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神々は無職を選んだ  作者: 夜凪 灯
第二章 神なき力の目覚め
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53/71

神託ログ05『正しい檻』

「誰を、保護してるんですか?」


 地下の廊下に、俺の声が思った以上に響いた。


 職業管理院の地下区画は、地上とはまるで空気が違う。


 受付には朝から多くの人が行き交い、職業の登録や変更、技能補助について相談する声が絶えず聞こえていた。それなのに、階段を一つ降りただけで人の気配が急に薄くなる。


 壁は分厚い灰色の石。一定間隔で魔石らしい灯りが埋め込まれているが、窓は一つもない。


 その奥。


 さっきまで、男の声が聞こえていた。


『俺は何もしてない!』


 そして、何かがぶつかるような重い音。


 今はもう聞こえない。


 静かすぎる。


 その静けさが、余計に気になった。


 俺の正面に立つ男――職業管理院特別査定部、主任査定官レグル・ハイゼンは、すぐには答えなかった。


 俺より少し高い位置から、まっすぐこちらを見ている。


 怒っているようには見えない。


 焦ってもいない。


 だからこそ、何を考えているのか分からない。


「質問に答える前に、一つ訂正しておく」


 やがてレグルが口を開いた。


「ここは収容施設ではない」


「でも、人が帰りたいって叫んでました」


「聞こえた言葉だけで状況を判断するな」


「じゃあ状況を教えてください」


「君に知る権限はない」


「…………」


 正論。


 たぶん。


 俺は職業管理院の人間じゃない。


 神官でもない。


 管理者でもない。


 以前、一時的に検査官の役割を受けたことはあるけれど、それだってとっくに終わっている。


 何より。


 職業。


 なし。


 こういう時だけは、本当に何の肩書きもない。


「レン」


 後ろからトーマが呼んだ。


 振り返る。


 顔色が悪い。


 ここへ来る前から緊張していた。でも今は、それとは違う。


 怯えている。


「俺、帰る」


「うん」


「今」


「分かった」


 それだけ確認して、案内してきた査定官を見る。


「トーマは帰ります」


「検査が完了していません」


「任意同行ですよね?」


「そう聞いてる」


 トーマ自身が続けた。


 さっきまで俺の後ろに半分隠れるようにしていたのに、今は一歩だけ前へ出ている。


「俺、自分の力が何なのか知りたくて来た。危ないかもしれないのも分かってる」


 右手を見る。


「でも」


 地下の奥へ視線を向ける。


「ここで調べてもらうのは、嫌だ」


 査定官が何か言おうとした。


「通せ」


 レグルだった。


「主任?」


「任意同行である以上、現段階で退去を妨げる根拠はない」


「しかし、未登録性質の――」


「規定を読み直せ」


 声を荒らげてはいない。


 それでも査定官は口を閉じた。


 一歩。


 横へ退く。


 道が開く。


 トーマはすぐには動かなかった。


 レグルを見る。


「……本当に帰っていいのか?」


「ああ」


「後から捕まえに来たり」


「現時点ではしない」


「現時点では、かよ」


「危険性が確認されれば話は変わる」


 トーマの表情が曇る。


 でも。


「分かった」


 頷いた。


 俺は少し驚いた。


 もっと反発すると思った。


 昨日なら、たぶんした。


 でも今は。


 自分の力が他人を巻き込むかもしれないことを、トーマ自身も知っている。


「先に上で待ってて」


 俺が言う。


「お前は?」


「ちょっと話す」


「一人で?」


「リナいるし」


「いるよ」


 隣でリナが片手を上げた。


 トーマは俺とリナを交互に見る。


「神様も?」


「七人」


「多いな」


「俺もそう思う」


『何が多いのよ』


 セレナ。


 元気。


 トーマには聞こえない。


 ある意味。


 幸せ。


「じゃあ」


 トーマは階段へ向かう。


 途中で止まった。


「レン」


「何?」


「勝手に壊すなよ」


「何を!?」


「建物」


「壊さねえよ!」


「お前、ブレイカーだろ」


「名前だけで判断するな!」


 トーマが少し笑う。


「じゃあな」


「うん」


 階段を上っていく。


 足音が遠ざかる。


 見えなくなるまで待ってから、俺はレグルへ向き直った。


「帰したんですね」


「任意同行だからな」


「もっと無理やり連れてくと思ってました」


「君の中で私は何者なんだ」


「まだ分からないです」


「そうか」


「だから聞いてます」


 レグルはしばらく俺を見ていた。


「シオンが言っていた通りだな」


「…………」


 今。


 何て?


