあ」
「何」
バルク。
息。
荒い。
自分。
頭。
抱える。
「俺は」
「俺は」
「誰にも」
「近づいてほしくない」
そこ。
「何で?」
「危ねえから!」
「誰が?」
「俺だよ!」
「誰に?」
「お前らに!」
言葉。
出る。
その瞬間。
俺の指。
少し。
動く。
「……あ」
リナ。
腕。
動く。
レグル。
一歩。
動く。
バルク。
気づく。
「何で」
「分かんない」
俺。
手。
握る。
動く。
「でも」
「今」
「弱くなった」
バルク。
呼吸。
整える。
「俺」
「誰にも」
「近づいて」
「ほしくない」
もう一度。
今度。
ゆっくり。
「俺が」
「怖いから」
完全。
動く。
力。
消えた。
俺。
膝。
少し。
力。
抜ける。
リナ。
剣。
戻す。
「びっくりした」
「俺も」
バルク。
ベッド。
座り込む。
「……ごめん」
「いいよ」
「よくねえだろ」
「じゃあ」
「よくない」
「どっちだ!」
でも。
俺。
笑えない。
今。
危なかった。
俺。
ブレイカー。
使おう。
した。
何を。
切るか。
分からない。
まま。
もし。
使ってたら。
どうなった。
バルクの性質。
壊した?
身体。
何か。
切った?
俺たち。
接続。
変な。
壊し方。
した?
分からない。
怖い。
「……俺も」
口。
出る。
「危なかった」
レグル。
俺。
見る。
「何がだ」
「ブレイカー」
「使おうとした」
レグル。
顔。
変わる。
「なぜ使わなかった」
「分からなかったから」
「何が」
「何を」
「壊せばいいか」
言う。
少し。
恥ずかしい。
力。
持ってる。
でも。
使えない。
格好。
悪い。
でも。
「分からないのに」
「使ったら」
「もっと」
「危ないと思った」
レグル。
長く。
黙る。
そして。
「それでいい」
「え?」
「未確認の力を」
「分からないまま使わない」
「それが」
バルク。
見る。
「我々が」
「ここで教えたいことでもある」
俺。
止まる。
あれ。
同じ。
「じゃあ」
俺。
言う。
「相談所」
「何?」
「俺」
「性質持ちが」
「困った時」
「相談できる場所」
「作ろうと思ってて」
「…………」
「同じこと」
「しようとしてる?」
レグル。
ものすごく。
嫌そうな。
顔。
「一緒にするな」
「何で!?」
「君は昨日思いついただけだろう」
「はい」
「我々は」
「三十七年前から」
「未分類現象を」
「調査している」
「三十七年!?」
初耳。
「待って」
「性質」
「最近じゃないの?」
「誰がそう言った」
誰。
言ってない。
俺。
勝手。
思ってた。
百九。
目覚め。
始めた。
最近。
でも。
性質自体。
昔。
から。
ある。
カイル。
先輩。
言ってた。
職業制度。
前。
から。
「じゃあ」
「今までにも」
「いた?」
「性質という名称で」
「認識していたわけではない」
レグル。
壁。
記録。
見る。
「職業技能に分類できない現象」
「神性反応を伴わない異常能力」
「本人の強い感情に連動する現象」
「呼び方は」
「時代ごとに違う」
「でも」
俺。
息。
止まる。
「いた」
「ああ」
新しい。
情報。
大きい。
「何人?」
「記録上」
レグル。
答える。
「三十七年間で」
一拍。
「二十三人」
俺。
リナ。
見る。
「その人たち」
「今は?」
レグル。
答えない。
嫌な。
間。
「レグルさん」
「生存が確認されているのは」
声。
低い。
「四人だ」
「…………」
十九人。
「死んだ?」
「六名」
「じゃあ」
「残り十三人は?」
「不明」
「不明?」
「失踪」
「記録消失」
「あるいは」
レグル。
目。
細く。
「我々の観測から」
「突然」
「消えた」
黒い札。
頭。
浮かぶ。
【107】
神に。
見つかってる。
