神託ログ04『誰のための保護』
扉が叩き破られた瞬間、古い倉庫の中へ夜の冷気が流れ込んだ。
乾いた木片が床を滑り、積もっていた埃が白く舞い上がる。蝶番の片方が壁から外れ、重い扉が斜めに傾いたまま止まった。
その向こうに立っていたのは、六人。
全員が濃紺の外套をまとっている。胸元には銀色の徽章。円の中央を一本の縦線が貫き、その左右に三本ずつ短い線が刻まれていた。
先頭に立つ男だけは外套の前を開いていた。
四十代くらいだろうか。短く整えられた黒髪には少しだけ白いものが混じり、腰には細身の剣を下げている。ただ、その手は柄に触れていなかった。
男は壊れた扉を一度見たあと、倉庫の奥にいる二人へ視線を移した。
「職業管理院、特別査定部。主任査定官、レグル・ハイゼンだ」
低く、よく通る声だった。
威圧するために張り上げているわけではない。
それでも、倉庫の空気が一段重くなったように感じられた。
「未登録性質保有者、二名を確認した。神託および職業秩序に基づき、両名を保護する」
シオンは机に片手を置いたまま、その言葉を聞いていた。
向かいではミアが椅子から立ち上がっている。
彼女の口が動く。
――保護。
音は出ない。
彼女の周囲では、音そのものが消えてしまう。
けれど、シオンにはその唇の動きだけで十分だった。
「ああ」
シオンは小さく笑った。
「便利な言葉だろ?」
レグルの眉がわずかに動いた。
「何がだ」
「保護」
シオンは椅子を引き、ゆっくりと立ち上がる。
「連れていく時にも使える。閉じ込める時にも使える。本人が嫌がっても、“危険から守るためだ”と言えば聞こえがいい」
「誤解しているようだな」
「じゃあ聞こう」
シオンは笑みを消した。
「本人に聞いたのか?」
倉庫の中が静まり返った。
いや。
もともと静かだった。
ミアの性質の影響がどこまで届いているのか、入口付近で割れた木片が床へ落ちても、その音すら途中で消えている。
その異様な静寂の中で、レグルだけは表情を変えなかった。
「保護対象の意思確認は、身柄を確保した後に行う」
「それを聞いてるんじゃない」
「なら何だ」
「この女に」
シオンがミアを示した。
「お前たちに守ってほしいか、聞いたのか」
レグルは答えなかった。
その沈黙だけで、シオンには十分だった。
「ほらな」
「……我々には、未確認の異常現象から市民を守る義務がある」
「市民?」
シオンが鼻で笑う。
「その中に、こいつは入ってないのか?」
後方にいた査定官の一人がわずかに身じろぎした。
レグルは振り返らない。
「当然、含まれている」
「なら、まずこいつを市民として扱え」
「扱っている」
「番号じゃなく?」
その一言。
レグルの目が、ほんの少し細くなった。
シオンは机の上に置かれていた黒い札を指先で弾いた。
【107】
「お前たちも数えてるんだろ」
レグルは答えない。
「神様より早く見つけて、職業制度より早く囲って、“保護しました”ってか」
「……その札をどこで手に入れた」
「質問してるのは俺だ」
「こちらもだ」
二人の視線がぶつかる。
ミアだけが、その間に立っていた。
彼女はシオンを見る。
次に、レグルを見る。
そして。
机の上へ指を滑らせた。
埃に文字が残る。
――私は帰りたい。
レグルの視線がそこへ落ちた。
初めて。
彼の表情が動いた。
「帰る場所は?」
ミアは指を動かす。
――家。
「家族は?」
――いる。
「性質発現後、家族に危害を加えたことは?」
ミアの指が止まった。
ほんの一瞬。
それから。
――ない。
「他人には?」
また。
止まる。
シオンがミアを見る。
ミアは答えない。
レグルはその沈黙を見逃さなかった。
「三日前」
静かに言った。
「東市場で、商人二名が一時的な聴覚異常を訴えた。翌日、中央通りでは馬車の御者が警告音を聞き取れず、歩行者と接触しかけた」
ミアの肩が震えた。
シオンの目から笑みが消える。
「死傷者はいない」
レグルは続けた。
「だが、次もそうだと言い切れるか?」
ミアは答えられなかった。
「我々は、お前を怪物と呼びに来たわけではない」
レグルの声は、意外なほど穏やかだった。
「だからこそ、制御方法が分かるまで保護する」
シオンはしばらく何も言わなかった。
今度は。
簡単には笑えなかった。
レグルの言葉には。
筋が通っている。
少なくとも、全部が嘘ではない。
「……なるほど」
シオンが呟く。
「何だ」
「思ってたよりまともだった」
後方の査定官が露骨に顔をしかめた。
「貴様――」
「下がれ」
レグルが止める。
シオンは肩をすくめた。
「だから余計に厄介だ」
「何?」
「お前たちは正しい」
シオンは言った。
「少なくとも、一部は」
ミアを見る。
「こいつの力は危険だ。本人も制御できてない。放っておけば誰かが傷つく可能性もある」
そして。
レグルを見る。
「でも」
一歩。
前へ出る。
「正しいからって」
もう一歩。
「本人より先に、本人の人生を決めていい理由にはならない」
レグルの手が、初めて剣の柄へ触れた。
◇ ◇ ◇
眠れなかった。
いや。
正確には、一度寝た。
でも目を閉じると、黒い札が浮かんだ。
【107】
そして。
【2】
シオンが持っていた札の裏側にあった数字。
トーマから聞いた話を何度思い返しても、その意味は分からない。
百七。
神に見つかっている数。
二。
何の数だ。
シオンとミア?