「シオン?」


「ああ」


「会ったんですか?」


「昨夜」


 隣。


 リナの表情が変わる。


「ミアも?」


「いた」


「今どこに?」


「逃走した」


 逃走。


 その言葉に引っかかる。


「逃げた、じゃなくて?」


「同じ意味だ」


「ちょっと違う気がする」


「細かい男だな」


「よく言われます」


「シオンにも言われた」


「あいつ会ってないのに俺の悪口多くない!?」


 リナが吹き出した。


 レグルの後ろにいた査定官まで、一瞬だけ変な顔をした。


 今。


 笑いそうになった?


 でも。


 すぐ。


 戻る。


「ミアは」


 俺は聞いた。


「自分でシオンについていったんですか?」


「そう証言した」


「なら、何で逃走?」


「我々の検査要請を拒否して立ち去ったからだ」


「検査要請?」


「強制?」


 レグルが黙る。


 その一瞬で。


 分かる。


「最初は」


「……ああ」


「本人に聞かなかった?」


「…………」


「シオンに言われました?」


 レグルの眉が動く。


 当たり。


「何て?」


「君に話す必要はない」


「『本人に聞け』とか?」


「…………」


「当たりだ」


「レン」


 リナ。


 袖。


 引く。


「ちょっと嬉しそう」


「ごめん」


 レグルが額へ手を当てた。


「本当に面倒だな」


「今日三人目です」


「誇るな」


 でも。


 少し。


 分かった。


 この人。


 全部。


 聞かない人。


 じゃない。


 間違えた。


 たぶん。


 昨日。


 ミアに。


 でも。


 それを。


 少し。


 直した。


 なら。


 話せる。


 かもしれない。


「それで」


 レグルが言った。


「今度はこちらの質問だ」


「はい」


「神々は性質保有者を集めて何をするつもりだ?」


「だから」


「昨日初めて会ったんですって」


「証明できない」


「そうなんですよね」


「神々の指示ではないと?」


「違います」


「七柱の神々が君に接続している」


「はい」


「その君が、未登録性質保有者と接触した」


「はい」


「その直前、旧観測機構が世界各地の性質保有者を観測している」


「はい」


「偶然だと言うのか?」


「分かりません」


 レグル。


 少し。


 止まる。


「否定しないのか」


「だって」


 俺。


 考える。


「俺が知らないだけで」


「何か繋がってる可能性はあるから」


 七柱が。


 嘘。


 ついてる。


 とは。


 思いたくない。


 でも。


 俺自身。


 なぜ。


 第109代。


 育成対象。


 なのか。


 知らない。


 西。


 影のない男。


 言った。


 偶然じゃない。


 向こうは。


 知ってる。


 かもしれない。


「ただ」


 俺は続ける。


「少なくとも」


「七柱が俺に」


「性質持ちを集めろって」


「言ったことはないです」


「断言できるか」


「そこは」


「できます」


「なぜ?」


 俺。


 七柱。


 見る。


 姿。


 ない。


 でも。


 いる。


「聞いたから」


「神に?」


「はい」


「神の言葉を証拠にするのか?」


 胸。


 少し。


 引っかかる。


 確かに。


 俺。


 前。


 言った。


 神様。


 言ったこと。


 自動的に。


 真実。


 記録。


 するな。


 って。


「……いや」


 言い直す。


「証拠には」


「しない」


 レグルの目が変わる。


「俺は」


「七柱からそう聞いた」


「だから」


「今のところ」


「信じてる」


「でも」


「あなたが」


「それだけじゃ信じられないのも」


「分かります」


 言ってから。


 少し。


 不思議。


 思う。


 昔。


 神様。


 疑う。


 なんて。


 考えたこと。


 なかった。


 異世界。


 来て。


 神様。


 七人。


 いて。


 普通なら。


 信じる。


 だろ。


 でも。


 今。


 信じる。


 と。


 正しい。


 同じじゃない。


 少し。


 分かる。


 レグルは長いこと黙っていた。


「……君の記録に」


 やがて言った。


「神託を無条件で事実として記録することを拒んだ、とある」


「そこまで載ってるの?」


「特別査定部だからな」


「怖っ」


「褒め言葉として受け取ろう」


「褒めてないです」


 リナ。


 小さく。


「ちょっと似てる」


「誰と誰が?」


「レンと、この人」


「どこが!?」


「面倒」


「レグルさん!」


「否定はしない」


「味方いない!」


          ◇ ◇ ◇


 レグルが案内したのは、地下のさらに奥だった。


「待って」


 歩きながら俺は聞く。


「俺、権限ないんじゃ?」


「ない」


「じゃあ何で?」


「君が聞いたからだ」


「…………」


「見せずに帰せば」


 レグルは前を向いたまま言う。


「君は勝手に調べるだろう」


「……たぶん」


「侵入も?」


「しないです!」


 間。


「たぶん」


「おい」


「いや、しない!」


「今ので信用度が下がったぞ」


 リナが笑ってる。


 でも。


 俺。


 少し。


 警戒。


 してる。


 簡単。


 見せる。


 って。


 ことは。


 見せても。


 問題。


 ない。


 もの?


