神託ログ02『外したいもの、残したいもの』
「無職?」
「うん」
「……なのに?」
トーマが俺を見る。
その視線が、ゆっくり俺の横へ移動する。
リナ。
さらに。
誰もいない空間。
そこには、トーマには見えない七柱がいる。
正確には。
声しか聞こえないけど。
「神様が七人?」
「うん」
「育てられてる?」
「うん」
「性質っていう、よく分からない力も持ってる?」
「だいたい合ってる」
「…………」
トーマは黙った。
そして。
「帰っていいか?」
「何で!?」
「お前と関わる方が危なそうだ!」
正しい。
否定できない。
「待って!」
立ち上がろうとしたトーマの腕を掴む。
「離せ!」
「今一人になる方が危ないって!」
「お前といるのも怖い!」
「それも分かる!」
「分かるのかよ!」
その瞬間。
――ぱちん。
「え?」
俺の袖。
留め具が外れた。
ころころと地面を転がる。
俺。
見る。
トーマ。
見る。
「…………」
「…………」
「やっぱり一人にならない方がいいな」
「……はい」
素直になった。
◇ ◇ ◇
場所を移した。
人通りの少ない広場。
石造りの長椅子。
壊れて困るものが少ない。
これ。
重要。
リナが周囲を確認する。
「人、少ない」
「よし」
「何するの?」
「神様会議」
「嫌な予感しかしない」
俺も。
七柱全員に声をかける。
「まず」
「トーマの状態」
「分かる人?」
沈黙。
嫌な始まり。
【知識神ノア】
『現時点で確定できる情報は限定的です』
「限定的でもいい」
『名称、トーマ。職業、木工師。既存の職業情報に異常は確認されません』
「うん」
【魔法神セレナ】
『魔力も普通。少なくとも、あの現象に魔法を使った形跡はないわ』
【生命神フィリア】
『生命力にも大きな異常はありません』
【戦神ガルド】
『身体能力も普通だな!』
トーマ。
小声。
「普通って言われ続けるの地味に傷つくな」
「分かる」
「お前は?」
「魔力三」
「……ごめん」
「何で謝った?」
【商神メルク】
『発現によって金銭的損害が生じる可能性があります』
「メルク」
『重要です』
「まあ重要だけど」
【鍛冶神ヴォルグ】
『外れ方がおかしい』
「お」
全員。
黙る。
ヴォルグ。
続ける。
『破壊ではない』
俺。
木剣の紐。
思い出す。
切れてなかった。
ほどけた。
荷車。
留め具。
壊れたんじゃない。
外れた。
「俺のブレイカーと似てる?」
『似ている』
ヴォルグ。
答える。
『だが違う』
「どこが?」
『お前は』
少し。
間。
『切る』
『こいつは』
トーマ。
見る。
たぶん。
『外す』
トーマの顔。
強張る。
切る。
外す。
似てる。
でも。
違う。
「ノア」
『はい』
「性質って」
「似た力もある?」
『不明です』
「そっか」
『ただし』
「うん」
『職業制度以前の記録において、性質は個体の経験、傾向、願望などと結びつく可能性が示されています』
トーマ。
俯く。
昨日。
父親。
喧嘩。
『全部、外れちまえばいい』
その言葉。
きっかけ?
いや。
決めつけるな。
「トーマ」
「何だ」
「昨日の喧嘩より前」
「変なこと」
「なかった?」
「変なこと?」
「物が勝手に外れたとか」
トーマは考える。
長い。
沈黙。
「……あった」
「いつ?」
「たぶん」
「三ヶ月くらい前」
全員。
止まる。
「昨日じゃないじゃん」
「その時は」
トーマ。
手。
見る。
「古い椅子」
「直してた」
「親父が作ったやつ」
「釘が錆びてて」
「抜けなかった」
「それで」
「外れろって思った」
「そしたら?」
「抜けた」
「普通に?」
「普通に」
「道具は?」
「使ってない」
三ヶ月前。
じゃあ。
性質。
昨日。
生まれた。
わけじゃない?