見つけた性質持ち?
保護した人数?
仲間?
考え始めると、次から次へと仮説だけが増えていく。
そのどれにも証拠がない。
「……寝よ」
俺は毛布を頭まで被った。
五秒。
十秒。
「無理」
『でしょうね』
「うわっ!」
頭の中へ突然声が響いて、毛布を跳ね上げた。
「ノア!」
『はい』
「夜中に急に喋るのやめて!」
『レンが呼びました』
「呼んでない!」
『三十二秒前に“ノアならどう考える”と発言しています』
「独り言!」
『私の名称を含む呼びかけと判断しました』
「神様の呼び出し判定どうなってんの!?」
静かな夜。
少しだけ。
笑う。
それで。
ほんの少し。
頭。
軽くなる。
……また。
短くなってる。
俺はベッドの上で身体を起こし、窓の外へ目を向けた。
大神殿の客室から見える町は、昼間とはまるで別の場所のようだった。大通りの店はほとんど明かりを落とし、遠くに見えるのは夜番のための街灯と、宿屋らしい建物の窓から漏れる淡い橙色の光だけだ。
この町のどこかで。
普通に眠っている人たちがいる。
明日も仕事へ行く人。
家族と朝飯を食べる人。
自分の職業に満足している人。
嫌いな人。
疑ったことすらない人。
その中に。
突然、自分でも分からない力が目を覚ました人間がいるかもしれない。
百九人。
いや。
その数字だって、本当に正しいか分からない。
「ノア」
『はい』
「トーマみたいな人」
「今までいなかったのかな」
『質問の範囲を指定してください』
「この世界で」
『性質そのものを保有していた人間、という意味であれば、存在していた可能性は高いです』
「じゃなくて」
俺は膝を抱えた。
「急に変なことができるようになって」
「怖くなって」
「誰にも相談できなくなった人」
ノアはすぐには答えなかった。
『……いた可能性はあります』
「だよな」
職業なら。
職業院へ行けばいい。
怪我なら。
神殿。
魔法なら。
魔法を教える人。
武器なら。
鍛冶屋。
でも。
どれでもないもの。
神様にも分からないもの。
そんな力を持った時。
どこへ行けばいい。
トーマは。
たまたま。
俺に会った。
ミアは?