数。
シオン。
ミア。
そして。
特別査定部。
三十七年。
追ってる。
「その人たち」
「消える前」
「黒い札」
「見てません?」
レグル。
俺。
見る。
表情。
固まる。
「なぜ」
「知っている」
当たり。
身体。
冷える。
「あるんですね」
「…………」
「数字」
「書いてある」
「札」
レグル。
すぐ。
答えない。
部屋。
出る。
「ついて来い」
「どこへ?」
「記録庫だ」
◇ ◇ ◇
地下。
さらに。
奥。
鉄。
扉。
三つ。
鍵。
レグル。
全部。
自分。
開ける。
「ここ」
「特別査定部でも」
「閲覧できる者は」
「限られている」
「俺」
「見ていいんですか?」
「本来は駄目だ」
「じゃあ何で」
「状況が変わった」
最後。
扉。
開く。
匂い。
古い。
紙。
埃。
木。
棚。
大量。
記録。
「最初の記録は」
レグル。
歩く。
「三十七年前」
「当時」
「南部の農村で」
「奇妙な少女が」
「発見された」
「奇妙?」
「雨を」
「避けた」
「傘?」
「違う」
棚。
一冊。
取る。
「少女の周囲だけ」
「雨が」
「落ちなかった」
俺。
想像。
する。
雨。
降る。
でも。
一人。
周り。
だけ。
濡れない。
「魔法じゃ?」
「魔力反応なし」
「神様?」
「神性反応なし」
「職業は?」
「農夫」
「女の子なのに?」
「農夫という職業分類に性別は関係ない」
「そこじゃない」
でも。
記録。
見る。
【名称:エナ】
【年齢:14】
【職業:農夫】
【未分類現象:周囲への降雨侵入を拒絶】
拒絶。
俺。
少し。
反応。
「その子」
「どうなった?」
「三ヶ月後」
ページ。
めくる。
【対象消失】
「失踪?」
「ああ」
「家から?」
「違う」
次。
ページ。
見る。
【特別観察室より消失】
「ここ?」
「旧施設だ」
「でも」
「管理院の中?」
「ああ」
胸。
嫌。
なる。
「閉じ込めてた?」
「…………」
レグル。
黙る。
「本人同意?」
「記録上は」
「保護措置」
「それ」
「答えになってない」
「分かっている」
レグル。
言う。
「だから」
「今は」
「制度が変わった」
「…………」
「三十七年前」
「我々は」
「性質を知らなかった」
「職業でも」
「魔法でも」
「神の奇跡でもない」
「理解できない力を」
「危険と判断した」
記録。
指。
置く。
「エナは」
「三ヶ月」
「ここに近い施設で」
「暮らした」
「帰りたいと」
「何度も」
「訴えている」
ページ。
文字。
残る。
【帰宅希望】
【却下】
【理由:現象未解明】
次。
【帰宅希望】
【却下】
次。
【母親との面会希望】
【安全上の理由により延期】
次。
俺。
めくる。
嫌。
なる。
【対象、食事拒否】
【対象、会話拒否】
【対象、職員への敵意増大】
そして。
最後。
【対象消失】
その下。
手書き。
小さい。
【室内に黒色札一枚】
心臓。
鳴る。
「……数字」
「裏だ」
レグル。
言う。
記録。
貼られた。
古い。
写し。
黒。
札。
表。
【22】
裏。
【1】
「…………」
今。
俺。
持ってる。
札。
【107】
シオン。
持ってた。
裏。
【2】
三十七年前。
【22】
【1】
「これ」
「何」
「分からない」
「三十七年」
「調べても?」
「ああ」
レグル。
悔しそう。
初めて。
見える。
「だから」
「我々は」
「探している」
「何を?」
「この札を置く者」
「消えた人たち」
「そして」
俺。
見る。
「性質とは」
「何なのか」
悪。
じゃない。
少なくとも。
単純。
じゃない。
この人たち。
間違えた。
エナ。
閉じ込めた。
でも。
それ。
失敗。
記録。
残してる。
今。
変えよう。
してる。
でも。
まだ。
トーマ。