 それとも。


 俺。


 何か。


 見せたい?


「ノア」


 心の中。


 小さく。


 呼ぶ。


『はい』


「周り」


「変なものある?」


『質問が曖昧です』


「罠とか」


『現時点で、魔法的な拘束機構は確認できません』


「ありがとう」


『ただし』


「何?」


『私の観測外の機構が存在する可能性は否定できません』


「だよね」


 神様。


 万能。


 じゃない。


 だから。


 自分。


 見る。


 廊下。


 扉。


 五つ。


 全部。


 同じ。


 鉄。


 小さい。


 覗き窓。


「牢屋みたい」


 俺。


 言う。


「検査室だ」


「鍵」


「ある」


「外から?」


「外からも内側からも開けられる」


「本当に?」


 レグルが一つ。


 扉。


 開ける。


 中。


 普通。


 部屋。


 ベッド。


 机。


 椅子。


 水。


 窓。


 ない。


 でも。


 牢屋。


 より。


 病室。


 近い。


「性質は」


 レグルが説明する。


「発現条件も、効果も、範囲も分からない」


「はい」


「火を出す者がいるかもしれない」


 セレナ。


『魔法と一緒にしないで』


「今そこじゃない」


「何か?」


「独り言です」


「そうか」


「続けて」


「触れた物を破壊する者」


「他人の意識へ干渉する者」


「本人自身が危険に晒される性質」


「可能性だけなら」


「いくらでも考えられる」


「だから地下?」


「地上より被害を限定しやすい」


 合理的。


 嫌。


 だけど。


 合理的。


「さっきの人は?」


「見せる」


 奥。


 最後。


 扉。


 前。


 止まる。


「ただし」


 レグル。


 俺。


 見る。


「先に言っておく」


「何を?」


「君が聞いた言葉だけで」


「彼を被害者と決めるな」


 胸。


 刺さる。


「…………」


「中にいるのは」


「バルク・オルダ」


「三十四歳」


「職業」


「護衛士」


 レグルが扉横の記録板へ触れる。


 文字。


 浮かぶ。


【名称:バルク・オルダ】


【職業:護衛士】


【性質:未確定】


【危険度:査定中】


【入室形態:本人同意】


「本人同意?」


「ああ」


「じゃあ」


「何で帰りたいって」


「見ろ」


 扉。


 開く。


          ◇ ◇ ◇


 中。


 男。


 一人。


 ベッド。


 端。


 座ってた。


 大きい。


 ガルドほど。


 知らんけど。


 たぶん。


 でかい。


 腕。


 太い。


 短い。


 金髪。


 顔。


 汗。


 びっしょり。


 右手。


 左手。


 震えてる。


「バルク」


 レグル。


 声。


 かける。


 男。


 顔。


 上げる。


「レグル」


「落ち着いたか」


「……少し」


 さっき。


 叫んでた。


 人。


 同じ?


 声。


 今。


 弱い。


「この二人に」


 レグル。


 俺とリナ。


 見る。


「話を聞かせても?」


 バルク。


 俺。


 見る。


「誰だ」


「レンです」


「職業は?」


「なし」


「…………」


 バルク。


 レグル。


 見る。


「何で無職連れてきた」


「俺も聞きたいです」


「お前が言うな」


 レグル。


 ちょっと。


 疲れてる。


 バルク。


 少し。


 笑う。


 その。


 一瞬。


 空気。


 緩む。


「そっちは?」


「リナ」


「職業」


「リナ」


「…………」


 バルク。


 また。


 レグル。


 見る。


「何なんだこいつら」


「私にも分からん」


「ひどくない!?」


 でも。


 バルク。


 笑った。


 ほんの。


 少し。


 その後。


 自分の手。


 見る。


「……俺は」


 話す。


 始める。


「五日前」


「護衛の仕事で」


「北の街道」


「歩いてた」


 俺。


 聞く。


 今度。


 途中。


 入らない。


「盗賊が出た」


「三人」


「いつもなら」


「問題ない」


 護衛士。


 戦う。


 仕事。


「一人」


「剣」


「振った」


「俺」


「受けた」


 手。


 震える。


「そしたら」


「そいつが」


 喉。


 鳴る。


「動けなくなった」


「魔法?」


 バルク。


 首。


 振る。


「違う」


「何で分かる?」


「俺」


「魔法」


「使えん」


 それ。


 関係。


 ある?