三日前から。
音。
消えて。
診療所へ行って。
その後。
いなくなった。
「相談所」
口に出してみる。
昼間。
思いついた。
まだ。
名前もない。
場所もない。
何をするかも。
ちゃんと。
決まってない。
『作りますか?』
「……うん」
『理由は?』
「分からないから」
『何がですか』
「全部」
自分で言って。
笑う。
「だから」
「分からない人が来て」
「分からない奴らが」
「一緒に考える場所」
『非効率的です』
「だよな」
『しかし』
ノアの声が少しだけ柔らかくなったように聞こえた。
『合理性がないとは言っていません』
「それ褒めてる?」
『評価しています』
「分かりづら」
でも。
悪くない。
明日。
やろう。
そう思って。
もう一度。
横になった。
今度は。
少しだけ。
眠れた。
◇ ◇ ◇
翌朝。
「場所がありません」
「…………」
アリアの一言で。
俺の壮大な計画は開始三秒で止まった。
大神殿の食堂。
朝食。
パン。
スープ。
ゆで卵。
俺。
リナ。
トーマ。
アリア。
そして声だけ七柱。
「神殿でやるんじゃないの?」
俺が聞く。
「何をする場所なのか、まだ決まっていませんから」
「相談」
「何の?」
「性質」
「性質とは?」
「……よく分からない力」
「よく分からないものを相談する場所を大神殿内に?」
「はい」
「許可が下りると思いますか?」
「…………」
正論。
強い。
トーマがパンをちぎりながら笑った。
「無職相談所でいいじゃん」
「まだ言う!?」
「分かりやすい」
「俺しか相談できないだろ!」
「俺も無職になれば?」
「お前、木工師好きなんだろ!」
トーマの手。
止まる。
「あ」
やった。
俺も。
止まる。
「ごめん」
「……いや」
トーマは手の中のパンを見た。
昨日。
言ってた。
木工。
嫌いじゃない。
むしろ。
好き。
でも。
一生。
それだけ。
決められるのが嫌。
「好きだよ」
トーマが言う。
昨日より落ち着いた声だった。
「木の匂いも好きだし、何もない板から椅子とか机ができるのも好きだ」
パンを置く。
自分の手。
見る。
「親父に教えてもらったことも」
「全部嫌いなわけじゃない」
「うん」
「でも」
指を曲げる。
昨日。
物を外した。
同じ。
手。
「木工師だから木工やるのと」
「俺が木工やりたいからやるの」
「同じなのかなって」
誰も。
すぐ。
答えなかった。
その沈黙は、気まずいものではなかった。
むしろ。
簡単に答えないための沈黙だった。
フィリア。
声。
『同じ行動でも』
『違うのかもしれませんね』
トーマには聞こえない。
「フィリアが」
俺が伝える。
「同じことしてても、違うかもしれないって」
「……そっか」
「俺もそう思う」
「お前は?」
「無職」
「参考にならねえ」
「ひどくない!?」
リナがスープを飲みながら笑う。
「私は分かるかも」
トーマが見る。
「お前」
「職業リナだっけ?」
「そう」
「それも意味分かんねえけど」
「私も」
「本人も!?」
リナは笑ったあと、腰に置いた剣へ視線を落とした。
「でも、剣は好き」
「狩剣士じゃなくても?」
「うん」
「職業の補助なくても?」
「前より下手になったけど」
少し。
悔しそう。
でも。
「好き」
それだけは。
迷わない。
トーマはしばらくリナを見ていた。
そして。
小さく。
「……工房」
言う。
「帰る?」
俺。
聞く。
「今日」
「親父と話す」
「うん」
「怖いけど」
「うん」
「一緒に来る?」
「え?」
「お前」
トーマが俺を指す。
「変な説明得意そうだから」
「どこ見てそう思った!?」
「神様七人と無職と性質を昨日一日で説明した」
「説明できてなかったよ!」
「でも俺、まだいる」
言われて。
止まる。
確かに。
トーマ。
いる。
「じゃあ」
俺。
言う。
「行く」
「いいの?」
「相談所」
「最初の相談」
「最後まで」
「付き合う」
トーマ。
少し。
目。
逸らした。
「……ありがと」
小さい。
声。
聞こえた。
俺。
何も。
言わない。
こういう時。
からかうと。
たぶん。
殴られる。
「レン」
リナ。
呼ぶ。
「何?」
「顔」
「何?」
「嬉しそう」
「言うな!」
トーマがこっちを見る。
危ない。
「何でもない!」
「気持ち悪いな」
「何で!?」
◇ ◇ ◇
その頃。
倉庫では。
剣が抜かれた。
レグルではない。
後方。
若い査定官。
シオンが一歩前へ出た瞬間、反射的に刃を抜いた。
「動くな!」
シオン。
止まる。
「レグル」
「何だ」
「教育した方がいいぞ」
若い査定官の顔が赤くなる。