「他は?」
「……何回か」
「何で言わなかったの?」
「便利だったから」
即答。
ああ。
そうなるよな。
俺だって。
火。
出た時。
嬉しかった。
ブレイカー。
分かった時。
使える。
思った。
「でも」
トーマ。
拳。
握る。
「昨日から」
「止まらない」
「考えただけで」
「外れる」
「嫌だと思っただけで」
「外れる」
怖い。
便利。
だったもの。
自分。
選べなくなった瞬間。
怖くなる。
「じゃあ」
俺。
言う。
「最初にやること」
トーマ。
見る。
「使わない練習」
「……使う練習じゃなく?」
「うん」
俺。
ブレイカー。
思う。
壊せる。
から。
壊す。
じゃない。
使わない。
選択。
できないと。
力に。
使われる。
◇ ◇ ◇
実験。
始める。
石。
木片。
紐。
古い箱。
ヴォルグの指示。
壊れても困らないものだけ。
「まず」
俺。
紐。
二本。
結ぶ。
「これ」
トーマの前。
置く。
「外したいって」
「思ってみて」
「使わない練習じゃなかった?」
「最初に確認」
「どっちだよ」
確かに。
トーマ。
紐。
見る。
「外れろ」
何も。
起きない。
「声じゃない?」
「分からん」
「もっと」
「強く?」
「たぶん」
「適当だな!」
「俺も初心者なんだよ!」
七柱。
いる。
でも。
誰も。
答え。
知らない。
妙な。
感じ。
神様。
七人。
いて。
初心者。
二人。
「じゃあ」
トーマ。
目。
閉じる。
紐。
見る。
数秒。
――ぱら。
結び目。
ほどける。
「おお」
俺。
前。
出る。
「今」
「何した?」
「……分からん」
「何考えた?」
「邪魔だなって」
「それだけ?」
「それだけ」
リナ。
しゃがむ。
紐。
見る。
「もう一回」
結ぶ。
今度。
トーマ。
見る。
外れない。
「何で?」
「知らん!」
三回目。
外れる。
四回目。
外れない。
五回目。
外れる。
「確率?」
俺。
言う。
ノア。
即答。
『試行回数が不足しています』
「はい」
◇ ◇ ◇
次。
箱。
蓋。
閉じる。
金具。
留める。
「これ」
トーマ。
見る。
「外せる?」
「やってみる」
集中。
金具。
――かち。
開く。
「おお」
トーマ自身。
驚く。
「もう一回」
閉じる。
「今度」
俺。
言う。
「外したくないって思って」
「……は?」
「でも」
「外れろって思う」
「矛盾してない?」
「してる」
「何の意味が」
「俺にも分からん」
「おい!」
でも。
試したい。
力。
出したい。
意思。
力。
出したくない。
意思。
どっち。
勝つ?
トーマ。
箱。
見る。
眉。
寄る。
「外れろ」
金具。
揺れる。
でも。
開かない。
「……あ」
トーマ。
見る。
「止めた?」
「たぶん」
「どうやって?」
「分からん」
今日。
これ。
何回目。
でも。
大きい。
「もう一回」
二回目。
開く。
「ダメじゃん」
「いや」
俺。
首。
振る。
「一回」
「止めた」
トーマ。
箱。
見る。
小さく。
息。
吐く。
「……一回」
「うん」
「一回だけ」
「うん」
「それでも」
俺。
笑う。
「昨日よりできてる」
言って。
気づく。
どこかで。
聞いた。
言葉。
昨日より。
できること。
増えた。
俺。
ずっと。
それ。
繰り返してる。
◇ ◇ ◇
「次は俺!」
ガルド。
急に。
声。
「何で?」
『実戦形式だ!』
「まだ早い!」
『力は危険な時ほど暴れる!』
正論。
でも。
嫌。
「具体的には?」
『レンが殴る!』
「却下」
トーマ。
一歩。
引く。
「神様って怖いな」
「七人中一人だから」
【魔法神セレナ】
『私は燃やす案』
「二人だった」
【商神メルク】
『私は物品破損に反対です』
「ありがとうメルク」
『弁償できるなら構いません』
「三人目!」
リナ。
腹。
抱えてる。
「笑ってないで助けて」
「楽しそうだから」
「どこが!?」
◇ ◇ ◇
結局。
もっと。
簡単。
方法。
選ぶ。
俺。
箱。
持つ。
トーマ。
前。
「俺が」
「これ」
「持ってく」
「止めたい?」
「うん」
「じゃあ」
「箱と俺の手」
「外したいって思って」
「待て」
トーマ。
顔。
引きつる。
「お前の手が外れたら?」
「…………」
全員。
黙る。
「やめよう」
「やめろ!」
危ない。
危ない。
対象認識。
曖昧。
これ。
俺。
ブレイカー。
同じ。
何を。
壊す。
何を。
外す。
ちゃんと。
決めないと。
「じゃあ」
木の棒。
俺。
持つ。
「棒と」
「俺の手の接触」
「だけ」
「外す」
トーマ。
眉。
寄る。
「細かいな」
「細かくしよう」
「何で?」
「怖いから」
正直。
トーマ。
少し。
笑う。
「お前」
「もっとすごい奴かと思ってた」
「どこ見て?」
「神様七人」
「特殊能力」
「西がどうとか」
「全部」
「怖いもんは怖いよ」
「……そうか」
「うん」
トーマ。
棒。
見る。
集中。
俺。
握る。
一秒。
二秒。
三秒。
何も。
ない。
「無理?」
「待て」
トーマ。
目。
細く。
する。
その瞬間。
――ぞわ。
腕。
違和感。
「待っ――」
ブレイカー。
反応。
した。
何か。
来る。
俺。
本能。
みたいに。
分かった。
トーマ。
俺。
間。
見えない。
何か。
触れた。
俺。
選ぶ。
切る?