 セレナ。


『魔力反応が本人にないなら、通常魔法である可能性は下がるわ』


「その人」


「どうなった?」


「立ってた」


「でも」


「動かない」


「どれくらい?」


「俺が」


 バルク。


 息。


 吐く。


「動いていい」


「って」


「思うまで」


 俺。


 止まる。


「思うまで?」


「言ってない」


「頭で?」


「そう」


 シオン。


 昨日。


 査定官。


 止めた。


 トーマ。


 話。


 思い出す。


 見えない。


 壁。


 みたい。


 でも。


 同じ。


 とは。


 限らない。


「それで」


「昨日」


 バルク。


 続ける。


「ここに来た」


「自分から?」


「ああ」


「何で?」


「怖えだろ」


 即答。


 俺。


 黙る。


「俺」


「護衛士だ」


「人を」


「守る」


「仕事」


「なのに」


「俺が」


「人」


「動けなくする」


 拳。


 握る。


「もし」


「戻せなかったら」


「もし」


「心臓まで」


「止まったら」


「分からない」


「だから」


「調べてくれって」


「俺から」


「来た」


 レグル。


 何も。


 言わない。


「じゃあ」


 俺。


 聞く。


「さっき」


「何で」


「帰りたいって?」


 バルクの顔。


 変わる。


 恐怖。


「出た」


「何が?」


「力」


「ここで?」


「ああ」


 壁。


 指す。


「査定官」


「一人」


「止まった」


「どれくらい?」


「三十秒」


「怪我は?」


「ない」


「じゃあ」


「何で」


「怖くなった?」


 バルク。


 俺。


 見る。


「止めようと」


「思ってない」


 部屋。


 静か。


「俺」


「何も」


「してない」


「なのに」


「止まった」


 勝手。


 発動。


 トーマ。


 同じ。


「それで」


「帰りたいって?」


「違う」


 バルク。


 首。


 振る。


「ここから」


「離してくれって」


「…………」


「俺を」


「人から」


「離してくれ」


 意味。


 やっと。


 分かる。


 帰りたい。


 じゃない。


 逃げたい。


 自分から。


 人を。


 守るため。


「レグル」


 バルク。


 見る。


「頼む」


「もっと」


「奥」


「ないのか」


「誰も」


「来ない」


「場所」


「ある」


 レグル。


 答える。


「だが」


「そこへ入れば」


「観察できる人員も」


「減る」


「いい」


「よくない」


「何で!」


 バルク。


 声。


 上がる。


 瞬間。


 俺。


 身体。


 固まる。


「…………え?」


 動かない。


 足。


 手。


 指。


 動かそう。


 思う。


 動かない。


 呼吸。


 できる。


 目。


 動く。


 リナ。


 剣。


 抜こう。


 する。


 でも。


 腕。


 途中。


 止まる。


 レグル。


 動かない。


 バルク。


 目。


 見開く。


「違う!」


 叫ぶ。


「俺じゃ――」


 いや。


 俺。


 見える。


 バルク。


 怖い。


 俺たち。


 止まった。


 それ。


 見て。


 もっと。


 怖くなる。


 力。


 強く。


 なる?


「バ……ルク」


 声。


 出る。


 身体。


 動かない。


 でも。


 口。


 少し。


 動く。


「大……丈夫」


「何が大丈夫だ!」


「分か……らん」


「じゃあ言うな!」


「ごめ……ん」


 でも。


 何。


 する。


 ブレイカー。


 使う?


 バルク。


 俺たち。


 間。


 何か。


 ある。


 それ。


 切る。


 できる?