「貴様!」
「剣を抜く相手くらい選べって」
「性質保有者が何を――」
「やめろ、ディン」
レグルの声。
若い男――ディンは歯を食いしばりながらも、剣を下げた。
ただ。
鞘には戻さない。
シオンはそれを見てから。
「性質保有者」
呟く。
「便利だな」
「何がだ」
「名前」
レグル。
見る。
「人間って言わなくて済む」
ディンが再び剣を上げかける。
今度は。
レグルが手で止めた。
「挑発に乗るな」
「ですが」
「命令だ」
「……はい」
シオン。
少し。
意外そう。
「本当にまともだな」
「褒め言葉として受け取っておこう」
「でも」
シオンの視線が。
レグルの胸。
銀色。
徽章。
向く。
「そのまともな奴が」
「何で特別査定部なんかにいる」
レグルの表情。
初めて。
はっきり。
変わった。
「……知っているのか」
「何を?」
「特別査定部を」
「名前くらいは」
「嘘だな」
今度。
シオン。
黙る。
レグルが一歩。
倉庫。
入る。
「特別査定部は、一般には存在を公表されていない」
ミアの目が動く。
シオン。
笑う。
「へえ」
「どこで知った」
「さて」
「答えろ」
「本人の意思確認は?」
「何?」
「俺」
シオン。
自分。
指す。
「喋りたくない」
「…………」
「尊重してくれる?」
ディンが。
また。
動く。
レグル。
止める。
でも。
今度。
目。
冷たい。
「お前は保護対象ではない」
「差別?」
「未登録性質保有者の誘拐、秘匿、移送に関与している疑いがある」
シオンの笑み。
止まる。
「誘拐?」
「三日前」
レグルが言う。
「ミア・セレスが診療所から姿を消した」
ミア。
見る。
「その夜」
「お前と似た特徴の男が」
「彼女と共に町を出る姿を確認されている」
シオン。
ミア。
見る。
「誘拐された?」
ミア。
首。
横。
振る。
「だそうだ」
「彼女の証言は後ほど正式に取る」
「今取れよ」
「今は安全確保が先だ」
「またそれか」
「では」
レグル。
初めて。
声。
少し。
強くなる。
「ここで聞こう」
ミア。
見る。
「ミア・セレス」
彼女の肩。
僅か。
動く。
「三日前」
「自らの意思で」
「この男と町を出たのか?」
ミア。
頷く。
「脅迫は?」
首。
振る。
「金銭の授受は?」
振る。
「性質を利用すると言われたか?」
振る。
「では」
「なぜ」
ミアの指。
机。
動く。
埃。
文字。
残る。
――怖かったから。
レグル。
読む。
――音が消えた。
――人に迷惑をかけた。
――神殿へ行った。
――分からないと言われた。
――家へ帰った。
そこで。
指。
止まる。
少し。
震える。
――母が。
文字。
途中。
消す。
もう一度。
――母が、私を怖がった。
倉庫。
誰も。
動かない。
ミア。
書く。
――だから逃げた。
――この人は。
シオン。
見る。
――何も聞かなかった。
シオン。
眉。
上げる。
――一緒に来るか。
――それだけ。
最後。
大きく。
――私は自分で来た。
レグルは。
長い。
時間。
文字。
見ていた。
「……分かった」
言う。
ディンが驚く。
「主任?」
「誘拐の疑いについては保留する」
「しかし!」
「本人が否定した」
「性質による精神干渉の可能性があります!」
空気。
変わる。
シオン。
ディン。
見る。
笑ってない。
「今」
「何て言った?」
「可能性を述べたまでだ」
「こいつが」
シオン。
ミア。
示す。
「自分で選んだって言った」
「それ自体が操作された可能性を――」
「ディン」
レグル。
止める。
でも。
遅かった。
ミアの顔。
変わってる。
悲しい。
でも。
それ以上。
怒ってる。
彼女の周囲。
空気。
歪む。
いや。
音。
消えていく。
まず。
外。
虫。
次。
風。
木。
軋む。
音。
消える。
ディンの呼吸。
消える。
レグルが何か叫ぶ。
聞こえない。
完全な。
無音。
ミア自身。
驚く。
止めようと。
両手。
耳。
押さえる。
意味。
ない。
範囲。
広がる。
倉庫。
全部。
包む。
外。
査定官。
口。
動く。
声。
ない。
異常。
恐怖。
広がる。
ディン。
剣。
構える。
ミア。
怯える。
さらに。
音。
消える。
悪循環。
シオン。
動く。
ミアの前。
立つ。
口。
動かす。
聞こえない。
だから。
手。
出す。
掌。
上。
何も。
持ってない。
ミア。
見る。
シオン。
自分の胸。
指す。
次。
ミア。
指す。
最後。
扉。
指す。
選べ。
そう。
言ってる。
ミアの目。
揺れる。
逃げる?
残る?
戦う?
降伏?