違う。
攻撃。
じゃない。
止める?
何を?
トーマの力?
それ。
切ったら。
戻らない。
かもしれない。
じゃあ。
「棒!」
俺。
叫ぶ。
「棒だけ!」
トーマ。
目。
開く。
――ぱっ。
手。
軽くなる。
棒。
落ちる。
からん。
地面。
転がる。
俺の手。
ある。
腕。
ある。
全部。
ある。
「…………」
「…………」
リナ。
近づく。
「大丈夫?」
「うん」
手。
握る。
問題。
ない。
トーマ。
座り込む。
「できた」
「うん」
「俺」
「選べた?」
「たぶん」
「たぶん?」
「そこは」
「まだ」
「神様にも」
「分からない」
トーマ。
笑う。
今度。
ちゃんと。
笑った。
「神様」
「役に立たねえな」
七柱。
一斉。
反応。
「トーマ」
「何だ?」
「逃げた方がいい」
「何で?」
「七人キレた」
「聞こえねえよ!」
羨ましい。
◇ ◇ ◇
その時。
――ぱき。
音。
小さい。
俺。
足元。
見る。
昨日。
拾った。
黒い紙。
荷物。
隙間。
落ちてる。
【一〇八】
【見つけた】
その紙。
端。
割れてる。
紙。
なのに。
割れた?
拾う。
「レン?」
リナ。
「これ」
文字。
増えてる。
昨日。
なかった。
【確認済】
背中。
冷える。
「誰が?」
答え。
ない。
トーマ。
覗く。
「何だそれ」
「昨日」
「拾った」
「一〇八?」
「うん」
「何の数字?」
言う?
百九。
性質持ち。
百八。
応答。
でも。
まだ。
トーマ。
その一人。
確定。
してない。
「まだ」
「分からない」
トーマ。
少し。
顔。
曇る。
「俺に」
「関係ある?」
「……あるかもしれない」
嘘。
つかない。
「でも」
「決めつけない」
トーマ。
俺。
見る。
「お前」
「ずっとそれ言うな」
「何が?」
「分からない」
「ああ」
「神様七人いるのに」
「うん」
「変なの」
「俺も最初そう思った」
トーマ。
黒い紙。
見る。
そして。
「それ」
「触っていい?」
「え?」
「何となく」
「外せそう」
空気。
変わる。
「何を?」
「分からない」
「じゃあ触るな」
即答。
トーマ。
手。
止める。
「……はい」
成長。
早い。
◇ ◇ ◇
大神殿。
戻る。
アリア。
トーマ。
見る。
俺。
見る。
また。
トーマ。
見る。
「レン」
「はい」
「朝は二人でしたよね?」
「はい」
「なぜ増えているんですか?」
「拾いました」
「人を?」
「言い方!」
トーマ。
引いてる。
事情。
説明。
長い。
すごく。
長い。
途中。
アリア。
三回。
頭。
抱えた。
最後。
黒い紙。
渡す。
【一〇八】
【見つけた】
【確認済】
アリア。
顔。
変わる。
「これ」
「神殿の文字ではありません」
「旧観測機構?」
「それとも違います」
「じゃあ?」
「分かりません」
また。
分からない。
でも。
今回は。
少し。
嫌な。
分からない。
「調べられる?」
「はい」
「でも」
「個人特定は」
「しません」
アリア。
先。
言う。
「分かっています」
ありがたい。
◇ ◇ ◇
問題。
もう一つ。
トーマ。
今日。
帰る?