 分からない。


 でも。


 切れば。


 動ける。


 かもしれない。


「レン」


 セレナ。


 声。


『待ちなさい』


 止まる。


 いや。


 もう。


 止まってる。


『何を切るつもり?』


 何。


 バルク。


 力。


 俺。


 接続。


『それは何?』


 分からない。


『切った後』


『どうなるの?』


 分からない。


 じゃあ。


 切るな。


 でも。


 危険。


 リナ。


 止まってる。


 レグル。


 止まってる。


 バルク。


 パニック。


 このまま。


 悪化。


 したら。


「ブレイカー」


 意識。


 向ける。


『レン』


 フィリア。


 声。


『焦らないで』


「でも」


『今』


『呼吸はできます』


 呼吸。


 できる。


『心臓も』


『動いています』


 じゃあ。


 時間。


 ある。


 俺。


 バルク。


 見る。


「バルク」


「何だ!」


「俺」


「動けない」


「見れば分かる!」


「だから」


「今」


「俺に」


「何してる?」


「知らねえよ!」


「違う」


 声。


 少し。


 出る。


「俺を」


「どうしたい?」


「は?」


「止めたい?」


「違う!」


「動くなって」


「思ってる?」


「思ってねえ!」


「じゃあ」


「何」


 バルク。


 息。


 荒い。


 自分。


 頭。


 抱える。


「俺は」


「俺は」


「誰にも」


「近づいてほしくない」


 そこ。


「何で?」


「危ねえから!」


「誰が?」


「俺だよ!」


「誰に?」


「お前らに!」


 言葉。


 出る。


 その瞬間。


 俺の指。


 少し。


 動く。


「……あ」


 リナ。


 腕。


 動く。


 レグル。


 一歩。


 動く。


 バルク。


 気づく。


「何で」


「分かんない」


 俺。


 手。


 握る。


 動く。


「でも」


「今」


「弱くなった」


 バルク。


 呼吸。


 整える。


「俺」


「誰にも」


「近づいて」


「ほしくない」


 もう一度。


 今度。


 ゆっくり。


「俺が」


「怖いから」


 完全。


 動く。


 力。


 消えた。


 俺。


 膝。


 少し。


 力。


 抜ける。


 リナ。


 剣。


 戻す。


「びっくりした」


「俺も」


 バルク。


 ベッド。


 座り込む。


「……ごめん」


「いいよ」


「よくねえだろ」


「じゃあ」


「よくない」


「どっちだ!」


 でも。


 俺。


 笑えない。


 今。


 危なかった。


 俺。


 ブレイカー。


 使おう。


 した。


 何を。


 切るか。


 分からない。


 まま。


 もし。


 使ってたら。


 どうなった。


 バルクの性質。


 壊した?


 身体。


 何か。


 切った?


 俺たち。


 接続。


 変な。


 壊し方。


 した?