誰も。
答え。
くれない。
ミア。
息。
吸う。
そして。
自分。
指す。
扉。
指す。
外。
シオン。
頷く。
走る。
ディン。
止めようと。
剣。
横。
出す。
その瞬間。
シオンが。
右手。
上げる。
何か。
した。
剣。
止まる。
違う。
ディン。
止まった。
身体。
動く。
でも。
一歩。
前へ。
出ない。
まるで。
そこに。
見えない。
壁。
ある。
ディン。
目。
見開く。
シオン。
その横。
通る。
ミア。
続く。
レグル。
追わない。
ただ。
シオン。
右手。
見てる。
シオンも。
性質。
持ってる。
でも。
何。
した。
誰も。
分からない。
倉庫。
出る。
直前。
シオン。
振り返る。
レグル。
見る。
口。
動く。
音。
ない。
でも。
レグルには。
読めた。
――次は本人に聞け。
そして。
二人。
夜。
消える。
◇ ◇ ◇
朝食を終え。
俺たちは。
トーマの工房へ。
向かう。
町の南。
職人。
多い。
区画。
朝。
早い。
もう。
音。
する。
金属。
叩く。
音。
木。
削る。
音。
人。
呼ぶ。
声。
パン。
焼く。
匂い。
なんか。
好き。
こういう。
場所。
「トーマ」
「何」
「緊張してる?」
「してない」
「歩くの遅い」
「してない」
「さっきから右手と左手一緒に――」
「うるさい!」
してる。
リナ。
後ろ。
笑ってる。
俺。
少し。
安心。
トーマ。
昨日。
会った。
だけ。
なのに。
なんか。
ずっと。
いる。
感じ。
する。
工房。
見える。
看板。
【トーマ木工房】
「お前の名前じゃん」
「親父もトーマ」
「ややこし!」
「俺は二代目」
「職業は?」
「親父も木工師」
「さらにややこしい!」
トーマ。
足。
止まる。
笑い。
消える。
扉。
開いてる。
中。
暗い。
仕事。
時間。
なのに。
音。
しない。
「親父?」
トーマ。
入る。
俺。
リナ。
続く。
木。
匂い。
濃い。
壁。
道具。
綺麗。
並んでる。
椅子。
机。
棚。
途中。
作品。
いくつ。
も。
そして。
奥。
一人。
男。
座ってる。
五十。
くらい。
大きい。
手。
太い。
指。
木屑。
ついてる。
「……帰ったか」
低い。
声。
トーマ。
止まる。
「親父」
「昨日」
「どこ行ってた」
「…………」
「探した」
トーマ。
顔。
上げる。
父。
怒ってる。
でも。
目。
赤い。
寝てない。
たぶん。
「ごめん」
トーマ。
言う。
父。
立つ。
近づく。
俺。
少し。
構える。
殴る?
でも。
トーマ。
動かない。
父。
手。
上げる。
そのまま。
トーマの頭。
掴む。
「馬鹿野郎」
声。
震える。
「……ごめん」
「馬鹿」
「うん」
「何が」
父。
言う。
「全部外れればいいだ」
トーマ。
固まる。
「聞いてた?」
「工房中」
父。
見る。
壊れた。
棚。
外れた。
椅子。
散らばった。
工具。
床。
「全部」
「外れたわ」
「……ごめん」
「直せ」
「え?」
「お前が」
「直せ」
トーマ。
父。
見る。
「でも」
「俺」
「また」
「外すかも」
「なら」
父。
言う。
「また直せ」
「…………」
「木工師だろ」
トーマ。
顔。
歪む。
それ。
昨日。
喧嘩。
原因。
同じ。
言葉。
俺。
口。
開こう。
でも。
止める。
トーマ。
自分で。
来た。
自分で。
話す。
俺。
代わり。
言う。
違う。
「親父」
トーマ。
言う。
「俺」
「木工師だから」
「木工」
「やるんじゃない」
父。
黙る。
「俺が」
「木工」
「好きだから」
「やる」
声。
震える。
でも。
言う。
「それじゃ」
「駄目?」
長い。
沈黙。
父。
トーマ。
見る。
そして。
「……何が違う」
トーマ。
笑う。
泣きそう。
笑い。
「俺も」
「昨日まで」
「分からんかった」
父。
ため息。
大きい。
「面倒くせえ」
「ごめん」
「謝るな」
「どっちだよ」
「知らん」
親子。
似てる。
めちゃくちゃ。
似てる。
俺。
笑う。
父。
俺。
見る。
「誰だ」
「レンです」
「職業は」
「なしです」
「帰れ」
「早い!」
リナ。
吹く。