怖がらせた。
ミア。
逃げた。
正しい。
と。
間違い。
混ざってる。
たぶん。
俺も。
同じ。
「レグルさん」
「何だ」
「俺」
「一個」
「訂正します」
「何を」
「さっき」
「誰を保護してるんですかって」
「聞いた」
「ああ」
「たぶん」
「あなたたち」
「守ろうとは」
「してる」
レグル。
何も。
言わない。
「でも」
記録。
エナ。
見る。
「守る相手に」
「聞くの」
「忘れたら」
「こうなる」
「…………」
「俺も」
「忘れるかもしれない」
トーマ。
助ける。
言った。
でも。
それ。
俺。
勝手。
なら。
同じ。
「だから」
「俺が」
「そうなったら」
「止めてください」
レグル。
眉。
寄せる。
「私に?」
「はい」
「君は」
「私を信用しているのか」
「してません」
「…………」
「まだ」
俺。
言う。
「だから」
「あなたも」
「俺が間違ってると思ったら」
「言って」
「俺も」
「あなたが間違ってると思ったら」
「言う」
レグル。
長い。
長い。
沈黙。
「……シオンとは」
「違うな」
「シオンなら?」
「我々を」
「信用する必要がないと言う」
「それも」
「分かる」
「分かるのか」
「でも」
俺。
考える。
「信用しないことと」
「話さないこと」
「同じじゃない」
レグル。
少し。
目。
見開く。
俺自身。
言って。
思う。
神様。
同じ。
全部。
信じる。
必要。
ない。
全部。
切る。
必要。
も。
ない。
話す。
聞く。
疑う。
選ぶ。
面倒。
でも。
たぶん。
俺。
それ。
やりたい。
その時。
記録庫。
外。
足音。
急。
近づく。
「主任!」
扉。
開く。
査定官。
息。
切れてる。
「何だ」
「反応が」
「どの反応だ」
「旧観測器です」
レグルの顔。
変わる。
「何が起きた」
「新たに」
査定官。
俺。
一瞬。
見る。
言って。
いいか。
迷う。
「言え」
「はい」
「未分類反応を」
「三件」
「同時に」
「確認しました」
「場所は」
「一件」
「北」
「一件」
「東」
「もう一件は」
止まる。
「どこ」
「ここです」
「ここ?」
「職業管理院」
俺。
リナ。
レグル。
見る。
「誰?」
「識別中です」
その瞬間。
――ドン。
遠く。
さっき。
より。
大きい。
音。
地下。
揺れる。
「バルク!?」
走る。
レグル。
止めない。
廊下。
出る。
また。
音。
ドン。
違う。
バルクの。
部屋。
方向。
じゃない。
もっと。
上。
「地上?」
階段。
向かう。
人。
降りてくる。
職員。
叫ぶ。
「避難してください!」
「何があった!」
「正面玄関です!」
「誰だ!」
「分かりません!」
階段。
上る。
地上。
光。
眩しい。
人。
逃げてる。
受付。
書類。
散らばる。
入口。
扉。
片方。
倒れてる。
その中央。
一人。
立ってる。
女。
若い。
十七。
十八。
くらい。
白い。
髪。
肩。
まで。
服。
泥。
汚れてる。
裸足。
息。
荒い。
そして。
右腕。
黒い。
線。
絡んでる。
見覚え。
ある。
黒い。
接続。
昔。
ユリウス。
繋がってた。
あれ。
似てる。
でも。
違う。
もっと。
荒い。
女。
周り。
職員。
武器。
構える。
「動くな!」
「名前を!」
「職業を申告しろ!」
女。
怯える。
「分からない」
「名称は!」
「分からない!」
「職業!」
「ない!」
俺。
止まる。
女。
頭。
抱える。
「何も」
「分からない」
泣いてる。
「昨日から」
「みんな」
「聞く」
「名前」
「職業」
「神様」
「知らない」
「私」
顔。
上げる。
目。
俺。
合う。
その瞬間。
右腕。
黒い線。
動く。
俺の。
ブレイカー。
反応。
する。
「レン!」