 分からない。


 怖い。


「……俺も」


 口。


 出る。


「危なかった」


 レグル。


 俺。


 見る。


「何がだ」


「ブレイカー」


「使おうとした」


 レグル。


 顔。


 変わる。


「なぜ使わなかった」


「分からなかったから」


「何が」


「何を」


「壊せばいいか」


 言う。


 少し。


 恥ずかしい。


 力。


 持ってる。


 でも。


 使えない。


 格好。


 悪い。


 でも。


「分からないのに」


「使ったら」


「もっと」


「危ないと思った」


 レグル。


 長く。


 黙る。


 そして。


「それでいい」


「え?」


「未確認の力を」


「分からないまま使わない」


「それが」


 バルク。


 見る。


「我々が」


「ここで教えたいことでもある」


 俺。


 止まる。


 あれ。


 同じ。


「じゃあ」


 俺。


 言う。


「相談所」


「何?」


「俺」


「性質持ちが」


「困った時」


「相談できる場所」


「作ろうと思ってて」


「…………」


「同じこと」


「しようとしてる?」


 レグル。


 ものすごく。


 嫌そうな。


 顔。


「一緒にするな」


「何で!?」


「君は昨日思いついただけだろう」


「はい」


「我々は」


「三十七年前から」


「未分類現象を」


「調査している」


「三十七年!?」


 初耳。


「待って」


「性質」


「最近じゃないの?」


「誰がそう言った」


 誰。


 言ってない。


 俺。


 勝手。


 思ってた。


 百九。


 目覚め。


 始めた。


 最近。


 でも。


 性質自体。


 昔。


 から。


 ある。


 カイル。


 先輩。


 言ってた。


 職業制度。


 前。


 から。


「じゃあ」


「今までにも」


「いた?」


「性質という名称で」


「認識していたわけではない」


 レグル。


 壁。


 記録。


 見る。


「職業技能に分類できない現象」


「神性反応を伴わない異常能力」


「本人の強い感情に連動する現象」


「呼び方は」


「時代ごとに違う」


「でも」


 俺。


 息。


 止まる。


「いた」


「ああ」


 新しい。


 情報。


 大きい。


「何人?」


「記録上」


 レグル。


 答える。


「三十七年間で」


 一拍。


「二十三人」


 俺。


 リナ。


 見る。


「その人たち」


「今は?」


 レグル。


 答えない。


 嫌な。


 間。


「レグルさん」


「生存が確認されているのは」


 声。


 低い。


「四人だ」


「…………」


 十九人。


「死んだ?」


「六名」


「じゃあ」


「残り十三人は?」


「不明」


「不明?」


「失踪」


「記録消失」


「あるいは」


 レグル。


 目。


 細く。


「我々の観測から」


「突然」


「消えた」


 黒い札。


 頭。


 浮かぶ。


【107】


 神に。


 見つかってる。


 数。


 シオン。


 ミア。


 そして。


 特別査定部。


 三十七年。


 追ってる。


「その人たち」


「消える前」


「黒い札」


「見てません?」


 レグル。


 俺。


 見る。


 表情。


 固まる。


「なぜ」


「知っている」


 当たり。


 身体。


 冷える。


「あるんですね」


「…………」


「数字」


「書いてある」


「札」


 レグル。


 すぐ。


 答えない。


 部屋。


 出る。


「ついて来い」


「どこへ?」


「記録庫だ」


          ◇ ◇ ◇


 地下。


 さらに。


 奥。


 鉄。


 扉。


 三つ。


 鍵。


 レグル。


 全部。


 自分。


 開ける。


「ここ」


「特別査定部でも」


「閲覧できる者は」


「限られている」


「俺」


「見ていいんですか?」


「本来は駄目だ」


「じゃあ何で」


「状況が変わった」


 最後。


 扉。


 開く。


 匂い。


 古い。


 紙。


 埃。


 木。


 棚。


 大量。


 記録。


「最初の記録は」


 レグル。


 歩く。


「三十七年前」


「当時」


「南部の農村で」


「奇妙な少女が」


「発見された」


「奇妙?」


「雨を」


「避けた」


「傘?」


「違う」


 棚。


 一冊。


 取る。


「少女の周囲だけ」


「雨が」


「落ちなかった」


 俺。


 想像。


 する。


 雨。


 降る。


 でも。


 一人。


 周り。


 だけ。


 濡れない。


「魔法じゃ?」


「魔力反応なし」


「神様?」


「神性反応なし」


「職業は?」


「農夫」


「女の子なのに?」


「農夫という職業分類に性別は関係ない」


「そこじゃない」


 でも。


 記録。


 見る。


【名称:エナ】


【年齢:14】


【職業:農夫】


【未分類現象:周囲への降雨侵入を拒絶】


 拒絶。


 俺。


 少し。


 反応。


「その子」


「どうなった?」


「三ヶ月後」


 ページ。


 めくる。


【対象消失】


「失踪?」


「ああ」


「家から?」


「違う」


 次。


 ページ。


 見る。


【特別観察室より消失】


「ここ?」


「旧施設だ」


「でも」


「管理院の中?」


「ああ」


 胸。


 嫌。


 なる。


「閉じ込めてた?」


「…………」


 レグル。


 黙る。


「本人同意?」


「記録上は」


「保護措置」


「それ」


「答えになってない」


「分かっている」


 レグル。


 言う。


「だから」


「今は」


「制度が変わった」


「…………」


「三十七年前」


「我々は」


「性質を知らなかった」


「職業でも」


「魔法でも」


「神の奇跡でもない」


「理解できない力を」