トーマ。
笑う。
父。
眉。
寄せる。
でも。
少し。
口元。
動いた。
その時。
外。
足音。
複数。
止まる。
工房。
前。
俺。
振り返る。
濃紺。
外套。
三人。
胸。
銀色。
徽章。
知らない。
でも。
嫌な。
感じ。
先頭。
女。
三十代。
髪。
後ろ。
束ねる。
紙。
持ってる。
「トーマ・ベルク」
トーマ。
父。
見る。
「俺です」
「職業管理院です」
女。
徽章。
見せる。
「昨日」
「あなたの周辺で」
「職業技能では説明できない」
「異常現象が」
「複数」
「確認されました」
空気。
変わる。
トーマの父。
前。
出る。
「何だ」
「息子が」
「何した」
「現在」
女。
言う。
「未登録性質の発現が」
「疑われています」
俺。
目。
見開く。
早い。
何で。
もう。
知ってる。
「安全確認のため」
女。
トーマ。
見る。
「同行してください」
トーマ。
後ろ。
一歩。
父。
前。
一歩。
「どこへ」
「職業管理院」
「何する」
「検査です」
「何日」
「未定です」
「帰れるのか」
女。
少し。
止まる。
「安全が」
「確認されれば」
トーマの顔。
青くなる。
俺。
昨日。
聞いた。
言葉。
シオン。
言ってた。
神に。
見つかる。
前。
そして。
今。
職業管理院。
来た。
「本人」
俺。
口。
出る。
女。
俺。
見る。
「何ですか」
「本人」
「行きたいって」
「言ってないです」
「あなたは?」
「レン」
「職業」
「なし」
女。
止まる。
俺。
思う。
最近。
これ。
強い。
「関係者ですか」
俺。
トーマ。
見る。
昨日。
会った。
だけ。
友達?
仲間?
相談。
受けた。
何。
なんだろ。
俺。
決める。
「相談相手」
「です」
女。
俺。
見る。
「では」
「部外者です」
その言葉。
胸。
少し。
刺さる。
でも。
正しい。
法的。
たぶん。
何も。
ない。
俺。
神官。
じゃない。
管理者。
拒否。
検査官。
臨時。
終わった。
職業。
なし。
本当に。
何も。
ない。
だから。
俺。
トーマ。
見る。
「どうする?」
女。
眉。
寄せる。
「同行は必要です」
「あなたに聞いてません」
俺。
言う。
女。
黙る。
「トーマ」
もう一度。
聞く。
「どうしたい?」
トーマ。
職業管理院。
見る。
父。
見る。
俺。
見る。
右手。
見る。
怖い。
当たり前。
自分でも。
制御。
できてない。
昨日。
荷車。
壊しかけた。
俺の。
木剣。
外した。
「……検査は」
トーマ。
言う。
「受けたい」
俺。
少し。
驚く。
「うん」
「俺の力」
「危ない」
「うん」
「何なのか」
「知りたい」
「うん」
「でも」
職員。
見る。
「帰れないのは」
「嫌だ」
女。
答える。
「検査結果によります」
「じゃあ」
「行かない」
後ろ。
職員。
動く。
「拒否は認められません」
父。
前。
出る。
リナ。
剣。
触る。
俺。
手。
上げる。
「待って」
全員。
止めたい。
戦う。
まだ。
早い。
「理由」
俺。
女。
見る。
「拒否できない理由」
「未登録性質が」
「公共の安全を」
「脅かす可能性が」
「あるためです」
「可能性?」
「はい」
「実際に」
「怪我人」
「出ました?」
「確認されていません」
「物は?」
「荷車一台」
「壊れてません」
トーマ。
言う。
「留め具」
「外れただけ」
女。
トーマ。
見る。
「だから」
俺。
続ける。
「検査」
「必要なのは」
「分かる」
自分。
言って。
少し。
驚く。
でも。
そう。
必要。
トーマ。
力。
危ない。
何でも。
本人。
選べば。
いい。
だけ。
じゃない。
他人。
巻き込む。
なら。
社会。
止める。
必要。
ある。
「でも」
「検査することと」
「いつ帰れるか分からない場所に」
「連れてくこと」
「同じですか?」
女。
初めて。
すぐ。
答えない。
俺。
続ける。
「ここで」
「できない?」
「設備がありません」
「じゃあ」
「俺たちも」
「一緒に行く」
「認められません」
「何で?」
「規定です」
来た。
規定。
嫌い。
だから。
壊す?