リナ。
叫ぶ。
俺。
手。
上げる。
「待って!」
誰に。
言った。
分からない。
職員。
女。
自分。
全部。
「武器」
「下げて!」
「危険だ!」
「怖がってる!」
「それでも――」
女。
叫ぶ。
「来ないで!」
空気。
弾ける。
受付。
机。
床。
人。
全部。
一瞬。
浮く。
俺。
吹き飛ぶ。
「うわっ!」
背中。
壁。
当たる。
痛い。
でも。
起きる。
女。
中央。
しゃがむ。
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
繰り返す。
周り。
また。
武器。
構える。
レグル。
前。
出る。
「全員、武器を下ろせ!」
「主任!」
「下ろせ!」
声。
響く。
一人。
二人。
剣。
下がる。
でも。
完全。
じゃない。
レグル。
女。
数歩。
距離。
取る。
しゃがむ。
目線。
近づける。
「聞こえるか」
女。
顔。
上げない。
「私はレグル」
ゆっくり。
言う。
「職業管理院の」
止まる。
そして。
「……いや」
徽章。
外す。
床。
置く。
「レグルだ」
俺。
見る。
昨日。
ミア。
失敗。
した。
人。
今日。
変えた。
「君を」
レグル。
言う。
「捕まえない」
女。
少し。
顔。
上げる。
「まず」
「聞く」
俺。
息。
止まる。
「何を」
「してほしい」
女。
唇。
震える。
長い。
沈黙。
「……助けて」
小さい。
声。
聞こえる。
レグル。
頷く。
「分かった」
その時。
女。
俺。
見る。
「でも」
「何?」
指。
俺。
向く。
「その人」
「知ってる」
俺。
止まる。
「俺?」
女。
頷く。
「どこで?」
「知らない」
「え?」
「知らない」
泣く。
「でも」
「知ってる」
胸。
嫌。
鳴る。
「名前」
女。
言う。
「レン」
周り。
静か。
「何で」
「知ってる?」
女。
自分。
頭。
押さえる。
「分からない」
黒い線。
腕。
這う。
「昨日」
「目」
「覚めた時」
「頭の中」
「言われた」
俺。
一歩。
近づきそう。
なる。
止める。
「何て?」
女。
俺。
見る。
「レンを」
震える。
声。
「見つけろ」
心臓。
強く。
鳴る。
「誰に?」
「分からない」
「声?」
「うん」
「どんな?」
「分からない」
「他には?」
女。
目。
閉じる。
思い出す。
怖い。
でも。
言う。
「見つけて」
一拍。
「聞けって」
「何を?」
女。
目。
開く。
俺。
真っ直ぐ。
見る。
「どうして」
「私たちを」
「起こしたのって」
誰も。
喋らない。
俺。
意味。
分からない。
「俺が?」
女。
首。
振る。
「違う」
「じゃあ」
「誰に?」
女。
泣きながら。
言う。
「神様に」
七柱。
声。
一斉。
止まる。
「神様に」
女。
もう一度。
言う。
「どうして」
「私たちを」
「起こしたのって」
「レンに」
「聞いてもらえって」
俺。
何も。
言えない。
神様。
性質。
百九。
目覚め。
神なき。
力。
そう。
思ってた。
でも。
もし。
誰か。
意図して。
起こした。
なら。
誰。
神?
七柱?
違う。
古い神?
西?
八つ目?
分からない。
その時。
ノア。
声。
小さい。
でも。
はっきり。
『レン』
「何?」
『彼女の』
『右腕を』
「うん」
『見てください』
黒い。
線。
絡む。
その中。
何か。
ある。
文字?
目。
凝らす。
一瞬。
浮かぶ。
【育成――】
消える。
「…………」
見間違い?
「ノア」
『私にも』
声。
初めて。
震えてる。
『見えました』
女。
俺。
見る。
そして。
言った。
「お願い」
「神様に」
「聞いて」
「何で」
涙。
落ちる。
「私たちを」
「育て始めたの?」