「危険と判断した」


 記録。


 指。


 置く。


「エナは」


「三ヶ月」


「ここに近い施設で」


「暮らした」


「帰りたいと」


「何度も」


「訴えている」


 ページ。


 文字。


 残る。


【帰宅希望】


【却下】


【理由:現象未解明】


 次。


【帰宅希望】


【却下】


 次。


【母親との面会希望】


【安全上の理由により延期】


 次。


 俺。


 めくる。


 嫌。


 なる。


【対象、食事拒否】


【対象、会話拒否】


【対象、職員への敵意増大】


 そして。


 最後。


【対象消失】


 その下。


 手書き。


 小さい。


【室内に黒色札一枚】


 心臓。


 鳴る。


「……数字」


「裏だ」


 レグル。


 言う。


 記録。


 貼られた。


 古い。


 写し。


 黒。


 札。


 表。


【22】


 裏。


【1】


「…………」


 今。


 俺。


 持ってる。


 札。


【107】


 シオン。


 持ってた。


 裏。


【2】


 三十七年前。


【22】


【1】


「これ」


「何」


「分からない」


「三十七年」


「調べても?」


「ああ」


 レグル。


 悔しそう。


 初めて。


 見える。


「だから」


「我々は」


「探している」


「何を?」


「この札を置く者」


「消えた人たち」


「そして」


 俺。


 見る。


「性質とは」


「何なのか」


 悪。


 じゃない。


 少なくとも。


 単純。


 じゃない。


 この人たち。


 間違えた。


 エナ。


 閉じ込めた。


 でも。


 それ。


 失敗。


 記録。


 残してる。


 今。


 変えよう。


 してる。


 でも。


 まだ。


 トーマ。


 怖がらせた。


 ミア。


 逃げた。


 正しい。


 と。


 間違い。


 混ざってる。


 たぶん。


 俺も。


 同じ。


「レグルさん」


「何だ」


「俺」


「一個」


「訂正します」


「何を」


「さっき」


「誰を保護してるんですかって」


「聞いた」


「ああ」


「たぶん」


「あなたたち」


「守ろうとは」


「してる」


 レグル。


 何も。


 言わない。


「でも」


 記録。


 エナ。


 見る。


「守る相手に」


「聞くの」


「忘れたら」


「こうなる」


「…………」


「俺も」


「忘れるかもしれない」


 トーマ。


 助ける。


 言った。


 でも。


 それ。


 俺。


 勝手。


 なら。


 同じ。


「だから」


「俺が」


「そうなったら」


「止めてください」


 レグル。


 眉。


 寄せる。


「私に?」


「はい」


「君は」


「私を信用しているのか」


「してません」


「…………」


「まだ」


 俺。


 言う。


「だから」


「あなたも」


「俺が間違ってると思ったら」


「言って」


「俺も」


「あなたが間違ってると思ったら」


「言う」


 レグル。


 長い。


 長い。


 沈黙。


「……シオンとは」


「違うな」


「シオンなら?」


「我々を」


「信用する必要がないと言う」


「それも」


「分かる」


「分かるのか」


「でも」


 俺。


 考える。


「信用しないことと」


「話さないこと」


「同じじゃない」


 レグル。


 少し。


 目。


 見開く。


 俺自身。


 言って。


 思う。


 神様。


 同じ。


 全部。


 信じる。


 必要。


 ない。


 全部。


 切る。


 必要。


 も。


 ない。


 話す。


 聞く。


 疑う。


 選ぶ。


 面倒。


 でも。


 たぶん。


 俺。


 それ。


 やりたい。


 その時。


 記録庫。


 外。


 足音。


 急。


 近づく。


「主任!」


 扉。


 開く。


 査定官。


 息。


 切れてる。


「何だ」


「反応が」


「どの反応だ」


「旧観測器です」


 レグルの顔。


 変わる。


「何が起きた」


「新たに」


 査定官。


 俺。


 一瞬。


 見る。


 言って。


 いいか。


 迷う。


「言え」


「はい」


「未分類反応を」


「三件」


「同時に」


「確認しました」


「場所は」


「一件」


「北」


「一件」


「東」


「もう一件は」


 止まる。


「どこ」


「ここです」


「ここ?」


「職業管理院」


 俺。


 リナ。


 レグル。


 見る。


「誰?」


「識別中です」


 その瞬間。


 ――ドン。


 遠く。


 さっき。


 より。


 大きい。


 音。


 地下。


 揺れる。


「バルク!?」


 走る。


 レグル。


 止めない。


 廊下。


 出る。


 また。


 音。


 ドン。


 違う。


 バルクの。


 部屋。


 方向。


 じゃない。


 もっと。


 上。


「地上?」


 階段。


 向かう。


 人。


 降りてくる。


 職員。


 叫ぶ。


「避難してください!」


「何があった!」


「正面玄関です!」


「誰だ!」


「分かりません!」


 階段。


 上る。


 地上。


 光。


 眩しい。


 人。


 逃げてる。


 受付。


 書類。


 散らばる。


 入口。


 扉。


 片方。


 倒れてる。


 その中央。


 一人。


 立ってる。


 女。


 若い。


 十七。


 十八。


 くらい。


 白い。


 髪。


 肩。


 まで。


 服。


 泥。


 汚れてる。


 裸足。


 息。


 荒い。


 そして。


 右腕。


 黒い。


 線。


 絡んでる。


 見覚え。


 ある。


 黒い。


 接続。


 昔。


 ユリウス。