違う。
落ち着け。
規定。
ある。
理由。
ある。
知らない。
まだ。
「その規定」
「誰を守るため?」
女。
俺。
見る。
「全市民です」
「トーマも?」
「当然です」
「じゃあ」
俺。
言う。
「トーマが怖いって」
「言ってることも」
「守ってください」
沈黙。
工房。
木。
匂い。
外。
人。
通る。
朝。
普通。
生活。
続いてる。
その中。
俺たち。
立ってる。
正しい。
何。
分からない。
でも。
分からないから。
聞く。
女。
長く。
俺。
見る。
そして。
「……上官へ」
「確認します」
後ろ。
職員。
驚く。
「査定官」
「五分」
女。
外。
出る。
俺。
息。
吐く。
トーマ。
俺。
見る。
「お前」
「すげえな」
「何が?」
「神様にも」
「職業管理院にも」
「同じことするんだな」
「何?」
「めんどくさい質問」
「褒めてる?」
「半分」
「残り半分は?」
「めんどくさい」
「やっぱり!」
父。
俺。
見る。
「無職」
「はい」
「飯」
「食ってくか」
「急に好感度上がった!」
◇ ◇ ◇
五分。
より。
少し。
長かった。
女。
戻る。
顔。
さっき。
より。
硬い。
「条件付きで」
言う。
「トーマ・ベルク本人の」
「任意同行として」
「検査を行います」
トーマ。
顔。
上げる。
「任意?」
「はい」
「途中で」
「帰れる?」
「検査により」
「緊急隔離が必要と」
「判断されない限り」
「本人の意思で」
「退去できます」
完全。
じゃない。
でも。
さっき。
より。
いい。
「同行者」
「一名まで」
リナ。
俺。
見る。
「行って」
「いいの?」
「うん」
俺。
トーマ。
見る。
「俺でいい?」
「他に誰がいるんだよ」
「親父」
「店壊す」
「おい!」
父。
怒鳴る。
トーマ。
笑う。
少し。
緊張。
解ける。
「じゃあ」
俺。
言う。
「行こう」
職業管理院。
初めて。
行く。
今まで。
職業院。
見た。
神殿。
見た。
古い。
管理機構。
見た。
でも。
今度。
人間が。
今。
職業。
管理。
してる。
場所。
その中で。
性質。
どう。
扱われてる。
知らない。
知りたい。
怖い。
でも。
行く。
◇ ◇ ◇
同じ頃。
町の北。
古い倉庫。
レグル。
床。
しゃがむ。
シオン。
ミア。
逃げた。
追跡班。
外。
探してる。
ディン。
苛立つ。
「なぜ」
「追わなかったんです」
「追っている」
「我々が!」
「それでいい」
「主任なら」
「止められたはずです」
レグル。
床。
見る。
足跡。
二人。
そして。
途中。
不自然。
消える。
「ディン」
「はい」
「昨夜」
「南部で」
「新しい反応が」
「あったな」
「はい」
「名前は」
「トーマ・ベルク」
「職業は?」
「木工師」
「同行命令は」
「すでに」
「出しています」
レグル。
立つ。
「取り消せ」
「……は?」
「強制同行を」
「取り消せ」
「なぜです!」
「昨夜」
レグル。
ミア。
書いた。
文字。
残る。
床。
見る。
【私は自分で来た】
「一つ」
「間違えた」
ディン。
理解。
できない。
顔。
「何を」
「保護対象を」
レグル。
言う。
「対象として」
「見すぎた」
ディン。
眉。
寄せる。
「彼らは危険です」
「可能性はある」
「なら!」
「危険な可能性がある人間は」
レグル。
振り返る。
「人間ではなくなるのか?」
ディン。
黙る。
「……いいえ」
「なら」
レグル。
外套。
整える。
「次は」
「最初に」
「本人へ聞く」
歩く。
出口。
向かう。
「どちらへ?」
「南」
「トーマ・ベルクのところですか?」
「ああ」
「なぜ主任が」
レグル。
止まる。
少し。
考える。
「報告が」
「一つ」
「上がっている」
「何の?」
「トーマ・ベルクの」
「性質発現時」
「現場に」
「いた男」
書類。
出す。
ディン。
読む。
【名称:レン】
【職業:なし】
その下。
【旧管理機構との接触歴あり】
【臨時検査官記録あり】
【第109代育成対象】
そして。
最後。
【性質:ブレイカー】
ディンの顔。
変わる。
「ブレイカー……?」