父親。
工房。
ある。
でも。
力。
まだ。
不安定。
「帰りたい?」
聞く。
トーマ。
黙る。
「分からん」
「そっか」
「親父」
「顔」
「見たくない」
「うん」
「でも」
「工房」
「心配」
「うん」
「俺が」
「壊したかもしれない」
「うん」
トーマ。
俺。
睨む。
「何か言えよ」
「いや」
「決めるの」
「俺じゃないし」
「…………」
「帰れ」
「とも」
「残れ」
「とも」
「言わない」
「お前が」
「選んで」
トーマ。
長く。
黙る。
そして。
「今日は」
「ここにいる」
「うん」
「明日」
「帰る」
「うん」
「親父と」
「話す」
「うん」
「もし」
「殴られたら?」
「ガルド紹介する」
『任せろ!』
「絶対やめろ!」
◇ ◇ ◇
夜。
トーマ。
大神殿。
客室。
借りた。
リナ。
自分の部屋。
俺も。
戻る。
ベッド。
座る。
疲れた。
朝。
訓練。
昼。
性質。
午後。
実験。
やっぱり。
無職。
忙しい。
「ノア」
『はい』
「今日の」
「トーマ」
「どう思う?」
『質問が曖昧です』
「性質持ちだと思う?」
沈黙。
『可能性は高いと推測します』
「百八人の?」
『不明です』
「だよね」
窓。
見る。
夜。
静か。
「俺」
「教えられたかな」
『トーマに?』
「うん」
ノア。
少し。
間。
『少なくとも』
『選択肢は増やしたと思います』
「そっか」
悪くない。
七柱。
俺。
育てる。
俺。
誰か。
何か。
渡す。
それ。
また。
誰か。
変える。
育成。
って。
そういうもの。
かもしれない。
その時。
――コン。
窓。
音。
「ん?」
鳥?
開ける。
何も。
いない。
でも。
窓枠。
黒い紙。
一枚。
置いてある。
心臓。
鳴る。
さっき。
アリア。
渡した。
紙。
じゃない。
新しい。
取る。
表。
【一〇七】
息。
止まる。
減った。
また。
裏。
返す。
文字。
ある。
【二人目】
「…………」
誰。
二人目。
俺?
トーマ?
見つけた。
二人?
それとも。
百八。
百七。
観測。
減ってる?
「ノア」
『はい』
「アリア」
「呼んで」
『了解しました』
紙。
握る。
待つ。
その時。
気づく。
紙。
下。
もっと。
小さい。
文字。
ある。
【次は、外す者】
俺。
立つ。
トーマ。
「リナ!」
部屋。
出る。
走る。
廊下。
曲がる。
トーマ。
客室。
見える。
扉。
開いてる。
「トーマ!」
中。
誰も。
いない。
ベッド。
使った。
跡。
ある。
窓。
開いてる。
そして。
床。
木片。
一つ。
落ちてる。
昼。
実験。
使った。
あの。
木片。
その横。
黒い。
文字。
床。
直接。
書かれてる。
【神より先に】
「……ふざけんな」
リナ。
後ろ。
来る。
「いない?」
「うん」
窓。
見る。
外。
暗い。
足跡。
ない。
気配。
ない。
神様。
声。
重なる。
誰も。
分からない。
俺。
拳。
握る。
今日。
初めて。
会った。
まだ。
仲間。
とも。
言えない。
でも。
助けて。
って。
言われた。
一緒に。
調べよう。
って。
言った。
なのに。
いない。
「レン」
リナ。
呼ぶ。
俺。
息。
吐く。
怒る。
でも。
急がない。
考える。
黒い紙。
一〇七。
二人目。
次は。
外す者。
神より先に。
「連れてかれた」
「たぶん」
リナ。
剣。
取る。
「追う?」
俺。
窓。
見る。
答える。
「追う」
一拍。
「でも」
「闇雲には行かない」
神様。
聞く。
アリア。
呼ぶ。
痕跡。
調べる。
何が。
起きた。
確認。
する。
それから。
絶対。
見つける。
「トーマ」
小さく。
言う。
今日。
お前。
言った。
神様。
役に立たない。
って。
帰ってきたら。
七人分。
説教。
受けてもらう。
だから。
勝手に。
いなくなるな。
窓の外。
遥か。
西。
黒い境界。
向こう。
誰かが。
笑った。
「一人」
声。
する。
「神より先に」
その隣。
椅子。
座る。
トーマ。
意識。
ある。
拘束。
ない。
「……誰だ」
男。
聞く。
影。
ない。
昨日の男。
ではない。
こいつには。
影がある。
長い。
異様に。
長い。
「俺を」
「どうする」
男。
笑う。
「何もしない」
「じゃあ」
「帰せ」
「帰れるぞ」
トーマ。
止まる。
「……は?」
男。
扉。
指す。
鍵。
ない。
「帰りたければ」
「帰れ」
「何が目的だ」
「確認」
「何を」
男。
トーマの手。
見る。
「お前が」
「神に見つかる前に」
笑う。
「本当に」
「人間のままかどうかを」