 繋がってた。


 あれ。


 似てる。


 でも。


 違う。


 もっと。


 荒い。


 女。


 周り。


 職員。


 武器。


 構える。


「動くな!」


「名前を!」


「職業を申告しろ!」


 女。


 怯える。


「分からない」


「名称は!」


「分からない!」


「職業!」


「ない!」


 俺。


 止まる。


 女。


 頭。


 抱える。


「何も」


「分からない」


 泣いてる。


「昨日から」


「みんな」


「聞く」


「名前」


「職業」


「神様」


「知らない」


「私」


 顔。


 上げる。


 目。


 俺。


 合う。


 その瞬間。


 右腕。


 黒い線。


 動く。


 俺の。


 ブレイカー。


 反応。


 する。


「レン!」


 リナ。


 叫ぶ。


 俺。


 手。


 上げる。


「待って!」


 誰に。


 言った。


 分からない。


 職員。


 女。


 自分。


 全部。


「武器」


「下げて!」


「危険だ!」


「怖がってる!」


「それでも――」


 女。


 叫ぶ。


「来ないで!」


 空気。


 弾ける。


 受付。


 机。


 床。


 人。


 全部。


 一瞬。


 浮く。


 俺。


 吹き飛ぶ。


「うわっ!」


 背中。


 壁。


 当たる。


 痛い。


 でも。


 起きる。


 女。


 中央。


 しゃがむ。


「ごめんなさい」


「ごめんなさい」


「ごめんなさい」


 繰り返す。


 周り。


 また。


 武器。


 構える。


 レグル。


 前。


 出る。


「全員、武器を下ろせ!」


「主任!」


「下ろせ!」


 声。


 響く。


 一人。


 二人。


 剣。


 下がる。


 でも。


 完全。


 じゃない。


 レグル。


 女。


 数歩。


 距離。


 取る。


 しゃがむ。


 目線。


 近づける。


「聞こえるか」


 女。


 顔。


 上げない。


「私はレグル」


 ゆっくり。


 言う。


「職業管理院の」


 止まる。


 そして。


「……いや」


 徽章。


 外す。


 床。


 置く。


「レグルだ」


 俺。


 見る。


 昨日。


 ミア。


 失敗。


 した。


 人。


 今日。


 変えた。


「君を」


 レグル。


 言う。


「捕まえない」


 女。


 少し。


 顔。


 上げる。


「まず」


「聞く」


 俺。


 息。


 止まる。


「何を」


「してほしい」


 女。


 唇。


 震える。


 長い。


 沈黙。


「……助けて」


 小さい。


 声。


 聞こえる。


 レグル。


 頷く。


「分かった」


 その時。


 女。


 俺。


 見る。


「でも」


「何?」


 指。


 俺。


 向く。


「その人」


「知ってる」


 俺。


 止まる。


「俺?」


 女。


 頷く。


「どこで?」


「知らない」


「え?」


「知らない」


 泣く。


「でも」


「知ってる」


 胸。


 嫌。


 鳴る。


「名前」


 女。


 言う。


「レン」


 周り。


 静か。


「何で」


「知ってる?」


 女。


 自分。


 頭。


 押さえる。


「分からない」


 黒い線。


 腕。


 這う。


「昨日」


「目」


「覚めた時」


「頭の中」


「言われた」


 俺。


 一歩。


 近づきそう。


 なる。


 止める。


「何て?」


 女。


 俺。


 見る。


「レンを」


 震える。


 声。


「見つけろ」


 心臓。


 強く。


 鳴る。


「誰に?」


「分からない」


「声?」


「うん」


「どんな?」


「分からない」


「他には?」


 女。


 目。


 閉じる。


 思い出す。


 怖い。


 でも。


 言う。


「見つけて」


 一拍。


「聞けって」


「何を?」


 女。


 目。


 開く。


 俺。


 真っ直ぐ。


 見る。


「どうして」


「私たちを」


「起こしたのって」


 誰も。


 喋らない。


 俺。


 意味。


 分からない。


「俺が?」


 女。


 首。


 振る。


「違う」


「じゃあ」


「誰に?」


 女。


 泣きながら。


 言う。


「神様に」


 七柱。


 声。


 一斉。


 止まる。


「神様に」


 女。


 もう一度。


 言う。


「どうして」


「私たちを」


「起こしたのって」


「レンに」


「聞いてもらえって」


 俺。


 何も。


 言えない。


 神様。


 性質。


 百九。


 目覚め。


 神なき。


 力。


 そう。


 思ってた。


 でも。


 もし。


 誰か。


 意図して。


 起こした。


 なら。


 誰。


 神?


 七柱?


 違う。


 古い神?


 西?


 八つ目?


 分からない。


 その時。


 ノア。


 声。


 小さい。


 でも。


 はっきり。


『レン』


「何?」


『彼女の』


『右腕を』


「うん」


『見てください』


 黒い。


 線。


 絡む。


 その中。


 何か。


 ある。


 文字?


 目。


 凝らす。


 一瞬。


 浮かぶ。


【育成――】


 消える。


「…………」


 見間違い?


「ノア」


『私にも』


 声。


 初めて。


 震えてる。


『見えました』


 女。


 俺。


 見る。


 そして。


 言った。


「お願い」


「神様に」


「聞いて」


「何で」


 涙。


 落ちる。


「私たちを」


「育て始めたの?」

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