「昨日」
レグル。
言う。
「シオンが」
「妙なことを言った」
『神様より早く見つけて』
あの言葉。
「神が」
「性質保有者を」
「探していると」
「思っていた」
「違うんですか?」
「分からない」
「だが」
レグル。
書類。
閉じる。
「神々が育てている人間が」
「性質保有者の側に」
「現れた」
偶然。
かもしれない。
違う。
かもしれない。
「確認する」
「何を?」
レグル。
扉。
出る。
「神が」
「性質を」
「集め始めたのか」
朝日。
眩しい。
目。
細める。
「それとも」
一歩。
外。
出る。
「レンという人間が」
「勝手に」
「集まり始めているのか」
◇ ◇ ◇
職業管理院。
到着。
俺。
建物。
見上げる。
「……でか」
職業院。
より。
でかい。
神殿。
ほど。
派手。
じゃない。
灰色。
石。
四階。
窓。
少ない。
入口。
広い。
人。
多い。
職業変更。
相談。
技能補助。
異常。
登録。
書類。
いろいろ。
掲示。
ある。
ここ。
この世界。
生きる人。
職業。
支える。
場所。
たぶん。
悪い。
場所。
じゃない。
むしろ。
必要。
なんだと思う。
だから。
余計。
ちゃんと。
見たい。
「レン」
トーマ。
呼ぶ。
「何?」
「帰りたくなってきた」
顔。
青い。
「俺も」
「お前も!?」
「役所っぽい場所苦手」
「そこ!?」
入口。
入る。
受付。
女。
書類。
渡す。
「トーマ・ベルク」
「未登録性質」
その言葉。
周り。
何人か。
見る。
トーマ。
肩。
縮む。
俺。
少し。
前。
出る。
隠す。
つもり。
ない。
でも。
視線。
多い。
「こちらへ」
案内。
奥。
廊下。
一般。
窓口。
違う。
階段。
下。
「地下?」
「検査区画です」
トーマ。
俺。
見る。
「聞いてない」
「俺も」
階段。
降りる。
一段。
二段。
空気。
冷たい。
音。
減る。
壁。
厚い。
扉。
鉄。
嫌。
感じ。
する。
「レン」
「うん」
「俺」
「やっぱ」
その時。
奥。
何か。
音。
した。
ドン。
重い。
音。
次。
声。
「離せ!」
男。
叫び。
トーマ。
止まる。
俺も。
止まる。
「今の」
案内。
職員。
顔。
強張る。
「進んでください」
「誰?」
「関係ありません」
「性質持ち?」
「進んでください」
また。
ドン。
「俺は!」
声。
聞こえる。
「何もしてない!」
トーマの顔。
完全。
変わる。
「レン」
「うん」
「帰る」
俺。
頷く。
「分かった」
職員。
前。
立つ。
「検査前です」
「任意」
「ですよね?」
「…………」
「本人」
「帰るって」
「言いました」
職員。
黙る。
その時。
後ろ。
階段。
足音。
一人。
ゆっくり。
降りてくる。
濃紺。
外套。
銀。
徽章。
四十代。
男。
俺。
知らない。
男。
俺。
知ってる。
みたい。
真っ直ぐ。
見る。
「レン」
名前。
呼ばれる。
「……誰?」
「レグル・ハイゼン」
男。
止まる。
「職業管理院」
「特別査定部」
「主任査定官だ」
特別。
査定部。
嫌な。
響き。
「君に」
レグル。
言う。
「聞きたいことがある」
「何?」
「神々は」
俺の後ろ。
何も。
いない。
場所。
見る。
まるで。
そこに。
七柱。
いる。
知ってる。
みたいに。
「性質保有者を」
「集めて」
「何をするつもりだ?」
俺。
しばらく。
意味。
分からない。
「…………」
そして。
思う。
あ。
これ。
めちゃくちゃ。
誤解。
されてる。
「俺」
息。
吐く。
「昨日」
「初めて」
「性質持ちに」
「会ったんですけど」
レグルの目。
細くなる。
「証明できるか?」
できない。
たぶん。
ここ。
俺が。
何を言っても。
相手。
すぐ。
信じない。
逆。
同じ。
俺も。
こいつ。
信じられない。
だったら。
「その前に」
俺。
言う。
「俺も」
「聞いていい?」
「何だ」
地下。
奥。
また。
音。
する。
ドン。
さっき。
男。
声。
今度。
聞こえない。
俺。
そっち。
指す。
「誰を」
「保護してるんですか?」
レグルの表情が。
止まった。




